不戦条約
<奴隷化>のスキルで奴隷にするには、相手を屈服させることが条件だ。
たとえエリーの聖剣で相手をボッコボコにしたとしても、心が折れない限り奴隷にはならない。
帝国の王城がダンジョン内に落ちてから三日が経った。
エリーによって無限生成される聖剣。
ダンジョン内に巣食う無数のモンスターたち。
時々パンドラも遊びに行っていたようだな。
度重なる襲撃で城はすでに跡形もない。
どうせ帝王しかいないんだからと、派手に暴れ回ったからなあ。
助けはなく、水食料も当然なく、脱出も不可能な状況で、それでも帝王はまだ奴隷とはなっていなかった。
本当にすごいと思う。
尋常ではない精神力だ。
「さすが一国の王になるだけはあるな。本気で尊敬するよ」
やってきた俺を、帝王は衰えを感じさせない鋭い眼差しで見つめてきた。
「余は……負けぬ……決して……」
自殺する可能性も考慮していたんだが、その心配はなさそうだった。
「どうしてそこまで頑張るんだ。このままでは本当に死ぬぞ」
「帝国を守らねばならぬ……余が倒れれば、帝国は傾く……それだけは、できぬ……」
「……」
どうやら、本気で帝国のことを思っている。
俺は帝王の評価を改めた。
正直言って、帝国のような厳格な階級制度の国を作る王様なんて、絶対ろくでもない奴だと思っていた。
自分に権力を集めることが目的で、そのためなら手段は選ばないような奴だと思っていたんだ。
でも目の前の帝王は違う。
この人は、おそらくは世界で一番帝国のことを愛しているんだ。
「どうしてこんな国を作ろうと思ったんだ」
「……この国はかつて、内戦ばかりの国だった……。誰かが統一しなければ、共倒れとなっていただろう……。強力な権限で、強引にひとつにまとめなければならなかった……」
「それがどうして他国と戦争なんてしようとか思うんだ」
「力で支配した報いだ。戦わねば国を維持できなかった……。それにこちらから仕掛けなくとも、いずれ聖王都が攻めてくるだろう。ならば、やられる前にやらねばならん……」
「そうなのか? 俺にはわからないが」
「国とはそういうものだ……」
「わからないな……」
それが国を守るということなのなら、俺にはやっぱり一国を預かる気にはなれない。
せいぜいが今のパーティーをまとめるくらいで十分だ。
なんなら今のパーティーでもすでに持て余しているけどな。
俺にはもう帝王を敵として見ることは出来なくなっていた。
「シェイド、宿屋への入り口を作ってくれ」
俺が呼びかけると、すぐ横に入り口が現れた。
その階段を上ってシェイドが現れる。
「命令だから作ったが、いいのか?」
「いいんだ」
「なにをしている……」
帝王がこちらを見る。
「俺が間違っていた。こんな所に監禁してすまなかった」
「どういうつもりだ……」
「あんたを屈服させて俺の奴隷にするつもりだった。それで戦争を止めようと思ってたんだ。でも、そのやり方は間違っていた。あんたは帝国に必要な人だ。俺なんかが軽々しく奴隷にしていい人じゃない」
「……」
「この入り口を通れば宿屋に出る。その後は自由にしてもらって構わない。まあ捕まりたくはないので俺たちは逃げるが。
だけどもしよかったら、聖王国に戦争を仕掛けることは考え直してくれないか」
「それは脅しか……?」
「あんたが脅しに屈するような人じゃないのはよくわかった。だからこれはただのお願いだよ。その代わり、聖王都に戦争を仕掛けることを諦めてくれるのなら、俺も聖王都が帝国に対して戦争させないようにする」
「……そんなことが可能なのか?」
「聖王都なら平気だ。任せてくれ」
「帝国は、どうなる……」
「今まで通り帝王が治めてくれ」
「この帝国を手に入れるチャンスなのだぞ……。それを自ら捨てるというのか……」
「帝国がここまで発展したのは帝王のおかげだ。ならこのまま帝王に支配してもらう方が、帝国のためにもいいだろう」
「……ふっ、ふははははは……」
ボロボロになった帝王が弱々しい笑い声を上げる。
これまでずっと鋼のようだった表情に、初めて人間らしい感情が浮かんでいた。
「帝国に攻めてきた奴が、いまさら帝国のためを言い出すだと……? とんだ偽善者だな……」
「うっ……。それはまあ、そうかもしれないが……」
「だが、それこそが勇者の素質なんだろう……」
「俺は光の勇者ではないが……」
「そう思っているのはお主だけだろう……。まあいい。先ほどの契約、受けようではないか……」
「いいのか?」
「どちらにしろ、余が戻らないせいで国は乱れているだろう……。もはや戦争をする場合ではあるまい。聖王都については貴様に賭ける他ない……」
「すまないな」
「……くっくっく。なるほどな。しょせん余は帝国を手にする程度の器だったか……」
「いや十分あんたはすごいと思うよ」
「ひとつの国を手にすることはできても、世界を手にすることはできない。それが余の限界だと思い知ったよ……」
「?」
よくわからないが、納得してくれたようだ。
そのとき、俺の中でなにかの芽生える感覚があった。
この感覚には覚えがある。
どうやら帝王が俺の奴隷となったらしい。
えぇ……、なんでだ。
あんだけボロボロになってもまったく折れなかったのに、それがどうしてこんなにあっさり。
理由はわからないが、まあ別にいいか。
こちらから命令しなければ、奴隷といっても普通の人と変わらないからな。
帝王は帝王のまま、この国を治めてもらうことにしよう。
というわけで帝国編もこれで終了。
そして完結まであと5話くらいです。たぶん。もしかしたら10話くらいになるかも。
未だ落としどころがはっきりしてませんが、多分あの辺りに着地する、はず……。
最後までお読みいただけると幸いです。




