29 魔道具
真夜中。
任務を終え、俺はリリーの屋敷へと戻る。
――ナイアの一件の後、俺はリリーの屋敷に厄介になっていた。
家を襲撃されたときに、アインの野郎に家を吹き飛ばされたからである。
数日前のことだ。
家を失った俺は、まずはラヴィニアに他の拠点がないか訊ねてみた。
だが、その返答は芳しいものではなかった。
どうやら『暗躍星座』が学園都市に保有している家はあれ一軒で、他の家はないらしい。
他の街ならば保有している拠点はあるようだが、しかし空間転移は長距離になればなるほど魔力の消費も大きい。
護衛のために魔力はできる限り温存しておいた方がいいため、他の街に住むという選択肢はなしだ。
そういうわけでラヴィニアには、申し訳ないがとりあえず宿を取って凌いで欲しいと言われ、いくらか金を渡されたものの……あるものを衝動買いしてしまい、その日のうちに宿代を使い果たしてしまった。
金がなくなったから追加でくれとラヴィニアに魔道具で連絡したところ、即座に切られてしまった。
そうして路頭に迷った俺は、仕方なくリリーに頼み込んで、今は屋敷の一室に住まわせてもらっている。
護衛の任務のために必要だから、という理論武装も完璧だ。
実際に『深層』の刺客に屋敷が狙われないなんて保証はどこにもない以上、ナタリア一人よりも俺もいた方が良いというのは確かだからだ。
深夜。屋敷はすでに静まり返っている。
俺が門の方に近付くと、警備をしていた兵士が門を開く。俺は中庭を抜け、そっと宛がわれた部屋へ戻った。
「遅かったわね」
「なんでいるんだ」
部屋の中にはリリーがいた。
夜中ということで水色のネグリジェを身に纏い、長い金髪を後ろで軽く結んでいる。首筋から白いうなじが覗いていた。
椅子に腰掛け、本を読んでいたリリーは俺が部屋に入ると、ぱたりと本を閉じてテーブルに置いた。
「あなたを訪ねて来たんだけど、部屋にいなかったから待ってたのよ」
「悪いな、ちょっと外に出てた」
「どこに行ってたのかしら?」
「任務だよ」
「そう……」
リリーが眉を顰めた。
『暗躍星座』の任務はその性質上、どうしても血生臭いものになる。リリーからするとあまり好ましくはないのだろう。
かといって、それが王国にとって必要であることは理解しているため、口には出さない……といったところか。
「それで、俺に何か用か? こんな夜中に訪ねてくるところをメイドにでも見られたら、明日にでも噂は広がってるぞ」
「大丈夫よ、見られてないわ」
「ならいいが……」
「ナタリア以外には」
「それは一番見られたら不味い奴だろ……」
嘆息した。翌朝にナタリアに詰め寄られる未来が見えたからだ。
「それで、アイリスお姉さまとはどうなの?」
「ああ、そのことか……」
ここはエントルージュの王族が学園に通うために使用する邸宅である。
つまり、当然であるがアイリスもリリーと同じくこの屋敷に住んでいるということだ。
住む場所も金もなくて焦っていた俺はそれに気付かずにリリーに対してここに住ませてくれと頼み込んだが、よくよく考えればその通りだった。
「お姉さまから許可を貰えなかった場合、あなたには出て行ってもらうから」
「俺に路頭に迷えと?」
「宿でも取ればいいじゃない」
「金が……ないんだ」
俺は搾り出すようにして言った。
「……そういえば、支給されたお金を使い込んだって話だったわね。一体何を買ったのよ」
リリーが呆れたように嘆息した。
「これだよ、これ」
俺は空間収納の魔術『道具袋』を起動し、先日購入した物を取り出した。
錆びた銀色の指輪で、赤、青、緑、黄の四色の宝石が埋め込まれている。
「指輪? あなた、装飾品に興味があるのね。意外だわ」
「いや装飾品自体には大した興味はないが、これは――魔道具だ」
「へぇ……」
リリーの反応は薄い。
まあ、リリーの奴はこんなでも一応は王族だから、魔道具も見馴れているのだろう。
王城の宝物庫なら、俺が見たこともないような魔道具も沢山あるだろうし、一度は見てみたいものである。
――魔道具とは、魔力を込めることで魔術を発動することができる物品の総称である。
迷宮などの魔力の集まる場所で自然発生的に生成されるものと、魔道具製作者と呼ばれる魔術師によって製作されるものの二種類が存在するが、この指輪は後者である。
これを買った店の主人曰く、古代の錬金術師が製作したという話だ。それが本当かどうかは知らないが。
この魔道具の指輪を買ってから、俺はこれを誰かに自慢したくて仕方がなかった。
先日の通信越しにラヴィニアに自慢した際は深々と溜息を吐かれた上で通信を切られたが。
「で、どういう効果なのよそれ」
「驚くなよ? なんと、この指輪を介して魔術行使をする場合、火、水、風、土属性の魔術に関して、属性の適性を無視して使えるんだ」
言うと、リリーは目を見開いて指輪を見つめた。気分がいい。
「それは……確かに凄いわね」
「まあ、代わりに消費魔力が八十四倍になるんだが」
「馬鹿じゃないの?」
呆れられてしまった。気持ちは分かる。
八十四倍というのは、普通の魔術師だったらあっという間に魔力が枯渇するような燃費の悪さだ。
俺は魔力量がかなり多い方だが、それでも十数回程度使えば魔力切れに陥るだろう。
「八十四倍ってことは、使う魔術にもよるだろうけど、私だと三回か四回で魔力がなくなるわね」
リリーはそう言ったが、それでも彼女の魔力は多い方だ。大半の魔術師の場合、一度か二度使うのが限度だろう。
そのためにこの魔道具は売れ残っており、値下げ交渉を含めて宿代を全て費やすことでギリギリ買うことができたのだ。
「まあ、確かに戦闘だと使いにくいのは確かだな。ただ、学園の授業なんかで俺の魔術を隠すのに役立つかと思ったんだよ」
「それもそうね。とはいえ、宿代を使い込んでまで買う価値があるかは疑問だけど」
俺はリリーの言葉を無視した。
まさかこんな魔道具を手に入れられるとは。俺は指輪を暫く眺めた後、再び『道具袋』に仕舞った。
俺の趣味は、こういった魔道具の蒐集である。
ただ、魔道具は基本的に高価なものが多い。
迷宮などから発見される数はそれほど多くないうえ、製作しようにも、魔道具製作にはかなり高度な技能を要求されるためだ。
そのため、魔道具の蒐集をしているとどうしても金が掛かる。
『暗躍星座』は命懸けの汚れ仕事ということもあり、貰える給金はかなりのものだが、それでも魔道具を買い漁っていたら瞬く間に消えてしまう程だ。
「何でも良いけど、この屋敷に住むつもりならちゃんとアイリスお姉さまの許可は取りなさいよ? というか、本来なら屋敷に男を住まわせるなんてかなり微妙なんだから。……使用人たちは一応見て見ぬふりをしてくれてるけど」
「それは分かってるんだが」
「だが、なによ?」
俺自身は時空魔術以外の魔術を使えないが――魔道具ならば魔力さえあれば適性など関係なく起動でき、様々な効果の魔術を再現することができる。
時空魔術という強力な魔術に不満があるわけではないが……。
それはそれとして、俺は人並みに普通の魔術にも憧れがあるので、俺でも魔術の再現ができる魔道具という存在の蒐集に傾倒していった。
「なんかアイリスに避けられてるんだよな。リリー、お前は理由は分かるか?」
「それは……そうね、自分で考えなさい。そうするべきだと思うわ」
リリーの方は理由を知っている様子だが、俺にそれを伝えるつもりはないようだ。
だが、ヒント程度は寄越してくれた。
――アイリスが俺を避ける理由は、俺が自分で考えるべきだと、少なくともリリーがそう思うような理由なのだろう。
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