17 洗脳魔術
「ふぅ……話してて疲れたわね。少し休憩にしましょう」
リリーが大きく腕を伸ばし、息を吐いた。
感情を昂ぶらせていただけに、疲れたのだろう。
「じゃあトイレを借りてもいいか?」
「部屋を出て、右に曲がって突き当たりにあるわ」
「了解」
部屋を出る。その際に一瞬だけナタリアと目が合った。
どうやらナタリアも、気付いていたようだ。
――先程から、この部屋を監視している視線に。
俺はリリーの部屋を出ると、周囲に誰もいないことを確認して、リリーの屋敷とは隣の建物へと空間転移した。
「なッ」
「女の部屋を覗き見するとか、お前ら変態か?」
そこにいたのはいかにもチンピラといった風体の男たちだった。突然現れた俺に対して驚愕の視線を向けてくる。
この部屋の窓からはちょうどリリーの部屋が見えた。
やはり、中庭で気付いた怪しい気配はこいつらの者か。
しかし、俺が転移してきた瞬間の反応が遅い。
こいつらもただの雇われだろうか――いや。
「『圧空』」
俺は即座に五人のチンピラを『圧空』で部屋全体に圧力を掛けることで制圧する。
倒れ伏す男たちのうち一人の首を掴み、その顔を眺めた。
「な、何を……」
「お前、誰に依頼された?」
光の入らない濁った目。どこか緩慢な動作。
間違いない――こいつらは何者かに洗脳されている。
「――言うわけないだろう?」
無機質な声。
この男の精神を操っている何者かが、男を通してこちらを見ていた。
「高みの見物のつもりか? せいぜい隠れてるんだな、必ず捕まえてやる」
俺は男を放り捨て――男の顔を眺める趣味はない――、『圧空』をもう一度打ち込んで気絶させると、舌打ちした。
「精神操作を使う魔術師が敵にいるのか……厄介な」
□
リリーたちは俺が戻るのを待っていたのか、部屋に戻ると再び先程の話の続きを始めた。
「まず考えるべきなのは、どのような手段で『牢獄世界』に侵入するか、ですわね」
「そうね」
リリーは頷いた。
彼女としても、『深層』にあえて捕まることで侵入するという手段を放棄することに異論はないらしい。
「わたくしは詳しくは知らないのですけれど、王国側が管理しているという『牢獄世界』への入り口というのはどこに存在するんですの?」
「王都の地下だ」
俺は答えた。
「だが、万が一にも『牢獄世界』のやつらが逆に侵入して来ないように、平時は魔術を利用した厳重な封印がされている。強引に突破するのはまず不可能だな」
少なくとも俺一人ならともかく、リリーを連れて突破するのは厳しい。
「ええ、私が調べた限りでも同じ感じだったわ。だからこそ『深層』の刺客に捕まろうと思ったのだけれど……」
論理は理解できるが、あまりにも思い切りが良すぎる。俺は呆れた。
「そうだ、それについても気になってたんだが」
リリーの言葉を耳にして、俺は以前に抱いた疑問を思い出した。
「なにかしら?」
「お前はどうして『深層』に狙われてるんだ?」
「ああ、それも説明しなきゃいけないわね」
確か、刺客の男はリリーには特殊な能力があると言っていた。
しかし、王女を誘拐までしてでも『深層』が求める能力というのは、一体どのような能力なのだろうか。
「私には特別な能力があるのよ」
俺は言った。
「……思春期だもんな。そういう風に自分が特別な人間だと思っても不思議じゃないか」
俺は哀れみの眼差しをリリーに向けた。
「ぶち殺すわよ」
「冗談だ」
「それで、その能力というのは一体どのようなものなんですの?」
ナタリアが話を戻す。
「触れただけでどんなに強力な結界でも破壊できる能力――『結界破り』、と私は呼んでいるわ」
「『結界破り』……」
なるほど、と思った。
それは『深層』からしたら喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「どんな強力な結界でも、ってことは『牢獄世界』を覆う結界も壊せるって解釈でいいんだよな」
「ええ、結界に触れてみた感じからすると破壊できそうだったわ」
――『深層』は暴力で以って『牢獄世界』を統べる一大組織だ。
だが実際のところ、『深層』の立場はあくまでも『牢獄世界』内の頂点というだけで、地上の国家と比べると低い。
どうしても結界の存在が邪魔になるのだ。
出入り口も、地上の国が犯罪者を投棄するとき以外は厳重に封印されている。そこから地上に出るのはまず不可能だ
しかし、奴らが結界を自在に破れるようになれば当然話は変わる。
『深層』側はいつでも地上に出られるようになるのだから。
――そうなると王国側は喉元に刃を突きつけられた状態になるに等しい。
かといって強引に『深層』を殲滅しようにも、しかし過去に数度の『牢獄世界』の掃討作戦が全滅という形で終わっていることを考えると、それを実現するのも困難だ。
実際に俺の見立てでも、たとえ王国の総力を結集させたとしても、『牢獄世界』に勝てるかどうかは五分といった程度か。
それほどの魔境なのだ、あの場所は。
「それは『深層』が欲しがるわけだ」
「ですが、『深層』の側はどのようにしてリリー様の能力について知り得たのでしょう?」
「ああ、それね。私の能力についてはローズの母親が『深層』の人間に教えて、それで知ったみたいね」
「その女は『深層』とも繋がりがあるのか……」
ええ、とリリーは忌々しげに頷いた。
「そもそもローズを捨てたっていうのも、正確には『深層』の奴らに引き渡したっていうことらしいわ」
「まあ、王妃様が娘を捨てるにはそれくらいしないとですものね。森に捨てるのとはわけが違いますもの」
なるほど、俺の場合は偶然にも亀裂があってそこから落ちたが、そうでもないと普通は地上と『牢獄世界』はほぼ断絶されている。
王国の地下には出入り口があるものの、王妃が娘を捨てるから使わせて欲しいと言ったところで通るわけがない。
ひょっとすると、一年前に行われた『牢獄世界』の大規模な掃討作戦も、その事件が引き金だったのかもしれない。
「それで、事が判明した後もあの女は娘が『深層』の奴らに連れ去られた、って泣いてお咎めなしってわけよ」
「それに加えて『結界破り』について奴らが知って、お前が狙われているわけか」
ローズとやらの投棄といい、リリーが狙われることといい、どれもこれもその王妃が原因か。面倒な話だ。
ふと、そこで、話を聞いて何か考え込んでいたナタリアが疑問を投じた。
「けれど、リリー様にそのような能力があるのなら、その『結界破り』の能力で結界を破壊して侵入することができるのではなくて?」
「ああ、そりゃそうだ」
言われてみれば道理だ。
『牢獄世界』を覆う結界はあまりにも広く、その全てを王国が管理しているわけではない。というよりも、複数国家を横断するほど巨大な結界の全てを管理することなど実質的に不可能である。
更には、そもそも結界が破壊されることなど想定されていないため――実際、『牢獄世界』を覆う結界を破られることはまずありえない――、管理されているのは結界の出入り口だけだ。街中ならともかく、森の中など、結界が露出してそのままになっている場所は多い。
「そうね。私も当然それを真っ先に考えたわ」
「ならどうしてそうしなかった?」
「私の『結界破り』は破壊の規模を指定できないのよ。結界の一部分を破壊するみたいな便利な使い方はできなくて、破壊する場合はその結界丸々壊さなきゃいけないの」
「それは……」
それこそ大惨事だ。
そんなことをしたら、『牢獄世界』に蔓延る凶悪な犯罪者どもが解き放たれるようになる。
たとえば、数千人の人間を生贄に捧げ悪魔を召喚しようとした魔導術師。
あるいは、一夜のうちに街一つを消滅させた魔術師。
はたまた、人間を素材として新たな生命の創造を目論んだ錬金術師。
――そんな連中がゴロゴロいるような場所だ。
もしも結界が消失した場合、その被害の程は想像も付かない。
追放刑――『牢獄世界』へ送られる刑罰は、この大陸において最も重い刑罰である。
つまり、そのレベルの犯罪を犯した者どもがあの奈落へ集まっているということ。
「まあ……それはとても不味いですわねぇ」
「そんなことした日にはラヴィニアに殺されるな」
王国の上層部は当然その危険性に気付いていた。
何かの拍子に結界が破られるのではないかと、常に恐れている。
だがしかし、それでも『牢獄世界』への犯罪者の追放は今も行われている。
この大陸において普遍的な宗教であるクライノート教の教義において、死刑は禁止されている。
そのためにどの国家も、まるで臭いものに蓋をするかのように、手に負えない犯罪者を『牢獄世界』に追放し続けていた。
凶悪な魔術師を拘束し続けるには、魔術を封じる魔道具などを含めて膨大なリソースが必要になる上、脱走の危険性も付き纏う。
一方で『牢獄世界』を利用すれば、一度追放してしまうだけで済む。
なおかつ強力な結界により脱獄の心配はほぼない。
そういった理由もあり、当然のようにどの国家も積極的に『牢獄世界』を流刑地として利用していた。
「前にも考えたが、現実的なのは刺客が通ったであろう出入り口を利用することだろうな。『深層』も警備してるだろうが、王国が管理しているやつよりは手薄だろ」
「そうね。私一人なら無理でも、あなたたちが協力してくれるならそれもありね……」
「方針については相違ありませんわ。けど、それについてなんですけれど、わたくしの方から一つ報告がありますの」
ナタリアが言う。
「先日にノア様が捕縛した刺客の方ですけれど、尋問の結果、彼はやはり『深層』が隠し持つ結界の出入り口を利用して地上に来たようですわ」
「やっぱりか。なら、そいつから出入り口の場所を聞き出せば……」
「――ですが、彼はそれがどこに存在するのかについては知りませんでしたの」
自白させるための魔術薬まで使って確かめたそうですので、まず間違いありませんわ――と、ナタリア。
「どういうことかしら?」
「刺客の方が証言したところには、彼のほかにもう一人刺客が地上に来ているらしいんですの」
「もう一人? そりゃあ刺客が一人だけだとは思ってなかったが……」
「ええ。それで、ノア様が捕まえた方はそのもう一人の方に、全身を拘束され、五感を封印された状態で連れてこられたため、どこに出入り口があるのかは知らないという話でしたわ」
「……面倒な話だ」
恐らくはそのもう一人の刺客という奴が、外でリリーの部屋を監視していた男たちを操っていた奴だろう。
流石に『深層』にとっても独自の出入り口が重要なのか、情報の秘匿が厳重だ。
結界には修復作用があるため、それを阻害する魔道具を利用して出入り口として使用しているというのは以前にも話した。
が、これは裏返せば、その魔道具が破壊なり何なりされた瞬間に亀裂は復元されるということでもある。
王国側に知られたならば当然躍起になって封じるだろうし、奴らが地上へ上がってくることを決して許しはしない。
だからこそ『深層』の側は場所を割り出されないように細心の注意を払っているし、結界自体を根本から消し去れるという『結界破り』を求めているのだ。
「そのもう一人の方の情報ってのはあるのか?」
「それに関しても、全て手紙で指示を受けていたらしくて……」
その正体は不明、と。
「そいつもさっさと襲ってきてくれれば捕縛できて楽なんだがな……」
「だけどそれほど警戒してるなら、そう簡単にはいかないでしょうね」
俺とリリーは揃って嘆息した。
「まあまあ、焦っても良いことはないですわよ」
「けど、そうこうしている間にもローズがどうなっているか……」
「それはそうだが、もうそのローズとやらが追放されてから三年が経ってんだろ? 死んでるなら急いでも仕方がないし、生きてるなら、そいつは『牢獄世界』で三年以上生き延びられるような奴というわけで、少なくとも早々死ぬ心配はないだろ」
『牢獄世界』での死亡率は、落ちてきたばかりのころが一番高く、だんだんと下がっていく。
『牢獄世界』の環境に適応できなかった弱者が真っ先に死ぬために死亡率が低くなるという理由もある。
だが一方で、過酷な環境で生活する上で結果的に鍛えられ、『牢獄世界』内におけるルールや禁忌などを学ぶことによって、生き残った彼ら彼女らは『牢獄世界』内で生き抜く術を獲得していくことになる。
「安心しろ、そいつがまだ生きてるっていうんなら、俺が見つけ出してやる」
正直なところ生きているとは思えないが、という本心は閉じ込めて――俺は言った。
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