24 刺客の正体
「っと、危ねぇな」
空間転移で教室に侵入した途端、俺を狙って雷撃が飛んできた。
慌てずに回避。雷撃は空を切り、教室の壁に大穴を開ける。
視線を巡らせ、即座に状況を把握する。
「よう王女様、まだ生きてるか?」
俺が声を掛けると、安堵からかリリーは床にへたり込んだ。
「来るのが遅いわよ……!」
「悪いな、寝坊したんだ」
どうやらなんとか間に合ったようだ。リリーはまだ教室に残っている。
見渡すと、他の生徒は机に突っ伏しているが――レオンハルトだけはなぜか床に突っ伏している――、特に外傷などはなさそうな様子からして、恐らく何らかの魔術によるものだろう。
俺は空間転移で教室内を移動し、リリーとアリシアの間に割って入る。
状況の把握は完璧ではないが、突然雷撃を打ってきた様子からして、アリシアが敵であることに疑いの余地はない。
「――『爆雷撃』」
「『阻空』――で、どういう状況だこれ? 担任が刺客だったのか? それは意外だったな」
アリシアの攻撃を『阻空』で防ぐ。
にしても危ないな……俺が防がなかったら普通にリリーどころか、机で突っ伏している他の生徒まで巻き込まれているところだ。
すぐ近くでは床に転がるレオンハルトの他にも、メリルなどが机に突っ伏して倒れている。
「違うわよ。あれは――操られてるのよ」
「精神操作か。なるほど、『深層』の連中もまた大胆な手段を取ったもんだな」
仮にも王立の学園でここまで好き勝手されては王国の面子も丸潰れだろう。
王国側が再び『牢獄世界』の掃討作戦を計画してもおかしくないほどには。
――最も、貴族たちの間では一年前の敗北が未だ色濃いだろうから、そうはならないだろうが。
「これは、ここだけじゃなくて学園全体が制圧されてる感じかね……」
「――っ!」
リリーが愕然とした表情をするが、恐らく俺の想定は間違っていないだろう。
先程まで中庭で竜が暴れていたというのに、校舎内はいやに静かだ。
となると、他の教師も恐らくアリシアのように洗脳されていて、それぞれのクラスが制圧されていると考えるのが自然だ。
ナタリアがこちらに来る様子がないのも、それが理由か。
目の前のアリシアを警戒しつつも、一応、連絡用の魔道具を用いてナタリアに連絡を取ってみる。
「――おい、ナタリア」
「どうされましたか、ノア様?」
「そっちで何か異常は起こってるか?」
「いいえ、何も」
「そうか、ならいい」
俺は連絡を切った。
やはり何らかの手段で通信を偽装しているようだ。
「ナタリアは何て?」
「こちらは大丈夫だとさ」
「そう……」
リリーは微かに安堵の溜息を吐いた。
なるほど、この状況で他人を心配する余裕まであるとは――大物だな。
「で、あんたは洗脳の解除はできるわけ?」
「できると思うか?」
「その返答ってことはできないのね……」
「俺のことが分かってきたようで何より」
会話を続けている最中も、アリシアは『爆雷撃』を筆頭に凶悪な魔術を乱射し続けているが、その全てを『阻空』によって防いでいく。
魔術の威力こそ優れているものの、どうやらアリシアはあまり戦闘慣れはしていないようだ。
攻撃が単調なため、『阻空』を複数重ねがけするなどの工夫を凝らせば、アリシアの攻撃を防ぐのは容易い。
「こういうのは気絶させちまえばそれでいいんだよ」
「なるほど――脳筋ね」
「いいや、むしろ知性に溢れた戦術だ。何せ精神操作の魔術なんかよりもずっと楽だし手っ取り早いからな」
床を思い切り踏み込んで走り出す。
アリシアは後方へ退避するが、やはり動きは鈍い。戦闘慣れしていないがゆえに、咄嗟の判断が遅いのだ。
一瞬の間隙を縫うようにしてアリシアに接近、その胴体に強烈な蹴りを叩き込み、教室の外へと吹き飛ばす。教室内で戦っては、眠っている生徒たちを巻き込んでしまいかねないからだ。
洗脳されているアリシアに対して攻撃を加えることに多少の罪悪感はあるが、それでも攻撃の手を休めるつもりはない。
アリシアとて、自分が操られて生徒を攻撃するだなんて嫌なはずだ。後で謝れば快く許してくれることだろう。
「termine mundi,――」
「動かないで」
そう思い、追撃の『空隙』を叩き込もうとしたところで。
背後から、静かな声。
振り返ると――そこには。
メリル・エンケファリンがいつも通りの無表情で、手に持ったナイフをリリーの首筋に当てていた。
「……なるほど、そっちが本命か」
「『爆雷撃』」
「ぐっ……」
「ノアっ!」
リリーが叫んだ。
背後からアリシアの放った雷の魔術が直撃する。本来ならば直撃したら一発で消し炭になるような高威力の雷撃だが、幸い俺の魔力量は膨大だ。
相応に魔術に対する耐性があるため、ダメージはあるが、それだけだ。
アリシアが再び詠唱を開始する。
今度は先程の詠唱よりも長い。
術式である呪文を読み取れば、同じ雷の魔術で、先程よりも更に威力を高めて耐性を貫こうとしていることが分かる。
「人質ってわけか? だが『深層』の側もリリーを殺すことはできないはずだ」
「黙って」
震える声でメリルは言った。
その様子は俺ではなく、他の何かに怯えているようにも見える。
さて、どうするか……。
「……一体どういうつもりかしら、エンケファリン?」
「黙って」
ナイフを突きつけられたリリーは顔を青褪めながらも、果敢にもメリルに声を掛ける。
全く、あのお姫様は……。
向こう見ず――というと少し違うか。どちらかというと、恐怖を感じながらも、それでもなお一歩前へ踏み出せる性格なのだろう。得難い資質だ。
「あなたが『深層』の刺客なの?」
「お願いだから黙って……っ!」
この状況において俺が一番に警戒しているのは、メリルがその手に持つナイフでリリーを刺すこと――ではない。
根本的に、『深層』の目的を考えるとリリーを殺すことは有り得ない。
故に――尤も警戒すべきなのは。
メリルが、そのナイフで自分自身を人質とした場合だ。
「いい加減、寝たフリはやめたらどうだ? ――『圧空』」
そうなる前に、俺は動いた。
『圧空』の魔術を発動する。
――机に突っ伏して、眠ったフリをしていたニーナに向かって。
跳ねるように飛び起きたニーナが机から退避した瞬間、机が重圧で潰れる。
同時に俺は大きく踏み込み、メリルとリリーに接近すると、リリーの首筋に添えられていたナイフの刃を掴んだ。
掌から血が流れる。だが問題はない。俺は半ば強引にメリルからそのナイフを取り上げると、割れた窓から外に放り投げる。
一方、間一髪のところで『圧空』に巻き込まれるのを免れたニーナは、人差し指を唇にあて、首を傾げた。
「あれ? バレた」
――やはりこの女が刺客だったか。
「最初から、お前かメリルのどっちかが『深層』の刺客だとは思ってたんだ。尤も――お前の方は露骨に怪しかったから、どちらかというとメリルの方が正解だと思ってたが」
逆だったようだ。無駄に深読みしてしまった。
「ふうん……でも、どうして見抜けたのかなぁ? 私、これでも普通の女子学生を上手く演じてたと思うんだけど」
「あんなに露骨に俺に殺気を向けてた癖に何を言ってるんだか……」
「あー、やっぱりそれかー。喫茶店で指摘されたときはこれは不味いかな? って思ったんだけど――どうしても抑え切れなかったんだよねー」
ニーナが唇を吊り上げる。
整った容貌から生まれる凶悪な笑み。
「まあいっか。バレちゃったなら仕方ない――メリル、お姫様をこっちに連れてきなさい」
「う、うぅ……」
一転して冷たい無表情になると、ニーナはぞっとするような声でメリルを呼んだ。
「メリル」
「い、嫌だ……」
「メーリールー?」
冷たい声色でメリルの名を呼ぶ。その度にメリルの身体が怯えたように震えた。
しかし、どうやらメリルは洗脳されてはいないようだ。ニーナに対する恐怖に身体を震わせてはいるものの、その命令に従う様子はない。
そんなメリルの手を、リリーがそっと握った。
「落ち着きなさい」
「リリー様……?」
「ちょっとー、今は私とメリルが話してるんだから邪魔しないで欲しいんだけど?」
リリーは無視した。
「あの子が怖いの?」
「う、うん……」
「そう、なら大丈夫よ」
「どうして……?」
「ノアがいるじゃない。あいつがあなたのことを守ってくれるわよ」
「俺任せかよ」
リリーは無視した。
「だって、あれでもあいつ――私の護衛はそこそこ強いのよ」
俺は笑った。
「そこそこ? 違うな――最強の間違いだろ」
「自信過剰ね」
「いいや、適切な評価だ」
そこで、「『轟雷撃』」という声が背後から耳に届く。
先程から継続していたアリシアの詠唱が完了したようだ。
莫大な雷光が発生する。
第六階梯の風属性魔術『轟雷撃』だ。
本来ならば広範囲に高出力の雷撃を轟かせる強力な魔術だが、アリシアはその術式を改変し、範囲を狭める代わりに威力を更に強化していた。
『爆雷撃』で俺が倒れなかったため、一撃の威力をより高める方向に調整したのだろう。
『阻空』では防御力不足。長大な詠唱によって研ぎ澄まされた攻撃を防ぎきれない。
空間転移などで回避。それも無理だ。俺だけならともかく、周囲のリリーやメリルごと転移するのは厳しい。
俺の選択は――攻撃には攻撃を。
横合いから攻撃をぶつけ、雷の軌道を逸らすことだった。
「『空隙』」
短縮詠唱。
威力こそ弱まるものの、即座に発動した魔術が衝撃波を撒き散らし、『轟雷撃』の軌道を逸らす。
そして雷撃は俺の意図した通り――ニーナに向かって炸裂する。
「きゃあッ!」
ニーナが悲鳴を上げる。
回避はしたようだが、莫大な雷撃は余波だけでニーナの小柄な体躯を吹き飛ばした。
「termine mundi, aperire.――『空隙』」
その隙を利用して俺は高速で詠唱を終えると、廊下にいるアリシアを吹き飛ばした。
アリシアは回避できなかった。
吹き飛ばされ、壁に頭から激突すると、すぐに動かなくなった。
元宮廷魔術師である彼女は相応の魔術耐性を持っているため、流石に死んではいないだろうが……どうやら気絶したようだ。
「よくも……やってくれたわね……!」
ニーナが起き上がった。
制服の肩の部分が雷の余波で焼け焦げていて、そこから白い肌が覗いている。火傷などをしている様子はない。どうやらニーナ自身は大したダメージを受けていないようだ。
「それで、どうするつもりだ? 俺を洗脳でもしてみるか? そうすればここからでも逆転できるぞ」
「ッ……」
ニーナが歯噛みする。
それができないと分かっていて俺は挑発したし、ニーナの方もその意図を汲んだために、苛立ちを露わにした。
――特定の集団にのみ感染させるように洗脳を施す固有魔術。
そして、それを操る魔術師に、俺は覚えがあった。
「その顔……私が誰か、ようやく分かった?」
「――ナイア・リュングベリ」
「正解」
ニーナ・シンフォニア――に化けていた少女。
『牢獄世界』時代の俺の知り合いでもある少女、ナイア・リュングベリは嘲るような笑みを浮かべた。
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