いただきますなのだ
ここは帝国からほど近い場所だ。
そんなところにモンスターたちが自分たちの国を作ろうとしたら、当然倒そうとするに決まっている。
普通ならすぐに軍を差し向けるだろう。
だが帝国は聖王都と戦争をしようとしていた。
こんなところで戦力を消耗するわけにはいかないし、準備された軍をさらけ出すわけにもいかない。
出撃したという噂は流れていたが、おそらくそれは表向きそういう態度を取っただけだろう。
そもそも、本体が到着するにはさすがにまだ早すぎる。
ならどうするか。
おそらく特殊部隊を差し向けるだろう。
それが俺の予想だった。
そしてその予想は当たったらしい。
俺たちが街にやってきた直後に宿屋を襲ったあの暗殺者たち。
あいつらと思われる奴らが俺たちを取り囲んでいた。
あのときは市長が謎の組織に依頼をしていた。
市長は帝国から教えられた名前もない正体不明の暗殺者ギルドだといっていたが、そんなはずはないだろうと思っていた。
暗殺者ギルドではなく、帝国が抱える特殊部隊のはずだ。
「ずいぶんと手慣れてるようだが、どこから来たんだ?」
当然だが答えはない。
そのあいだにも俺たちを取り囲む暗殺者の数は増えていく。
全部で20人か。
革の鎧や、そもそも鎧の類いを付けていない布服姿の男たちもいる。
その姿だけを見たら、凄腕の暗殺者どころか、冒険者にすら見えないだろう。
だけど剣を構えるその姿に隙は見当たらない。
1人1人がかなりの熟練者だ。
「ふうん。これで全部なの?」
エリーが退屈そうにたずねる。
さっさとはじめたいんだろう。
手にした聖剣で肩を叩きながら集まった男たちを眺めている。
男たちは無言のまま俺たちを取り囲んでいた。
余計なことは言わないし、侮って挑発してくるようなこともない。
まさにプロの集団だ。
エリーは反応がなくてつまらなそうにしているが。
ここの拠点にはいくつかのテントが立っていたのだが、ここ以外はすべて燃えてしまっていた。
残るは俺たちのいるここだけだ。
まあこのテントは「特別製」なんでな。火を付けられたくらいじゃ燃えはしない。
だからその点は心配する必要はなかった。
シャルロットにここで宣戦布告させたのは彼らをつり出すためでもある。
凄腕の暗殺者集団に狙われたらまともに眠ることも出来ないからな。
だから真っ先に叩く必要があった。
もうここ以外にテントは残っていない。
だから全員ここに集まっているはずだが、念のため確認するか。
「パンドラ、他にはいないか」
「いないみたいダ。ここにいる奴らで全員だゾ」
幼い声がどこからともなく響く。
パンドラはこの場にはいない。
男たちのあいだに、わずかにだが動じるような気配があった。
やつらは少しでも情報が違うと撤退するくらい慎重だ。
この場にいない者の声が聞こえたことで、自分たちには把握できない事態が進行している可能性を考えたのだろう。
そしてその考えは正しい。
敵をここで一掃する。
それが今回の作戦だからな。
「よし、じゃあパンドラ、やっていいぞ」
「了解なのダ」
パンドラの声がテント内に響くと、テントの中に無数の牙が現れた。
「なっ……!」
寡黙な男たちもさすがにこれには驚いたらしい。
絶句するような声が漏れ聞こえてきた。
それはそうだろう。
テントの中がぐにゃりと歪み、巨大な口になったんだから。
パンドラはミミック型モンスターの上位種だ。
宝箱どころか、建物自体に擬態することも出来る。
テントにだってもちろん可能だ。
男たちが驚く一瞬の隙を突いて、シェイドが足下にダンジョンの入り口を作る。
俺たちがその中に飛び込むと同時に、パンドラの声が響いた。
「それじゃあいただきまース」
ばくん。
テントだったものが男たちを丸呑みにする。
悲鳴が響くひまもなかった。
俺たち全員が入れるほど巨大だったテントは一匹の獣になり、やがていつもの褐色少女の姿になった。
そのままダンジョンの入り口を満足そうにてこてこ降りてくる。
「ごちそうさまなのダ」
「うまくいったか」
「そういえば1人逃げたみたいだぞご主人」
おっと。さすがに全滅は無理だったか。
「逃げた場所はわかるか」
「オイラの一部が引っかかってるからすぐにわかル」
「そうか。ありがとう。じゃあシェイド、頼む」
「了解した」
シェイドがダンジョン内に新たな入り口を作った。
元々パンドラは、ダンジョンマスターであるシェイドの創造物だからな。居場所は把握できるらしい。
作られた階段を上がって外に出ると、ちょうど目の前に1人の男が走ってくるところだった。
「──!」
驚いたように急停止する。
「よう、久しぶりだな。といってもそっちは俺のことは見てないだろうけど」
予想通り、逃げた男というのは、あの夜に俺たちを襲ったリーダー格の男だった。




