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過去の約束と現在の願い

マスター視点です。

 切り裂かれたダンジョンマスターの体が崩れていく中で、彼は短い夢を見た。



「すべての力を集めた最強生物が誕生した。これで隣国は終わりだ」


 最初に聞いた言葉がそれだった。

 私は敵を殺すために作られた兵器。それが存在理由だった。

 だから命じられるままに数え切れないほどの敵を殺した。


 そのことに疑問はなかった。

 武器は敵を殺すために造られる。他に理由なんてない。


 もっとも、もし疑問があったとしても、私は製造段階で命令に強制的に従うよう魔術が組み込まれていたため、逆らうことはできなかった。

 命じられるままに殺し、主人となる人間が更新されて命令権が移動すると、今度は味方だった人間を殺した。


 最強の合成獣として作られた私には二つの力があった。

 どれだけ殺しても尽きることのない魔力と、どれだけ殺されても死ぬことのない生命力。

 私への命令はいつも敵国のど真ん中へと放り出され、相手が滅ぶまで永遠に破壊し続けることだった。

 そして用が終われば封印され、戦争が起こればまた呼び出され、相手を殺すまで暴れ続ける。

 それだけの存在だった。



 命令権の更新の方法自体は私にはわからなかった。

 どうやら魔術的な何かを私に対して行うらしいのだが、その行為を感知することは出来ない。気づいたときにはいつも、新しい主人が私の前に立っていた。

 そして何度目かわからない命令権の更新が行われ、新たな主人が現れた。


 ああ、また戦争がはじまったのか。

 今度はいったい誰を殺せばいいのだろう。

 今度はいったいどれだけ殺せば、眠ることを許されるだろう。


 そんなことを思いながら目を開ける。

 目の前にいたのは、これまで私に命令を下してきた人間のどれにも似ていない人間だった。


「あなた、どうしてこんなところで眠っているの?」


 幼い瞳が私を見上げる。

 古い王宮の地下深くで私たちは出会った。




「命令を」


「めいれい?」


 私が催促すると、少女は首を傾げた。


「私は兵器です。命令をいただければその通りに遂行します」


「命令……じゃないんだけど」


 少女が寂しそうに目を伏せる。


「ワタシね、友達がいないの」


「この国には多くの人間がいるようですが」


「兵隊さんや、召使いたちはいっぱいいるけど……。お父様も、お母様も、お忙しいから会えないし……」


 それから、おどおどと私を見上げた。


「だから、ワタシとお友達になってくれますか?」


 それは「命令」ではなく「お願い」だったが……。



 その日から私たちの関係は始まった。



 彼女の名前はアンリエッタといった。

 長いからアンと呼んでくれと言われたので、そう呼ぶようになった。


「どうして貴方にはお名前がないの?」


「戦争のために作られた兵器ですから」


「兵器だと名前がないの?」


「兵器に名前をつけますか?」


「兵器なんて持ってないからわからないわ」


「普通はつけないものです」


「えー、そんなのかわいそう。そうだ! じゃあ、ワタシが付けてあげるね!」


 まるで名案をひらめいた、とでも言うように声を弾ませる。

 それから部屋をうろうろと歩きまわって考えはじめた。


「うーん、じゃあシェイドなんてどうかしら。あるお話に出てくる王子様なんだけどね、とっても美しくて、とってもカッコいいのよ!」


「了解しました」


「もう! ちょっとは感想があってもいいじゃない!」


「そう言われましても。呼び名にこだわりはありませんので」


 化け物。悪魔。S級の危険生物。人類史上最悪の生体兵器。

 様々な名前で呼ばれたが、敵からも味方からも、一様に恐怖の視線を向けられた。

 当然だろう。私は殺すためだけの殺戮兵器。そんなものに気を許す人間なんているわけがなかったのだ。


 これまでは、一度も。


「それより今日は舞踏会の日なのよ! 早く行きましょう、シェイド!」


 そう言って私を振り返る。

 その瞬間、なぜだか私は言いようのない感覚を覚えて立ち止まった。

 胸を締め付けるこの感覚は、いったいなんなのだろうか。

 悩む私を見て、アンが表情をほころばす。


「……ふふっ」


「どうしましたか?」


「シェイドが笑ったところ、初めて見たわ!」



 アンは私に何も命令しなかった。

 だから私は常にそばにいた。いつ命令されてもいいように、常に側で待機していた。

 舞踏会にも、食事会にも、眠る時もそばにいた。

 アンもまたそれを拒まなかったし、むしろ喜んでいるように感じられた。


 いつしか私にも変化があった。


 敵を裂くための爪は、アンを傷つけないように短くなった。

 敵を殺すための牙は、アンを怖がらせないよう丸くなった。

 敵を呪うための瞳は、アンを見守れるように優しくなった。

 敵地に飛ぶための翼も、弓矢を弾くための鋼の皮膚も、すべて不要になった。

 見た目だけは、アンの趣味で美しい美男子にさせられた。そのおかげでしばらくアンが騒いでうるさかった。



 いつでもアンのそばに控え、共に過ごし、共に成長していった。

 それで分かったことがあった。

 彼女はこの国の何番目かの王女らしく、常に命を狙われていた。

 敵国からではない。同じ国の人間からだ。


 私には理解できなかったが、後継者を選ぶには、他の候補たちを全員殺さなければならないらしい。

 理解できないが、そういうことはこれまでに何度も見てきた。

 だから驚くことではなかった。


 もっともアンはそのことを知らない。

 私が秘密裏に刺客を処分してきたからだ。


 私の仕事は完璧だった。

 もとより一国を単独で滅ぼすために造られているのだ。

 刺客の一人や二人、物の数ではない。

 たとえこの国の全てが敵になったとしても、私は彼女を守れるだろう。


 それは誰かに命令されたからではない。私自身がそうしたいと思ったからだ。

 それがきっと、私の中での一番大きな変化だっただろう。

 兵器が自分の意思を持つなんて、あり得ないことなのに。



 それから数年が経った。

 アンは成長し、より美しく、より明るくなった。

 私も彼女の成長を見守るのが楽しみになっていた。

 いつか彼女が成長し、一人前の王女となるのを見届ける。

 それが私の使命だと、そう信じて疑わなかった。




 だから忘れていた。

 私は人殺しのための兵器であることを。




「ようやくこの日が来た」


 見知らぬ男が私の前に立っていた。

 こいつがアンの命を狙う首謀者なのは知っていたが、いまの私にはどうすることもできなかった。


「貴様の命令権を奪うのに数年かかったが、ようやく手に入れたぞ」


「シェイド、どうしたの……?」


 アンが不安そうに私を見る。

 それを慰めるのが昨日までの私の役目だった。

 だが、今は……。


「忌々しい化け物め。こんなものが我が城にいたと思うと虫唾が走る。ことが終わったら廃棄処分にせねばならぬな」


 新しい主人が私を蹴り飛ばす。

 私は待機状態のまま直立不動の態勢を保っていた。

 その様子を見て、アンがますます不安そうな顔になる。


「シェイド、どうしたの? どうしてそんなに怖い顔をしているの……?」


「まあ、いい。ようやくこれでこいつを始末できる」


 男が殺意のこもった目をアンに向けた。


 ──やめろ。


「後継者は一人でいい。二人もいては争いの種にしかならない」

「ワタシたち友達でしょ……? そう約束したでしょ? ずっと一緒にいてくれるって、約束したじゃない……」


 ──やめてくれ。


「さあ、命令だ。この国の礎となれることを誇るがいい」

「シェイド、お願い、目を覚ましてよ……っ」


 ──それだけはやめてくれ!!





「アンリエッタを殺せ」





 拒否権はなかった。





「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!」



 私は殺した。


 そのために造られた。

 誰かを守るためではない。

 命令された通りに殺すことだけが私の存在理由だ。


 だから殺した。

 命令を遂行するためにすべての力を解放し、アンと、命令を下した人間と、この国の全てと、そして私自身を巻き込んで、殺し尽くした。



 跡形も亡くなった廃墟の中央で、私は一人立ち尽くしていた。

 この国が滅ぶのに一晩とかからなかった。

 私の近くいた者は1秒とかからずに蒸発しただろう。きっと痛みを感じる暇もなかったはずだ。

 そうであればいいのにと、言い訳のように願った。



 人類を滅ぼそう。


 殺して、殺して、殺し尽くすことだけが私の生き方ならば。

 いっそ人間を一人残らず狩り尽くし、数え切れないほどの死をこの瞳に焼き付けてやろう。

 そうすれば、脳裏にこびりつくあの子の泣き顔も、少しは忘れられるかもしれない。


 それだけが私の願いだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ダンジョンマスターには悲しい過去があったのですね……。
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