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第17話 選抜戦

 『幻影の決闘場』。


 古代の魔導アーティファクトによって展開されたその結界内は、ローマのコロッセオを模した巨大な闘技場となっていた。


 観客席には全校生徒に加え、視察に訪れた軍部や貴族院の関係者たちも詰めかけている。

 熱気が渦巻く中、開会式が執り行われ、いよいよ運命の「抽選」が始まった。


「では、記念すべき第一回戦のカードを発表する!」


 実況席に座る生徒会副会長キースが、黒塗りの抽選箱に手を突っ込む。

 会場中の視線が注がれる中、彼が引き抜いた羊皮紙には、魔法的な文字が浮かび上がっていた。


「赤コーナー……生徒会執行委員、ガイル・フォン・バルト!」


 ウォーッ! と歓声が上がる。

 ガイル。試練のダンジョン攻略メンバーにも選ばれた、学園屈指の実力者だ。

 大柄な体に、特注の魔導鎧を纏った姿は、優勝候補の一角として申し分ない。


 ……いや、この選抜戦を見に来るものの中で、九割以上は、誰が優勝するのかに関してはほぼ同じ予想をしている。


 これから始まるのが、優勝を決める戦いではなく、『準』優勝を決める戦いだと、言い直した方がいいだろう。


「対する青コーナーは……」


 キースがニヤリと口角を上げ、もったいぶって紙を開く。


「……カルゼラード家次期当主、ラギウス・フォン・カルゼラード!」


 一瞬の静寂の後、会場はどよめきと、同情の溜息に包まれた。


「うわ、いきなりかよ……」

「カルゼラード、運が悪すぎるだろ」

「ガイル先輩は『爆砕の戦斧』の使い手だぞ? 平均的なラギウスじゃ、一撃でミンチじゃないか?」


 あまりにも残酷なマッチング。

 だが、それが仕組まれたものであることは、キースとガイルが交わした視線を見れば明らかだった。


 ──計画通り。

 ──初戦からクライマックスだ。公開処刑にしてやる。


 そんな下卑たテレパシーが聞こえてきそうなほどの、分かりやすい茶番劇だった。


 ★


 選手控室。

 出番を待つラギウスの元へ、ノックもなしに入ってくる影があった。


「よう、平均君。運が悪かったな」


 対戦相手のガイルだ。

 彼はラギウスが腰に差している『妖刀』や、テーブルに並べられた数々の道具を見回し、鼻で笑った。


「ずいぶんと物々しいな。金に物を言わせた高級アイテムか? ……だが、忠告しておいてやるよ」


 ガイルは、自身の愛用する巨大な戦斧を肩に担ぐ。


「道具ってのはな、相応しい実力者が使って初めて輝くんだ。お前みたいな『平均的』な素人が、強力な呪具なんて持ち出しても、振り回されて自滅するのがオチだぜ?」


 それは、彼なりの親切心──などではなく、純粋なマウントだった。


 ダンジョンでラギウスに無視され、皇女の前で恥をかかされた屈辱。


 それを晴らすため、彼はわざわざ試合前に「格の違い」を教えに来たのだ。


「悪いことは言わん。怪我したくなきゃ、試合開始と同時に降参しろ。そうすりゃ、俺たち生徒会の顔も立つってもんだ」


 ガイルは勝ち誇った顔で、ラギウスの返答を待つ。

 恐怖に歪む顔か、あるいは悔しさに震える顔か。


 だが。


「……終わったか?」


 ラギウスは、手元の道具──手入れ中の『とある指輪』から視線も上げずに言った。


「え?」

「用件はそれだけかと聞いている。挨拶なら済んだだろう。出ていけ、酸素の無駄だ」


 ラギウスの声には、怒りも動揺もなかった。

 ただ、羽虫を追い払うような「無関心」があるだけ。


「き、貴様……ッ! せっかく俺が慈悲をかけてやったというのに……!」

「慈悲? 勘違いするな」


 ラギウスは、ようやく顔を上げ、冷ややかな瞳でガイルを射抜く。


「お前たちが『抽選』を操作したことは知っている。権力を私物化し、公正であるべき勝負の場を歪めた。……その時点で、お前は対戦相手ですらない」


 ラギウスにとって、ガイルの行動は「悪」というより「バグ」だった。


 貴族とは、システムを維持・管理する存在だ。

 その貴族が、自らの保身と私怨のためにシステムをバグらせている。


 それは、カルゼラード家という「統治者」の矜持を持つラギウスにとって、最も唾棄すべき「品質低下」だった。


「お前は『不良品』だ。貴族というブランドを傷つける、廃棄すべきゴミだ」

「なっ、なんだとぉ……!?」

「試合で教えてやる。道具の使い方と、……『本物の貴族』の在り方をな」


 ガイルは顔を真っ赤にして、言葉に詰まる。

 ラギウスの放つ静かな、しかし絶対的な覇気に、本能が警鐘を鳴らしたのだ。


「……ふん! 吠えていろ! 試合会場でその減らず口、叩き割ってやるからな!」


 捨て台詞を残し、ガイルは荒々しく部屋を出て行った。


 ★


 嵐が去った後の控室。

 部屋の隅で待機していたミリアとシライシが、ラギウスに歩み寄る。


「……ラギウス様。よろしかったのですか? あんなに煽って」


 ミリアが心配そうに尋ねるが、その手はしっかりと、ラギウスが使う予定の『呪具』の最終調整を終えていた。


「構わん。彼らの狙いは、俺を叩き潰して『道具頼りの無能』と晒し者にすることだ。ならば、俺はその土俵に乗り、彼らの想像を超える『道具の力』で蹂躙する」


 ラギウスは立ち上がり、腰の『血桜総大将』を確認する。

 さらに、懐にはミリアが調整した数種類の『試作兵器』。


「ミリア、データの収集を忘れるな。今回の相手は『レベル相応の魔装』を纏っている。ウチの新兵器が、帝国の標準装備に対してどれだけ優位性があるか、実証実験にはもってこいだ」

「はいっ! 計測器の準備は万端です!」


 ミリアが眼鏡を光らせて頷く。彼女もまた、技術者として「実験」を楽しみにしていた。


「シライシ。お前は観客席の最前列を取っておけ。俺の勝利を、一番いい席で見届ける義務がある」

「御意。……あの『ゴミ』の掃除が必要であれば、いつでもお申し付けを」


 シライシ(執事モード)が、優雅に一礼する。その瞳の奥には、主を侮辱したガイルに対する、隠しきれない殺意(暴走本能)が渦巻いていたが、ラギウスはそれを手で制した。


「必要ない。俺がやる」


 ラギウスは、控室の扉を開ける。

 通路の向こうから、観客の歓声と、実況の声が聞こえてくる。


『さあ、まもなく第一試合の開始です! 生徒会の重戦車ガイルか! それとも噂のアイテム長者ラギウスか!』


 光が差す入場ゲート。

 ラギウスは、迷いない足取りで進んでいく。


 これから行うのは、スポーツではない。

 決闘でもない。


 自身の「合理性」と「産業革命」の成果を世界に示すための、

 『新製品発表会(プレゼンテーション)』と──


 「……廃棄物処理(掃除)の時間だ」


 帝王が、コロシアムへと足を踏み入れた。

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