美味しそうだから食べてみてもいいカ?
エリーが浮かべた場違いなほどの極上の笑みに、さすがの市長も腰が引けていた。
「な、何をするつもりだっ」
「それはこれからわかるわよ。それよりもアンタが知っておくべきなのは、ここならどれだけ叫んでも助けは来ないってことよ」
市長が慌てて周囲を見渡す。
ここはシェイドがつなげたダンジョンの中だ。
中にいるのは俺たちと、俺の奴隷となったモンスターばかり。
彼の仲間なんているはずもないし、ここがダンジョンのどれだけ奥なのかは俺にだってわからない。
どんなに熟練の冒険者でも、まったく知らないダンジョンの奥に放り出されたら、生きて帰ることは不可能だ。
助けは期待できず、自力で帰ることも出来ない。
冷静に状況を把握するほどに、市長の顔が青冷めていく。
「……この私を誘拐して、身代金が目的か? だったら無駄だぞ。そういう要求には絶対応じないよう部下にも言い含めてある……! もはやどうなっても貴様らは終わりだ……!」
それでもまだ強気な態度に出られるのは本当にすごいと思う。
そうでなければ冒険者の街で市長なんて務まらないのかもしれないな。
それに自分は偉いんだというプライドもあるんだろう。
もっとも、手に入れたおもちゃが想像以上に頑丈だと知ったエリーは、それはそれは嬉しそうな表情になった。
「そう来ないと面白くないわよね。アンタには聞きたいことが色々あるの。どうしてこのアタシの命を狙ったのかとかね。だから生かしておいたんだけど、それだけ元気なら腕の1本や2本なくなっても平気よね。話すだけなら口があれば十分なんだし」
市長の顔がビクッと引きつる。
「ま、まて! 私は市長だぞ! 屈強な冒険者が集まる要塞都市のトップだ! て、敵に回せば、貴様の命はないぞ!?」
「あら怖い。じゃあなおさら殺さないと。とりあえず左腕からでいいわよね。ホネ。食べていいわよ」
「グルアアアアアアアッッ!!!!」
グリフォンの1匹が飛びかかるようにして市長の左腕に食らいついた。
咆哮だけで身の毛が震えるような恐ろしいモンスターだ。
そんな魔物が自分に飛びかかってきて、腕に食らいつく。
明らかに加減しており、牙を引っ込めた甘噛みだったが、食いつかれた市長からしたらそんなことわかるわけもない。
「ぎゃああああああああっっっ!!!」
絶叫が響き渡る。
実際には痛みを感じていないはずなんだが、市長の顔は苦悶にゆがんでいた。
人は斬られたと思うと、実際には斬られていないにもかかわらず痛みを感じたり、最悪の場合はショック死をしてしまう生き物だからな。
それを利用した「影斬り」という技もあるくらいだ。
市長の体は今、腕を噛みちぎられた想像の痛みにもだえているだろう。
まあ、仮に痛みを感じていなかったとしても、ライオンの口の中に自分の腕が入っていたら、誰だって怖いに決まってるか。
「右腕もいらないわよね」
「ひぃいっ!」
声が裏返った情けない悲鳴を上げる。
先ほどの余裕はもうなくなっていた。
「ま、待ってくれ! なんでもする! 金でもなんでも好きなものをやろう! だから助けて──」
「ニク、食べなさい」
「ガアアアアアアアアアッ!!!!」
「ぎゃああああああああっっっ!!!」
再び絶叫が響く。
その顔は脂汗と涙でぐちゃぐちゃになっていた。
やがてホネとニクが口を離したが、市長にはそんなことを気にする余裕もなかった。
ぐったりとした表情で床に倒れるようにして転がる。
「はひっ……はひっ……」
ちゃんと両腕は残っているのだが、過呼吸気味に荒い息を繰り返していた。
「なるほど。こうやって拷問するのだナ。参考になるナー」
パンドラが感心しながらその様子を観察している。
小さな子がキラキラと瞳を輝かせながらエリーの尋問を眺めている様子は、控えめにいっても問題ある気がするなあ。
まあパンドラは見た目が小さな女の子なだけで、実際は何年生きてるのかもわからないミミック型のモンスターではあるのだが。
やがてパンドラが幼気な笑みのまま無邪気にエリーを振り返る。
「なあ、オイラもやってみていいカ?」
「いいけど、アンタにできるの?」
「モチロンだ。こうすればいいんだロ?」
そういうと、パンドラの体が変化しはじめた。
小さな体が大きく膨れ上がり、巨大な四肢と大きな顎を持つ四つ足の獣、ドラゴンへと変貌する。
「あら、悪くないわね」
「そうだろウ! もっと褒めてもいいゾ!」
「なっ……なっ……なんだそいつは……! なんなんだお前らは……!」
市長が錯乱気味に叫んだ。
光の勇者だと思っていた女はグリフォンを操り、自分を食わせようとした。
一緒にいた女の子は突然ドラゴンに変身した。
なんなんだこいつらは、と思うのも無理はないだろう。
俺だってなんでこんなパーティーになったのか自分でもわからないしな。
「それで、オイラはどこを食べていいんダ?」
「足もいらないから食べていいわよ」
「ヤッター、美味しそうなのだナー」
ドラゴンとなったパンドラが近づく。
一歩動くたびにダンジョン内が激しい揺れに襲われた。
「ひいっ! まて、待ってくれ! 頼む、本当にこれ以上は、もう食わないでくれえ……!」
恐怖と混乱で立つことも出来ないらしく、必死にダンジョンの床を這いずるように逃げていく。
自らの両手で床を這っているのに、そのことにも気がついていない。
完全に錯乱状態だった。
そんな必死の懇願が聞いたのか、パンドラが歩みを止める。
「おお、分かってくれたのか……!」
大きな頭を市長の眼前にまでもってくると、スンスンと鼻を鳴らす。
それから大きな体に似合わない無邪気な声でたずねた。
「……ナア、人間は足と頭のどっちが美味しいんダ?」
「は?」
「そりゃ頭でしょうね」
エリーの答えに、パンドラもうんうんとうなずく。
「やっぱそうだよナ。じゃあ頭を食べてもいいカ?」
「いいわけないだろう!?」
市長が絶叫して答えた。
「でもエリーは口さえ残ってればいいといってたゾ。だったら鼻より上は必要ないだロ?」
「そんなことをしたら死んでしまうだろう!」
「オイラは死なないゾ?」
あまりにも無邪気な答えに、市長は一瞬言葉を失ってしまった。
「そ、それは貴様がモンスターだからだろう! 人間は死ぬんだ!」
「そうなのカー。でも、もう我慢できないんだナー」
そうつぶやきながらゆっくりと近づいていく。
巨大な口が割れるように開く。
その奥に並ぶ凶悪な牙が鋭い輝きを放った。
「いただきマース」
「お、おい、そこの男2人! なんとかしてこいつらを止めてくれ! 助ければいくらでも報酬をやるぞ!!」
ええ……。
俺に話を振らないでくれよ……。
せっかく他人事のような雰囲気を出していたのに。
「悪い。金より命の方が重要なんでな」
「死の淵に立ったときその者の本性が見える。やはり人間は醜いな」
「ご主人の許しもでたカラ、これで安心して食べられるナ」
パンドラが市長の顔を口の中に含んだ。
顎の先にひっかけ、首を持ち上げる。
市長の太った体が、ドラゴンの口にくわえられたまま空中に持ち上げられた。
「あひゃぃぃああああああああぁぁぁっっっ!!!!!」
うわあ、あれは怖いだろうなあ。
俺も同じ状況になったら死を覚悟するね。
ちなみに加減をしてるとはいえ、ドラゴンの牙が市長の喉に食い込んで普通に突き刺さっていた。しかも暴れもがいてるせいでどんどん食い込んでいく。
あれは痛い。
さすがにまだパンドラにそこまでの加減はできないようだな。
「たのむやめろやめろやめろやめろやめろ!! やめてくださいお願いします! なんでもします! だから助けてください!」
さすがにそろそろ助け船を出してやるか。
「……本当になんでもするのか?」
「は、はい! なんでも答えます! 全財産もあげます! だからどうか命だけは!」
「パンドラ、やめてあげろ」
「ご主人がそういうのなら仕方ないのだナ」
パンドラがそう言うと、開いた口から市長が落ちてきた。
「ああ、ありがとうございます! ありがとうございます!!」
市長が泣きながら俺の足元にすがりついてくる。
最初に見せた余裕やプライドはもうどこにもなかった。
俺の靴を舐めそうな勢いで頭を垂れている。
同時に俺の中で<奴隷化>のスキルに反応があった。
どうやら市長は自ら俺の奴隷になったようだ。
相変わらずこういうことになるとエリーは生き生きとするなあ。




