基本こそが奥義
影斬り。
それは意識の間隙をつく暗殺術だ。
スキルとは別の、個人の技量に完全に依存した技であるとされている。
「スキル」とは人間の才能を具現化したものと言われる。
スキルでできることは、本来人間ができることだ。
「調理」や「鑑定」なんかがわかりやすいだろうか。「投擲」だって本来ならスキルがなくても出来ることだ。
しかしそれを魔法のように簡易的に発動できるのが「スキル」であるとされている。
俺がよく使う初級剣技スキル<飛剣>も、自分の中のエネルギーを斬撃に乗せて飛ばす技である。
それ自体は、魔力の使い方と体の動かし方を知っていれば、スキルを発動しなくとも斬撃を飛ばすことはできるんだ。
だけどスキルとして使用することで、その辺のことを全部すっ飛ばしてもっと簡単に発動できる。
魔法が魔力を操って使うものだとしたら、スキルは人間の生命力を操って使うもの、という感じだろうか。
発動には、発動するぞという意志が必要だ。
スキル名を口にするのがもっともわかりやすい例だろう。
口にしなくても発動はするが、口にすることで発動するという意志が明確になるため、より確実で強力になる。
しかしそれは発動前に準備動作が必要ということであり、普通の技よりもわずかにではあるが遅いということだ。
コンマ以下の0.1秒。
あるいは0.01秒かもしれない。
だがそれが生死を分ける。
特に、今のような熟練の暗殺者が相手の場合は。
相手は短剣を構えたまま黙って俺を見つめている。
周囲では今もエリーとシャルロットが暴れ回っているが、俺も相手も微動だにしない。
いや、わずかにでも集中を切らした方が負ける。
俺は魔剣パンドラを握る手に力を込めた。
慎重に力を込め、重心の位置を調整し、自分の行動を少しでも悟らせないようにする。
そうして、最新の注意を払ってスキルを放った。
「<飛──
ざんっ!
「……くっ!」
飛んできた斬撃をかろうじて剣で受ける。
早い。
明らかに俺がスキルを使おうとした後から行動したのに、攻撃は向こうが先に届いてしまう。
それに一撃も重かった。
俺だってステータスはかなり強化されているはずだ。
なのにこれだけの威力があるとは……。
……ちがう。
ステータスのことは忘れろ。
数字が優っているから俺の方が強い、なんてのは錯覚だ。
ステータスなんてしょせんは数字でしかない。
単なる力比べなら攻撃ステータスの高い方が勝つだろう。
しかし殴り合いのケンカになればステータスの低い方が勝つこともある。
ましてや読み合い騙し合いも行われる本物の戦闘となれば、ステータスは参考にしかならない。
例え相手がレベル1の素人だったとしても、背後から刺されれば俺は死ぬんだからな。
俺だってそれなりの経験は積んでいる。
だがそれは冒険者としての経験だ。
こと対人戦においては向こうの方が上だ。
俺がダンジョンを探索してきたり、モンスターと戦ったりしている間、向こうはひたすらに人間を殺す技術を磨き続けてきた。
対人戦に関しては完全に向こうが格上だ。
俺は不利。
このままでは負ける。
その危機意識を持たなければ、足をすくわれて本当に負けてしまうだろう。
「ふぅ──────」
長く息を吐く。
息と共にすべての雑念を吐き出すように。
今は誰もがスキルを使う。
だからこそ、対スキル戦法をみがいたこいつは、暗殺者たちのリーダーをしているんだろう。
俺が思い出したのは訓練所時代だった。
光の勇者となり人類最強となったエリーに並ぶため、必死に修行していたころだ。
そのとき、教官が言っていたことがある。
──基本こそが奥義。
そういってひたすらに剣の素振りをさせられたっけ。
素振りなんて10万回、あるいは100万回と行ったかもしれない。
早く、鋭く、一切の無駄をなくしただ無心に剣を振る。
技も駆け引きも何もない。
技術のみの世界だった。
そういえばエリーもスキルではなく、力押しのパワーで殴り勝つスタイルだっけ。
そう考えて笑みがこみ上げてくる。
エリーに追いつこうと必死に修行した結果、エリーと同じ戦法と取ることになるなんてな。
俺は剣を高く振り上げ、その体勢で相手を待ち構えた。
間合いに入った瞬間に振り下ろす。その後のことは考えない。
全神経をこの一撃に込める。
それ以外のことはすべて頭から消しさった。
今この瞬間、世界には俺1人しかいなかった。
向こうも俺の意図に気がついたのかもしれない。
張り詰めた空気の中で、少しずつお互いの距離がにじり寄っていく。
全身を緊張させたまま、足の指だけで前へ進む、ジリジリとした時間。
ほんの数ミリ、数秒の遅れが死につながる緊張感。
「……」
「……」
静寂の中で、暗殺者は観察する。
剣を構えるイクスから闘気があふれるのを感じ、心の中でほくそ笑んだ。
──勝ったな。
相手は罠にかかった。
これまでの暗殺をすべて成功させてきた必殺の罠だ。
逃れることはできない。
その確信と共に、地面を蹴った。




