この私を待たせるなんていい度胸ね
シャルロット視点です
「はあ。やっと見えてきたわね」
馬車の中から見えてきた景色を目にして、私はため息をついた。
ようやく要塞都市ダゴンへとやってきた。
途中からなぜか運良くモンスターと会わなくなったおかげでスムーズに進んでこれたけど、それでも予想よりも時間がかかってしまった。
おそらくエリーたちもこの都市にきているはず。
まだ滞在していればいいんだけど、もしかしたらすでに出発して次の街に向かっているかもしれない。
この都市から行くことのできる街は多い。
そうなると追いかけるのは難しくなる。
「さっさと行くわよ」
ここで逃すわけにはいかない。
せっかく対エリー用の秘策も用意したのだから。
都市の入り口にはやけに長い列ができていた。
一体何事かと思ったら、どうやら街の入り口で検問を行なっているみたいね。
それでこの長い列ができてしまっているのだとか。
律儀に待っていたら半日はかかってしまいそう。
馬車が止まり、御者の男が降りようとしたので私は呼び止めた。
「どこに行くつもり」
「私が代わりに並ぶので、シャルロット様はここでお待ちください」
「いちいち並ぶ必要なんてないわ。列を無視して馬車を進めなさい」
「えっ! で、ですが他に並んでる冒険者もいるのに強引に通り抜けたら……」
「私のいうことが聞けないの?」
「い、いえっ! すぐに進めます!」
男が慌てて馬車を進めはじめた。
入り口前の通路はそれになりに幅があるが、強引に通ったために何人かにぶつかった。
そのせいで怒鳴り声も聞こえてきたが、気にする必要はない。
こんな程度の奴ら全員まとめてかかってきたって私一人で倒せるし。雑魚の声なんていちいち聞いてられないわ。
むしろ全員倒してから進まないだけ感謝して欲しいくらいよ。
列の先頭まで来ると、門番がうんざりしたような表情で近づいてきた。
「おいおい、あんたらこの列が見えねえのか」
「見えるわよ。こっちは急いでるの」
「それはみんな同じだよ。みんな並んでるんだ。あんただけ特別扱いってわけにはいかない」
「いいからさっさとしなさいよ。私を通せばそれで終わりでしょ。こんなところで無駄話してる時間を通行人のチェックに当てたほうが、結果的には他の奴らが待つ時間も短くなるじゃない。それくらいもわからないの?」
これだから役人ってのは嫌いなのよね。
規則を守ることばかりで融通が効かない。
少し考えればどうしたらいいかすぐにわかりそうなものなのに。
やってきた門番は露骨にため息をついた。
「んったく、最近はこんな奴らばっかりだな……。わかったよ。それで通行許可証は持ってるんだろうな」
「なにそれ」
「……この都市に入るには許可証が必要になる。それがない奴は例え市長でも入れない」
「じゃあさっさとそれをよこしなさいよ」
「許可証の配布はここでは行なっていない。別の場所だ。ちなみに今は新規に配布には約10日はかかると言われている」
「は?」
中に入るだけで10日も待たなきゃいけないの?
「………………」
「しゃ、シャルロット様……!」
男が何かを言おうとしているが、私の中ではもう決意は固まった。
「私は優しいから一度だけ聞いてあげるわね。今すぐ許可証を発行するか、特例で私を中に入れなさい」
「どちらもできるわけないだろう」
「そう。わかったわ」
これ以上は話すだけ時間の無駄ということがね。
「しゃ、シャルロット様、落ち着いてください! ここは高レベル冒険者も多く集まる街です! この街を敵に回すことはそれら冒険者を全員敵に回すことに……!」
「私に意見するなんていい度胸ね。<フリーズ>」
御者の男が凍りついた。
そのまま地面に落ちて粉々に砕け散る。
氷の砕ける涼やかで繊細な音が、静まりかえった城門前に響いた。
「あら、いい音ね。最後の最後で少しは役にたったじゃない」
どうせ馬車はここまで来ればもう用済みだからね。
「貴様、なにを……!?」
門番の男たちが武器を構える。
「あなたたちも邪魔よ。<フリーズ>」
駆けつけた兵士二人をまとめて凍らせる。
周囲にいた検問待ちの商人たちが悲鳴を上げて逃げ始めた。
「なにごとだ!」
「くそっ、戦争が始まるって噂は本当だったのか!?」
「このための検問だったってわけか!」
奥から兵士たちがゾロゾロと出てくる。
なんでこんなにたくさんいたんだか。そんなに暇だったのかしら。
まるで戦争か何かに備えているみたい。
数はざっと見て10人くらい。この程度なら私一人でも十分ね。
「ちょうどいいわ。試したいこともあったし、私が相手をしてあげる」
馬車を降りて兵士たちに向かう。
「<カースウインド>」
先制で放った魔法で兵士の半分ほどが吹っ飛んだ。
中級程度の闇と風の混合魔法だけど、この程度で倒れるなんてやっぱりレベルが低いわね。
もう一度同じ魔法を放ったら、それでおしまいだった。
「弱すぎて準備運動にもならないんだけど」
「くそっ! 増援を呼べ! 隣の門からも招集しろ!」
隊長らしき人が伝令に向かって怒鳴り散らしている。その後、伝令が必死に走り去っていった。
私はそれをあえて見逃した。
「貴様、どこの者か知らないが、すぐに仲間が駆けつけてくる! もう終わりだぞ!」
「そう。それは助かるわね」
「助かる? どういう意味だ!」
「すぐにわかるわ」
私の言葉通り、それはすぐにわかった。
私の魔法で倒された兵士たちが起き上がる。
そして、そのまま隊長に向けて武器を構えた。
「なっ、お前たち! なにをしている、正気か!?」
隊長の声もむなしく、私の新たな仲間によって叩きのめされた。
仲間によって瀕死の状態になった隊長に近寄る。
「死ぬ前に教えなさい。光の勇者はこの街にきたの?」
「貴様……勇者が狙いなのか……? やはり、帝国の……」
「私が聞いてるの。来たの、来てないの。どっち?」
「ああ、来たさ……。貴様は光の勇者様が倒してくださるだろう……!」
私は内心でほくそ笑む。
やはりこの街にきていたのね、エリー。
その後も尋問した結果、エリーは聖剣を持っていたという。それで勇者であると証明したようだ。しかしステータスだけは頑に確認させなかったらしかった。
聖剣を呼び出せるのは神聖魔法の<神器喚装>だけ。そのおかげで通行証の発行もすぐに済んだという。
まあそんなことはどうでもいいわね。
重要なのは、やはり予想通りエリーは力を取り戻しつつあること。
だけどステータスを隠したことから、完全に取り戻したわけではないということよ。
「ならまだ勝てるわ」
さっきの隊長の口ぶりからすると、エリーはまだこの街にいるはず。
しばらくして増援の兵士たちも来たけど、まあ同じよね。
あっさりと倒した私は兵士たちに門を開けるよう命じた。
兵士たちは文句ひとつ言わずに門を解放する。
「ふふ。エリー対策に用意したけど、案外うまくいったわね。この力があれば問題ないわ」
門番を抜けて都市に入る。
私の後ろでは、倒れていた兵士たちが次々に起き上がって、あとをついてきた。
「待ってなさいエリー=クローゼナイツ。それからイクス=ガーランド。すぐに私の仲間になりたいと泣いて頼むことになるから」
その時の様子を想像するだけで楽しくなってきて、私はひとり笑みをこぼしていた。




