聞かないといけないことが出来たようだな
体を粉々に切り裂かれたダンジョンマスターがその場に倒れる。
いや、倒れるというか、散らばった。
その姿をエリーが笑みを含んだ表情で見下ろす。
「あらあら、偉そうなこと言ってた割にはあっさりと死んじゃったわねえ」
「そこはかわいそうとか、エグい死に方だとかいった方が女の子らしくてかわいいぞ」
「それもそうね。ホネ、ニク。食事の時間よ」
さすがエリーさん容赦ない。
グリフォンたちを呼び寄せて死体処理をさせようとしはじめた。
とはいえ、さすがのグリフォンたちはそれを食べようとはしなかったけどな。
いくら命令されたとはいえ、さすがにかつては自分達の主人だった相手を食べるのは気が引けるだろう。
しかし、どうも様子がおかしい。
むしろなんだか警戒しているような……。
「この私にここまで傷を負わせるとは」
ダンジョンマスターの声が響く。
粉々になってるせいで頭どころか口も残ってないのに、いったいどうやって……。
いや、舌が残ってるか。
残っているというか、地面に転がっている。
それが震えて声を発していた。
控えめにいっても化けもんだなコイツ。
エリーが露骨に顔を歪める。
「やっぱモンスターは根絶すべきね。キモいから」
「否定できないなあ」
俺たちが話す間にも、粉々になったダンジョンマスターの体が集まって再生をはじめていた。
「異常なその強さに加え、パンドラ、グリフォン、ワイバーンを従えるという『スキル』……。貴様、まさか……」
「今度はバラバラにしたあと燃やして灰にして、別々の壺にでも封印して世界各地にばら撒きましょう」
「そこまですれば流石に再生も無理だよな」
「お前<奴隷化>のスキルを持っているな?」
「……!!」
その言葉に俺たちは振り返った。
「なぜそれを知っている?」
「私はかつて『奴隷王』に従っていた」
「そうか。聞きたいことができたから、灰にして封印する案は中止だな」
「ちっ、しょうがないわね」
エリーも不満そうだったが了承してくれた。
ダンジョンマスターの体はもう半分以上が再生していた。
とはいえまだ手足を動かすほどではないようだ。
さすがにこの状態なら負けるはずもないが、念のため隙だらけの今のうちに再起不能にしておく必要はあるだろう。
とりあえず頭だけあれば話をするには問題ないよな。
そう思って魔剣グラムを構える。
残りはまた切り刻んでおけばいいか。
……冷静になって考えると、とんでもないこと言ってるな俺。
思考がエリーに毒されているのだろうか。
とはいえ、現状ではそれが一番なのも確かだと思うし……。仕方ない、仕方ない……。
そんな状況になってもダンジョンマスターは慌てる様子もなかった。
ただ一言短くつぶやく。
「“目覚めろ”神剣レーヴァテイン」
その言葉と共に、そばに落ちていた神剣が真っ赤に燃え上がった。
「ぐっ……!」
「な、なに……!?」
まるで太陽の真横にでもいるような熱気だった。
一瞬にして地面が干上がり、俺たちの体にまで火がつき始めた。
「くそっ、このままじゃマズい……!」
たまらずにその場を離れる。
ダンジョンマスターの体も燃え上がっていたが、そのまま強引に再生を続けていた。
炎が人の形になり、やがて元の姿を取り戻す。
手にしたレーヴァテインが放出する熱気のせいで周囲の空間が歪んでいたが、ダンジョンマスターは涼しげな表情のままだった。
燃え盛る神剣がダンジョンマスターの腕を焼き尽くし、すぐに再生してはまた燃える、を繰り返している。
そのせいで彼の右腕だけが燃え続けていた。
「<奴隷化>の強さは知っている。お前がかつての王のようになるならいい。だが悪用するのなら、それは世界最悪の暴君が誕生するだろう。光の勇者を奴隷として従えているのがその証拠。その力は圧倒的で、世界のパワーバランスを崩しかねない」
一歩、また一歩とこちらに近づいてくる。
「お前にその資質があるか。今ここで試させてもらう」
その言葉と同時に、ダンジョンマスターが地面を蹴った。
それまでのゆっくりとした歩みとは違う、本気の走りだった。
勢いに乗った神剣が振り下ろされる。
──ガギィン!!
とっさに持ち上げた魔剣で受け止める。
だがそれも一瞬だった。
一撃があまりにも重い。
耐えきれなくなった膝が地面についてしまった。
「その程度か。ならここで死ね」
「イクスから離れろクソ野郎!!」
投擲された聖剣がダンジョンマスターの顔面に突き刺さる。
もちろんダメージにならなかったが、俺が距離をとって離れるには十分だった。
「悪い。助かったよエリー」
「……ふん、あんなキモい奴に殺されるなんて許さないからね」
素直じゃないエリーに苦笑しつつも、目はしっかりとダンジョンマスターに向けている。
「サラマンダー。火から俺たちを守ってくれ」
足下にやってきた火蜥蜴が俺たちに火の守りを施す。
これで少しはあの熱気を耐えられるようになるだろう。
だがもちろん、それじゃ勝てない。
なにをしたのかわからないが、レーヴァテインの威力がけた違いに跳ね上がっていた。
「すまないエリー。5分だけ時間を稼いでくれないか」
「あら、5分もあったら倒しちゃうかもしれないわよ」
「……相変わらず頼もしいな」
思わず笑みがこぼれる。
この状況でも強がりを言える精神の強さは誰にでもあるモノじゃない。
そしてもっとすごいのは、エリーにとってそれは強がりじゃないということだ。
これだけの強さを見せられてもエリーに負けるつもりはない。
自分なら……自分と俺となら、勝てると信じ切っているのだ。
「なら、その期待には応えないとな」
やがてエリーとグリフォンたちの戦う音が響きはじめた。
正直いえば、エリーに任せることに不安がないといえば嘘になる。
あれほどの化け物が相手だと、全盛期のエリーでも瞬殺はできないだろう。
ましてや今はレベル1。
五分どころか、五秒で負けてもおかしくない。
だけどそれで集中を乱したら、俺を信じて戦うエリーへの裏切りになる。
だから全ての不安を捨てて、俺は目の前のことだけに集中した。
ゆっくりと呼吸を整え、体の奥にある魔力の流れを意識する。
剣を地面に突き刺し、精神を研ぎ澄ました。
「封印指定剣技・解放──」
俺の体の内側で、小さな熱の灯る感覚が生まれた。




