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都会の小島

 本日2回目の更新です。

 沙羅が住む事務所は、紅葉(くれは)市の中央にある。

 紅葉市の人口は10万人ほどで、大都市と呼ぶには少々心許ないが、人間が生活するには、むしろこれくらいの規模の都市の方が暮らしやすいのかもしれない。

 

 病院や学校、その他諸々の公共施設や企業・専門店は一通り揃っているし、治安も適度に良い。

 普通に暮らしていれば、特に不便に感じることは無いはずだ。

 

 仮に紅葉市で事足りぬことがあっても、交通の便は良いので、距離が離れている割には首都圏との行き来も比較的容易であり、そこへ行けば大抵の問題は解消できる。

 奈緒深(なおみ)の家はその紅葉市の郊外で、沙羅の事務所から地下鉄とバスを乗り継いで20分ほど離れた住宅地の一角にあった。

 

「……なんじゃあ、こりゃ……」

 

 沙羅は茫然とした表情で、思わずそれを見上げた。

 その視線の先にあるのは、小高い丘……と呼んで良いものだろうか?

 住宅地の真ん中なのに木々が鬱蒼と生い茂り、まるで一本の巨大な樹木の如く、こんもりと緑がそびえ立っている光景に、彼女は度肝を抜かれた。

 

「なんつーか、ト●ロとか棲んでそう……」

 

 と、沙羅は思わず、偉大なアニメ映画監督の作品を思い浮かべた。

 確かに目の前の風景は、そのアニメ映画に出てくるものを彷彿とさせる。

 それはまるで、家々が形作る海の上に浮かぶ、小島の如きものを思わせた。


 ただ、その敷地面積は、それほど広くない。

 精々そこら辺にある市民体育館の敷地程度ではあるようだが、そこに生い茂る木々の密度は濃く、高さもかなりある。

 最早これは森である。

 その森の中へ、沙羅達が今立っている道の先が吸い込まれるようにして消えていた。

 

「トロロ?」

 

 茫然としている沙羅の隣で、奈緒深がそんなことを聞き返してきたが、沙羅はシカトを決め込んだ。

 「今時そんなボケは無いでしょ……というか、ガチの天然?」とは、さすがに依頼人に突っ込めない。

 そんな沙羅の心情を知ってか知らずか、奈緒深は更に、

 

「とろろ芋は自生していませんけど……?」

 

 と、ボケを上塗りしている。

 どうやら彼女は、かなりの天然さんであるようだ。

 

(この子……子供の頃に、アニメとかを観ることを禁止されていたのかしら?

 さすがお嬢様学校に通っているだけのことはあるわ……)

 

 脱力する沙羅に対して、奈緒深はきょとんとするのであった。

 

「ともかくこの森の中に、私の家があります」

 

「はあ~、住宅地の真ん中でこれだけの土地……というか森を維持するのは大変だぁ」

 

 沙羅は奈緒深がこの土地を手放そうとしている理由を、実感することができた。

 これは一介の女子高生の手に余る。

 経済的な理由ならずとも、これだけの森を維持管理する為には、かなりの手間暇がかかるだろう。

 除草や害虫の駆除、伸びた木の枝の剪定等々……やらなければならないことは山のようにあるはずだ。

 それは(ひと)りだけでは、とてもこなせる量ではない。

 

 だが、管理を業者に委託すれば、かなりの経費がかかる。

 しかしだからと言って、管理の手を抜けば、森はすぐ荒れてしまう。

 荒れた森は、害虫や害獣の繁殖場所となる上に、ゴミの不法投棄等の犯罪が頻発するようになるだろう。


 最悪、放火によって火災発生、という事態も起こりかねない。

 そうなれば、近隣の住民とのトラブルも続発する。

 

 だから奈緒深の土地を手放そうという判断は、賢明なものであるように思えた。

 その反面、この土地を手放そうとしなかったという、奈緒深の父の気持ちも沙羅には理解できてしまうのだ。


 この国では──いや、全世界的に、人間社会の発展の代償として、凄まじい勢いで自然が失われている。

 比較的自然の多い田舎の土地でさえ、わずか十数年前までは当たり前のように見られた動植物が見られなくなったということも、昨今では珍しくなくなっていた。


 そんな状況の中で都会の片隅とはいえ、これだけの森を個人が維持してきたのは、ある意味偉業と言ってもいいだろう。

 それを今更無駄にしてしまうのは、何だか勿体ないことだと沙羅は思うのだ。


 おそらくこの土地が人手に渡れば、森の木々は切り倒されて更地にされたあげく、そこにはマンションか何かが建つことになるのだろう。

 あるいは、エコロジーの名の下に、太陽光発電所が建設されるという、本末転倒な事態もあり得る。

 木々を切り倒し、山を切り崩しておいて、何がエコか。

 

「う~ん……」

 

 沙羅は暫しの間、何かを悩んでいるかのよう唸りながら、森を見上げていた。

 そんな沙羅の様子を見て、奈緒深は不安そうに訪ねてくる。

 

「あの……何か悪い霊とか感じますか?」

 

「あ……いやまだ全然。

 ただ、この森が無くなるのは勿体ないなぁ、って思っていただけ」

 

「そうですか?

 じゃあ……久遠(くどう)さんがこの土地を買い取りますか?」

 

 と、奈緒深は冗談半分で言ったつもりだったのだが──、

 

「うん、考えておこう」

 

 沙羅は真顔で返した。

 伊達に最高報酬2億円を稼いだ訳ではないので、とんでもないことをサラリと言う。

 もっとも奈緒深は、冗談を冗談で返されたと思ったらしく、小さく笑っていた。

 そんな彼女に対して沙羅は、

 

「まあ、その前に依頼を終わらせないとね。

 ただ、これほど家に近づいても、何も霊の気配を感じないと言うのは気になるね……。

 人の命を危険にさらすほど強い霊がいれば、普通はちょっとしか霊感が無い人でも、近づけばそれなりに感じ取れるはずなんだけど……」


 沙羅は首を傾げた。

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