あなたは説明が足りない
最初だけシェイド視点です。
◇
人類を滅ぼす。
そのために私は世界を壊して回っていた。
いつからか魔王と呼ばれるようにもなった。
それで構わない。
アンのいない世界に意味などないのだ。
私に勝てる人間はいないのだから、徹底的に壊してやろう。
私は本気でそう考えていた。
なのに、たった一人の男に敗北した。
本当に人間なのかと疑ったほどだ。
強さだけを見れば、私よりもよほど化け物だった。
そういうと、男は愉快そうに笑った。
「化け物か。そりゃいい。どいつもこいつも俺のことを英雄とか言いやがって、最近は退屈だったんだ」
「その力の理由はなんだ」
「仲間だろうな。俺は奴隷王だ。仲間の数だけ強くなる。ま、仲間じゃなくて奴隷なんだが」
そういってまた笑う。
何がおかしいのかわからない。
「それでお前、名前は」
「私は……」
その名を口にする資格は、もうなかった。
「私は兵器だ。人を殺すために作られた合成獣。それ以外の名はない」
「なら俺の奴隷になれよ」
なぜその結論になるのか理解できなかったが、人間の考えを理解できたことは一度もない。
「だったらそう命令すればいい。私は命令権のあるものに従うよう造られている」
またあの日々に戻るのだろう。
人間に命令されるがまま戦争の道具となる日々に。
だけどそのほうがいい。
自分の意思でこんなにも苦しみもがくくらいなら、いっそ命令されたほうが楽だ。
なにも考えなければ、なにも苦しまない。
思い出すことも、もうない。
なのに、その男は不思議そうな顔をするだけだった。
「命令権? なんだそりゃ。よくわからんが、俺の奴隷になってくれりゃそれでいいよ」
「私は人類を滅ぼそうとしていたのだぞ」
「ちょうどいい。それくらいでないと張り合いがないからな」
そう言って大声で笑った。
やはり何がそんなにおかしいのかわからない。
めちゃくちゃな男だ。
そうして私は奴隷王の隷属となった。
◇
「シェイドよりもはるかに強いのか……」
確かに俺もシェイドには勝てた。
だがそれは死力を尽くしてようやく、といったところだ。
しかもシェイドは手加減をしていたしな。
奴隷王ってのは相当強かったんだろう。
それこそ全盛期のエリーくらいはあったのかもしれない。
「奴隷王にはそれだけの力を手に入れることができるってことか?」
「そのようだな。奴の国に生まれた者は、全員奴の奴隷になる。そういう法律を作っていたようだ。人も、動物も、魔物も、全部だ。全ての所有権は王である奴のものとなり、そのあとに民には貸与という形で分け与える。実質的には民のものであることに変わりはないのだが、名目上は奴の奴隷ということになる。そういうシステムだったようだ」
「なるほど。そういうやり方か……」
そこでふと思いついたことがあった。
俺のステータスが急に大幅強化された理由だ。
俺は市長を奴隷にした。
市長自身は普通の人間だったため、ステータスに関しても普通だった。
だけど彼にはたくさんの部下がいたはずだ。
奴隷王が国民すべてを自らの所有物としていたのなら、市長が治めるこの都市も市長の所有物と考えることはできないだろうか。
それがそのまま俺のステータスに加算されていたのだとしたら。
「ミスト。少し試したいことがある。協力してくれないか」
俺の考えがあっているとすれば、とんでもないことになっているかもしれない。
だからすぐにでも確かめる必要があったのだが、なぜだかミストは驚いたように俺を見つめ、何度もまたたきをしていた。
「どうした?」
「……いえ。そんなすぐに言われるとは思ってなかった。来るなら夜だと思っていたから……」
ん? なんで夜だと思ったんだ。
「今だとまずかったか?」
「そんなことはない。いつでもいいと言ったのは私。だから平気。ただ、少しだけ待ってほしい」
「それは構わないが……。そんなに時間かからない。すぐ終わる」
「すぐ、終わるの?」
「俺の予想ではそうだ」
また驚いたように俺をまっすぐに見つめる。
「そう。正直なのね。それじゃあ、私の部屋に行く?」
「いや、ここで大丈夫だ」
「……ここでするの?」
「ああ」
うなずくと、さらに長い沈黙があった。
「わかった。あなたが望むなら。ただ、せめてシャワーを浴びさせてほしい」
「え、なんで。必要ないと思うけど」
そういうと、ミストが少しだけ強めにじいっと俺を見つめてきた。
「私みたいな子に性的魅力を感じないのは当然だと思う。だからあなたは気にしないのかもしれない。でも、私も一応は女の子。好きな人には、少しでも綺麗な私を見てもらいたい」
んんん? 一体何の話だ?
これじゃまるで……。
「ご主人様?」
「どうしたエリー……あの、なんで聖剣を構えていらっしゃるのでしょうか?」
「よくもアタシのまえで堂々ととか以前の問題で、やりたい盛りで下半身でしか物を考えられないご主人様には去勢も選択肢に入るのではないかと思いまして」
そう言って聖剣の切っ先を俺の股間に向ける。
やばい。目がマジだ。
俺の息子が切断の危機を迎えている。
まるで不倫を目撃した妻のようだ。
どうしてこんなことに、と考えてようやく思い至った。
「あ、そういうことか! すまないミスト! 試したいことっていうのはそういう意味じゃないんだ!」
ぱちくり、と無表情な目がまたたく。
「そういう意味では、ない? それではどういう、意味?」
「いや、市長が奴隷となったことで、ひょっとしたらこの街の住民全部が俺の奴隷になった可能性があるなと思ってな。だから何かミストに命令してみて確かめようと思ったんだよ」
ミストがさらに何度も瞳をまたたかせる。
「つまり?」
「例えば、手をあげてみてくれとか、そんな程度の実験でよかったんだが……」
「……」
「……」
「……あなたは説明が足りない」
「はい、ごめんなさい」
確かのあの流れの後じゃ、誤解されてもしかたなかったな。
「あれ、そういえば好きな人に見てもらいたいって……」
「聞き間違い」
ミストが珍しく語気を強めていった。
「聞き間違いだから」
無表情なはずの頬が、わずかに赤くなっている気がした。




