敵なんでしょ? だったらさっさと殺しましょ。
「そのダンジョンマスターとかいうのがアタシたちを狙ってるわけ?」
ドレイクたちに乗って空を飛びながら、俺たちは空で会話をしていた。
「俺たちを狙ってるのかどうかはわからないが、昨日のストーンゴーレムはそいつの仕業だろうな」
「ふーん」
エリーが気のない返事を返し、こともなげに言った。
「じゃあ殺しましょ」
「……いや、もっと言い方とかあるだろ」
「言い方なんてどうでも良いでしょ。要するにそいつは敵なんだから。だったらさっさと殺さないと」
確かに言い方を変えたところで行為が変わるわけじゃないけど……。
「パンドラは何か知ってるか?」
手首のリングが震えながら答える。
「我も知らナイ。ダケド、我やダンジョンを生み出したお方がいるコトは知ってイル。呼び方は特になかったガ、人間どもはアノお方を『ダンジョンマスター』あるいは『魔王』と呼んでイタ」
「魔王……」
「へえ、いいじゃない。一度魔王と戦ってみたかったのよね」
思わず緊張する俺と、逆に意気揚々としはじめるエリー。
実は、さっきから俺の<敵感知>にひとつ強力な反応があった。
それは街道から少し外れたところの、地下深くから感じられる。
あの辺りにダンジョンがあるという話は聞いたことがない。
街道から外れているとはいえ、そこは十分に人間の活動範囲だ。
そんなところにダンジョンがあったのに、今まで一度も見つからないなんて考えられなかった。
新しくできたのだとしたら、ダンジョンを自在に作れる存在がいるということだ。
冒険者を無差別に狙う存在がいるなら、それは討伐対象のモンスターである。
誰かが倒さなければならない。
気がついてしまったのに見て見ぬ振りをするということは、冒険者としてできなかった。
俺は短くため息をついた。
「しかたない、目的地変更だ。そのダンジョンに行ってみよう」
「きゅいいっ!」
ドレイクが勇ましく鳴き声を上げた。
◇
そのダンジョンは一本の木の根元に作られていた。
特に変わったところもない普通の樹だ。
その根本に、人が一人通れるかどうかの穴が開いている。
それが入り口だった。
のぞき込んでみると階段も作られているが、言われなければこんなところにダンジョンがあるなんて気が付かないだろう。
「ここがそうなの?」
「みたいだな」
俺も信じられないが、確かに<敵感知>はここの下を示していた。
普通ダンジョンといったら、明かにそうとわかる入口が作られていたり、大きな扉で閉ざされていたりする。
だけどよく考えてみたら、それもダンジョンマスターがそういう風に作ったってことだ。
なぜわざと人目につくようにしているのかはわからないが、逆にいえば、隠したいものはこうしてわかりにくくすることもできるということである。
「ふーん。よくわからないけどさっさと入って、一番奥にいるやつを倒せばいいんでしょ」
「言葉にすればその通りだが、初めて入るダンジョンだ。どんな罠があるかわからない。慎重に進まないとな」
少なくとも<敵感知>はかなり下から感じられる。それだけでもこのダンジョンが相当深いことがわかった。
1日や2日で攻略できるような規模ではない。
ダンジョンの入り口は小さい。
ドレイクやグリフォンたちはもちろん、タイガージャッカルも入るのは難しそうだ。
フォレストウルフたちなら入れたかもな。
だけど今いる奴隷にしたモンスターだと、一緒に入れそうなのはサラマンダー3匹だけだった。
こうなると全員と別れてしまったのは失敗だったか。
1、2匹くらいはいても良かったかもしれないな。
「まあ過ぎたことを悔やんでもしかたないか」
「そうそう。さっさといって、お宝奪って帰ってきましょ」
「確かにそれは楽しみだな」
初めて入るダンジョンは危険が大きいが、そのぶん手付かずの宝があるということでもある。
このために冒険者をやっていると言ってもいいくらいだからな。
街道からこんなに近ければすぐに発見されてしまうだろう。
それを一番最初に見つけられたというのは大きい。
そう考えると未知のダンジョンへの不安よりも、まだ見ぬお宝への期待の方が大きくなってきた。
ダンジョンに入るつもりはなかったから、装備としては軽装だ。
けど食料には余裕があるし、荷物もドレイクたちに載せればかなりの量を持って帰ることができる。
いきなりのダンジョン探索にしては準備が整っている方だろう。
「よし、それじゃあ行こうか」
「その必要はない」
「────!!」
突然の声が聞こえると同時に、俺はエリーを抱えて横に飛んだ。
考えての行動じゃない。野生の勘が俺にそうさせた。
ほぼ同時に俺たちのいた地点に爆発が起きる。
「……くっ!」
爆風に逆らわず、あえて吹き飛ばされて距離をとる。
それから素早く起き上がった。
そこにいたのはやたらと美しい存在だった。
それはエリーのような可愛さでも、女神様のような神々しさとも違う。
氷のような冷たい美しさだった。
人の形をしているが、男なのか女なのか見た目からではわからない。
手首のリングがカタカタと震える。
「ご主人様は、あいつハ……」
「ああ、わかってるよ」
遅れて<敵感知>が反応する。
地下深くにいたはずの強力な反応がいつの間にかなくなり、目の前に現れていた。
そいつは俺たちに目はもくれず、ただまっすぐに一人だけをみていた。
「見つけたぞ。エリー=クローゼナイツ」
「なにアンタ。アタシの知り合い?」
「貴様なら、新しいダンジョンを見つければ必ずくると思っていた」
「もしかして復讐ってやつ? わざわざ返り討ちにされにくるなんてとんだドMのようね」
「光の勇者の資格を剥奪されたそうだな」
「……!」
エリーの顔色が変わる。
それはエリーにとっても隠しておきたいことだっただろう。
だけどそれ以上に、そのことを知っているのが驚きだった。
そんな情報をいったいどうやって手に入れたのか。
しかしエリーはすぐに表情を変え、強気な態度になる。
「だったらなんだっていうの。たった一人でアタシに勝つつもりならずいぶんな余裕ね」
「もちろん貴様を殺すために手を抜きはしない」
周囲の大地が次々に盛り上がる。
うごめき、形を変え、それは石造りの階段に──無数のダンジョンの入り口に変貌する。
そこから数え切れないほどのモンスターたちが溢れ出してきた。
「貴様に殺された者たちの恨み、ここで晴らさせてもらう」
「……やはりお前がダンジョンマスターか!」
地の底にいるはずの魔王が、俺たちの目の前に姿を現していた。




