女神様の祝福
行為の最中に女神様が現れたため、俺たちは慌てて離れた。
エリーがシーツを巻きつけて肌を隠す。もちろん俺の分は無しだ。寒い。
そんな俺たちを見て、女神様が不思議そうに首を傾げる。
「どうしました。なぜやめるのですか」
「やめるに決まってるでしょ!? ていうかなんで当たり前のように入ってきてるのよ!」
エリーが吠えるように怒鳴る。
女神様はやはりよくわかっていないみたいだった。
「あなたたちの素晴らしい行為に思わず感激してしまっただけなのです」
「人の行為を見て感激って……。女神って意外とヘンタイなの?」
「へんたい? その言葉の意味はわかりませんが、私に構わず続けてください。まだ足りないご様子ですし」
「うう、うるさいわね! できるわけないでしょ!」
「なにを恥じることがあるのです。生殖行為は生命の基本であり、愛を確かめあう最も尊い行為。隠す必要はありません。存分に励むと良いでしょう」
「見られるのが恥ずかしいの!」
「なるほど。人間とはそういうものですか。では私は一度戻ります。終わったら呼んでください」
そういって女神様が消えた。
終わったら呼べって言われても……。
「………………」
俺とエリーは微妙な表情で顔を見合わせる。
それから、恐る恐るたずねた。
「………………足りないのか?」
「はあ!? そんなわけ……はい、もっとご主人様としたいです」
嘘をつこうとしてすぐ本音を言っちゃうエリー奴隷可愛い。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
真っ赤な顔に涙を浮かべて睨んでくるが、反論はない。
そういうわけで、そういうことになった。
◇
「終わったぞ」
空中に向けてそういうと、再び女神様が現れた。
現れた女神様は、それはもう神々しい笑みを浮かべていた。
「やはり愛とは素晴らしいものですね」
「いやあ、お恥ずかしい」
「……見られてるってわかってるのに、本当に信じられない……どれだけ欲求不満なのよ……」
ちなみにエリーはとなりで荒い息を吐きながらシーツの海に沈んでいる。
あれからさらに3回もしたからな。さすがに疲れたようだ。
「イクス=ガーランド、やはりあなたはとても素晴らしい人物です」
「え? 俺が? どうして?」
「あんなに虐げられていたのに、その相手をこんなに愛することができるなんて。そうそうできることではありません」
それは、まあ、そうなのかもな。
でも好きなんだから仕方がない。
「それでいいのです。愛こそが世界を救う唯一の光。光の勇者の素質なのです」
「……愛? ただのエロザルよこいつ」
エリーが冷たい声を放つ。
さっきまであんなにいい感じだったのに、いきなりエロザルに格下げされてる……。否定は出来ないけど……。
「これからは光の勇者ではなく、愛の勇者と呼ぶことにしましょう」
「恥ずかしすぎるのでやめてください」
「それで、結局なにしにきたわけ?」
「祝福を授けましょう」
女神様はそう言った。
「昔ならイクス=ガーランドを光の勇者に認定したところですが、安易に力を与えることはよくないと反省しています。なので、勇者にまつわる力──神聖魔法を授けましょう」
突然のことに驚いてしまった。
「俺が、神聖魔法を?」
「はい。ただしひとつだけです」
「ひとつだけか……」
神聖魔法は女神様の力を借りて放つ強力な魔法だ。
単純な攻撃魔法だけじゃなく、回復魔法から支援魔法まで、あらゆる種類の魔法が揃っている。
たった一人でパーティーの要となる職業をすべて賄うことができるんだ。
その中から最も強い魔法を選べと言われたら、簡単には答えられない。
人によって答えは違うだろう。
だけど、今俺がほしい魔法はどれかと聞かれたら、答えはすぐに出てきた。
「では<ギアス>をください」
それは絶対に破ることのできない契約を交わすための魔法。
俺とエリーが奴隷契約を結んでいるのも、この<ギアス>による。
「まだ奴隷を増やすつもりなの?」
となりからエリーが冷たい視線を向けてきた。
そう思われるのも無理はない。
実際ゴーレムのように<奴隷化>のスキルでは奴隷にできないモンスターもいた。
だけど<ギアス>を使えれば奴隷化できない相手でも奴隷にできるかもしれないからな。
奴隷が増えるほど強くなる俺にとっては相性の良い魔法と言えるだろう。
だけど本当の目的はそれじゃない。
<ギアス>で一度結んでしまった契約は死ぬまで解除されることはない。
そう言われていた。
だけど、このスキルについて詳しく知っているわけじゃない。
奴隷王の存在だって、<奴隷化>のスキルを手に入れるまでは伝説としか思っていなかったんだ。
俺が知らないだけで、実は<ギアス>を解除する方法があるのかもしれないだろう。
現状はエリーは俺に絶対服従だし、常にそばに侍っている。
エリーは俺のことを好きだと言ってくれているが、それだってどこまで本当か俺にはわからない。
今のこの関係は、俺が望んでいるものとは違うんだ。
だから。
ギアスを手に入れ、その使い方をマスターすれば。
いつかは<ギアス>の奴隷契約を解除できる日が来るかもしれない。
それが俺の目的……いや、願いだった。
女神様が微笑む。
慈愛のこもった優しい眼差しだ。
ひょっとして俺の心を読めるのだろうか。
「わかりました。では<ギアス>を授けましょう」
手の中に生まれた光が、俺の中へと吸い込まれる。
俺の中に新たな力が宿るのを感じた。
どうやら<ギアス>を手に入れたらしいな。
神聖魔法の習得といえば伝説レベルの出来事のはずなのだが、ずいぶんあっさりしたものだった。
「ちょっと、なんでイクスだけなのよ」
エリーが不満を女神様にぶつける。
「アタシだって光の勇者でしょ。アンタが勝手に力を奪ったんだから、さっさと返しなさいよ」
「あなたにはもう光の勇者の資格はありません。精進すればまたその資格を得ることもあるかもしれませんが」
「女神様。エリーにもひとつでいいので力を与えてくれませんか。エリーも変わってきています。きっといつかは女神様のいうように、光の勇者の資格を取り戻すはずです」
「……あなたがそういうのならいいでしょう。ではひとつだけ選びなさい」
「そんなの決まってるわ!」
ベッドの上で立ち上がり宣言する。
体に巻いていたシーツが落ちて裸が露わになったのだが、テンションが上がっているせいか気にならないみたいだった。
「<神器装換>よ!」
エリーが望んだのは聖剣と聖盾、聖鎧を得る魔法だった。
確かに強力だが、少し意外でもあった。
エリーならもっと派手で威力の高い魔法を選ぶと思っていたのだ。
それこそ<セイントクロス>とか<聖なる業火>とかだと思っていたのだが……。
女神様が小さくため息をつく。
もしもエリーの心の中を読んだのだとしたら、どんなロクでもないことを読み取ったのだろう。
「……わかりました。では授けましょう」
手の中で生み出された光がエリーの中に吸い込まれる。
「これさえあれば……ククク……」
めちゃくちゃ悪い笑みを浮かべている。
間違いなくろくでもないことを考えているな。
「光の勇者の使命は、世界に平穏をもたらすこと。さらなる試練を乗り越えれば、新たな力を授けましょう」
「試練とはなんですか」
「魔王と呼ばれる存在を倒したり、人々を救ったり、そういうことです。あなたたちが光の勇者に見合う働きをした時、再び会いましょう」
そう告げると、女神様はきた時と同様にフッと消えてしまった。




