少女達の戦い
「思ったよりも、ギルドの方は慌てやがらなかったですね?」
「そうですね……まあ、何となく理由の想像は付きますが」
リオの言葉を受け、雪姫は今しがた出てきたばかりの建物を振り返りながら、先ほど目にした光景を思い出していた。
騒いでいたのは主に周囲に居た冒険者の方であり、ギルドの方はざわめきすらも発生していなかったのである。
職務に忠実だと言えば聞こえはいいが、何せ事が事だ。
そんな場合ではないだろうに、そうだったのである。
アレは間違いなく、予想していたことを言われた反応であった。
「予想していた、って……どういうことです?」
「そのままの意味ですよ。おそらくギルドはこのようなことが起こることを……少なくとも、その可能性があることを予め知って、備えていたのでしょう」
もっとも、それ自体に関してはそれほど驚くようなことではない。
というか、場所を考えればそうであって然るべきだ。
常にその危険性がある場所なのになんの備えもされていないとか、笑い話にすらならないだろう。
或いは問題があるとすれば、それがどういった類のものであるかだが――
「まあ、それも問題にならないでしょう」
「何で問題にならねえです?」
「そこにどんな思惑があれ、結局やることに違いはないからです。街が襲われてしまえばあの人達もただではすまない……当たり前の話ですからね」
冒険者ギルドの人間は、厳密に言えば一般人ではない。
冒険者というならず者を相手にするが故に、強制的にある程度の実力は身につけさせられるからだ。
こんな最前線であれば、最低でもランク三程度はあるだろう。
だが逆に言うならば、その程度でしかない、ということだ。
その程度では、精々第一波を凌ぐのに役立つぐらいでしかない。
自分達だけが逃げ出すのであれば十分かもしれないが……まさかそんなことはしないだろう。
幾ら街が襲われるとはいえ、文字通りの意味で全滅してしまうことは有り得ない。
となれば、そのことは即刻他に知られてしまい、今度こそギルドは解体されてしまうだろうからだ。
勿論最悪の場合はそれすらも厭わないかもしれないが……まあ、さすがに最初からそのつもりだということはないだろう。
つまりは、少なくとも街の防衛をするために力を尽くすことだけは変わらない、ということだ。
ギルドは冒険者に対して、徴兵権を持っている。
要は、いざという時、冒険者を戦力として使うことが出来る、ということだ。
冒険者はこれを拒否することが出来ない。
そもそもランク二以下の冒険者は、これがあるが故に、市民ではないのに街に自由に住むことが出来ているのだ。
これを拒否するということは、冒険者としての権利全てを手放すということと同義なのである。
ランク三以上の冒険者は、逆に市民であるが故にこれを拒否することが出来ない。
そういった権利と引き換えにして、市民であることを許されているからだ。
まあ何にせよ、魔物が街を襲撃するというのは、誰がどう考えても非常事態である。
徴兵権を行使するのに、誰も異論はないだろう。
そしてそれで以って、防衛が行なわれるはずだ。
「なるほど……色々と考えてやがるですね」
「正確には、この考えをしたのは私ではなく和樹さんですけどね。私も伝えられて、なるほどと納得した側です」
「……いつの間にそんな話をしてやがったです?」
「ここに向かう途中で、ですね。さすがに面と向かって話すほどの余裕はありませんでしたから
「ああ、だからたまに気がそぞろでやがったですか」
「そういうことです」
ウィスパーに距離的制限はない。
試したことはないが、大陸の端から端に居ても届くのではないだろうか。
故に移動中であっても、雪姫と和樹は問題なく言葉を交わすことが出来ていたのである。
まあそれでも万能ではないからこそ、雪姫は未だに友人の少女と連絡を取ることが出来ていないのであるが。
閑話休題。
「それより、リオさんの方は大丈夫でしたか?」
「なにがです?」
「いえ、先ほどは随分と見られ、言われていたようでしたから」
周囲の冒険者が騒いでいたのは、伝えた内容のせいでもあったが、同じぐらいリオがその場に現れたせいでもあったのだ。
もっともそれは予想通りのことではあるし、当たり前のことでもある。
つい先日街を賑わせた化け物がギルドに現れたとなれば、騒ぐなという方が無理というものだ。
特にギルドはここ最近のことのせいで、多くの人の訪れる場となっていた。
全てがリオの姿を見たことがあるわけではなかったが、少なくない人が知っていたという時点で十分だ。
その事実はあっという間にその場に居た者達へと伝わり、抱いた感情が口から吐き出されることとなる。
その内容は……少なくとも、傍で聞いていただけの雪姫でも、愉快になれるようなものではなかったのは確かだ。
直接言葉を向けられたわけではなかったが、時に言葉というのは、影で囁かれる方が鋭い棘となって突き刺さってくるのである。
だが。
「別に問題ねえですけど? あのぐらいだったら言われ慣れてますし……石とか投げられねえだけ随分とマシです」
「石、ですか……?」
「です。まあジジィに言わせるとそれでもまだぬりぃらしいですが」
その言葉に何より雪姫が衝撃を受けたのは、そのことをリオが何でもない、当たり前のことのように話していることであった。
雪姫はまだリオと出会ってから日が浅いが、それでもリオに関して分かっていることぐらいはある。
特に感情を隠すのが下手なのだということは、話してみたらすぐに分かったことであった。
だからこそ、そのことをリオが心の底から当たり前のことなのだと思って話しているのが分かるのだ。
先ほどの心無い言葉を、当然のこととして受け入れているのが、である。
確かにリオがこの街の人々を傷つけてしまったのは消しようのない事実だ。
しかしだからといって何を言っていいわけでもなければ、何を言われていいわけでもないだろう。
だがおそらくはきっと、それがリオにとっての日常なのだ。
リオと同じく異世界へと転移し、何処の誰とも知らない人物に売られるところであった雪姫にですら分からないが、それがきっと本来は文字通りの意味で世界が異なる相手と交流する際の当たり前なのだろう。
考えてみれば当然のことだ。
人は時に酷く簡単なことで争う。
人種や価値観が異なれば争わないことの方が珍しい方であり、世界が異なったら争わない理由こそがないだろう。
しかしおそらくリオ達は、それを受け入れた上で前を向いているのだ。
当然のことという顔はしているが、そこに陰鬱さはない。
仕方ないことだと諦めてはいるが、卑屈になっているわけではないのだ。
そこに自身の目的と理由があるからなのかもしれないが……おそらくは、単にリオの心の強さ故なのだろう。
そのことに気付き、心の中に何とも言い難い感情が湧き上がってきた瞬間、雪姫は反射的に和樹へとウィスパーを使用していた。
『――和樹さん』
『どうした? まさか、何か予想外のことでも起こったのか?』
『この娘いじらしいです……うちの娘にしましょう!』
『……とりあえず何の問題もないってのは分かった。マルク達もそろそろおっ始めるようだし、一応そっちも気をつけとけよ? 俺もこれからちょっと忙しくなる。じゃあな』
一方的に切られ、むぅ、と雪姫は唇を尖らせる。
「相変わらずつれないですね、和樹さんは……」
「またカズキと話してやがったです?」
「すぐに切られてしまいましたけどね」
「……そうやっていつでも話せるってのは、ちょっとだけですが、羨ましくはあるですね」
それは今は離れ離れとなってしまっている仲間のことを思ってのことなのか……或いは、和樹と、ということを指しているのか、どちらなのか気になった雪姫ではあるが、敢えて聞くようなことはしなかった。
何となく、藪蛇になるような気がしたからだ。
「さて、とりあえずそろそろ私達も次に行くとしましょうか。マルクさん達がもうすぐ接敵するみたいですから、遊撃としての私達の役目もすぐにありそうです」
「分かったです」
そうしている間も、別に隠れているわけではないため、当然のようにその姿は……リオの姿は見られている。
ひそひそとした話し声も、その視線に乗った恐怖や畏怖も、雪姫よりも身体能力が優れているリオは、当たり前のように認識しているだろう。
だがそれでも、やはりその姿に動揺は見られない。
その姿はいつも通りであり……ならば、雪姫が無様な姿を見せるわけにもいかないだろう。
真っ直ぐに前を見据える。
「ところで、行くのはいいですが、どっちの方角に向かうです?」
「そうですね……やはりまず向かうのは西側でしょうか」
「なんで西です?」
「東側は他の街へ向かうための街道がありますが、基本魔物がほとんど出現しないために冒険者はいません。街道を守ることも大切ですが、それはギルドの役目でしょう。ですから私達は、危険に陥る可能性のある冒険者達を助け、避難させるために、西に行く、というわけです」
「なるほどです」
西に居る冒険者の中にも、リオのことを知っている者は当然居るだろう。
そうなればまた糾弾され、愉快ではないことになるかもしれない。
否、そうなる可能性が高い。
しかしリオもそのことは分かっているだろうに、何のことはないとでも言うかの如く、分かったですと呆気なく頷いた。
これはやはりうちの娘にするしかありませんね、などと心の中で呟きながら、雪姫は顔を西側へと向ける。
未だ北側からは、何の異変も感じることは出来ない。
だがそれは、魔物の声などの明確な何かという意味では、だ。
言葉に出来ない何かであるならば、既に雪姫はそれを感じ取っている。
リオも同じなのだろうが、何も言わないのは信じているからだろうか。
誰を、なのかは、分からないが。
しかしそれはきっと、雪姫も変わらない。
勿論マルク達のことも信じてはいるのだが、その根底にあるのは――
「それでは、行きましょうか」
頷いたリオに合わせて、雪姫は西へと向かい地を蹴った。




