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誰も傷つけぬ者たちへ【その2】


「……“護衛”……ですか? なんでわざわざ……??」

「知らん。だが、軍本部からの正式な命令書だ。従わにゃならんからな。ということで、お前等、ちょっと行ってこい」



 コール少年から補佐官さんが『隊長宛の親展』を受け取った、その日の夕刻。突然に呼び出された第一班のティールは、入室した隊長執務室に第三班のハーガルの姿を見出して、思わず逃げだしかけた。ハーガルはさすがに表面的には何も動じていないようだが、呼び出されたティールの姿を見て彼も一瞬だけ目を泳がせる。その視線の先に、無表情で無言のまま、しかし明らかに不機嫌な気配を醸し出しているソーン補佐官さんが居て、ハーガルは入室時に感じた不穏な雰囲気を再び味わってしまった。


「――第一班、ティール。お呼びと伺いまして参上しました……って。何だかこの部屋の雰囲気、コワイんですけど??」


 さすがに場の雰囲気を上手くあしらうティール。動揺を上手く殺して、いつもの彼らしさを態とらしく振る舞い、自分を律しているようだった。――こんな所が、さすがに自分が見込んだ通りだと、ハーガルは心なしか誇らしい。


「ああ、ソーンのことなら放っておけ。自分で招いたことに、ちょっとふて腐れているだけだ」

「――――誰が、ふて腐れている、ですって? そしてこの事態は、私の所為ではありません。不本意ですが、私の仕事はあなたにこの使命を果たさせることですから。……ティール、ハーガル。とりあえずかけて下さい。少し込み入った話になります」


 じろりと厳しい視線を隊長に向けて、ソーン補佐官は怜悧な表情のまま二人に椅子を勧める。思わず顔を見合わせたものの、二人ともここは素直に従った。


 そして話は冒頭に戻る。



「いくら依頼があったとはいえ……なんでわざわざ『新任の神官』の着任旅程に、守備隊兵が護衛に付くんですか? 俺、守備隊の業務は一通り把握しているつもりですが、聞いたことも記録で見たこともないですよ?」

「自分も、寡聞にして知りません。どのような事情があるのでしょうか?」


 隊長から聞かされたのは、軍本部からもたらされた命令についてであったが、ティールもハーガルも思わず面食らい問いただすような内容だった。


『ディングル市の神殿に新たに着任する、フサルク神官の護衛を命ず』


 ルーニック国においてフサルク神殿の影響力は弱く、神国や使国との関係は常に敵対しているようなものだ。だが、信仰と国家は別物、という建前は守られており、ルーニック国もことさらフサルク神殿勢力に圧力を加えたり迫害することはない。またフサルク神殿側も布教活動や宗教活動には熱心だが、国体に関わる影響力を目に見える形で示そうとはしていない。

 よって個人的な確執はともかく、面と向かって敵対するような事態はない。“互いに影響力を行使せず、関わらない”ことが通例となっている。そんなフサルク神殿の神官の護衛を軍が命じる、という話は、彼らにとっては初めて耳にするものだ。

 ティールは『ルーニック貴族』というその出自から、ハーガルは『猫の耳目』という職務から、通常の軍団兵とは比べものにならないほど軍内部の事情には通じているはずだが、彼らにしても驚くような内容だ。特に内外の諜報を担当する『猫』であるハーガルとしては無視できない。


「お前等が面食らうのも無理ねえなぁ。俺だって初耳だよ。だが、残念ながら命令書は本物でな? おかげでソーンの奴の機嫌が悪くって仕方ねえ」

「――本部が目先の利益につられて、このような依頼を受けたことに憤慨しているだけです。二人とも、気にしないで下さい」


 どこか茶化すような隊長の口調とは裏腹に、補佐官さんの口調は何処までも冷厳で……珍しく感情が見て取れる彼の姿に、二人は別の意味で恐れ戦くのであった。


「ま、こんな無茶を通すんだ。軍だって行政府だって、それなりに見返りは求めているだろうさ。でなきゃ、話にならん。あちらさんだって、この国に頭を下げて願うんだ。相当不本意だろうさ、それで溜飲を下げておくしかねえなぁ」

「――隊長、そこまでして神殿が護衛を依頼するってことは、その新たに赴任する神官はよほど立場がある人物ってことですよね? 王都の神殿に来る神官ですら、護衛は自前の神殿兵でしたよ?」

「そういうことだな。この命令書には護衛対象の神官については何も書いてねえが……だいたい予測はつくな。多分『黒いの』が来るんだろうさ。ティール、お前なら教養として知ってるだろう?」


 隊長が告げた『黒いの』という言葉に、ティールは思わず瞠目する。隊長が口にした『教養として』という台詞の前には“貴族の”という前書きが付くような内容だが、意図されたものが何であるかはすぐに思いつく。


「まさか、こんな辺境に『黒の神官』ですか? あり得ないでしょう?」

「だがそれ以外に理由が想定できねえ」

「そりゃそうですが……」

「こんな時期に、こんな辺境に『黒の神官』――【神力者(オーピル)】を派遣? 神殿は何を企んでいるのですか?」


 二人の会話に、ハーガルも思わず普段偽る“人畜無害な兵隊さん”らしさを忘れて口を挟む。それくらい、衝撃的な話だった。


 【神力者(オーピル)】は、フサルク神の加護を受けた【能力者】だ。

 フサルク神の慈愛と庇護を体現する、奇跡の力の使い手。生まれ持つ力ではなく、強い信仰を持ち幼い頃より修行を重ね、やがて神より与えられるという力。

 彼らは、人々の病を癒やしたり、祝福を与えたりと、直接的な恩恵を与えることで、フサルク神殿の影響力を確たるものとしてきた功労者達だ。フサルク神の象徴色である黒を基調とした神官服をまとうため『黒の神官』と呼ばれ、神殿の内外において崇敬のもと遇される神秘の力を持つ神官達。

 ルーニックの【能力者(ドルヴィ)】達とは、本質的な所では同じ者達。異なるのは、どの神から力を与えられているのかということと、自ら望んだ力であるかどうかだけだ。現世の至高神と、人の“敵”ともされる異端の神々。厳しい修行にも耐え自ら望み勝ち得た力と、生まれながらに勝手に押しつけられる力。ただ、それだけの違い。


「神殿の狙いがなんなのかなんぞ、知らん。たかが辺境の『国境守備隊』には関係ねえことだ。だが、命令は命令だ。しかもそいつが着任するディングル市は、ここ第25隊の管轄だからな。知らんぷりも出来ねえ。ということで、お前等、ちょっと行ってこい」

「……何で俺等なんですかぁ……」


 事情は分かったが、ティールとしては心底辟易してしまう。なにせ、事情を知ってしまった以上、自分の矜持が無関心では居られない。きっとハーガルも同じ気持ちだろう。


「他に適任がいねえだろうが」

「俺等は無役ですよ? せめて班長格を派遣すべきじゃないんですか?」

「降格前の職位なら、お前等は他の奴らより高い。とりあえず“身分ある面倒な御仁”のお世話には、お前等が一番慣れてるんだ。諦めて復命しろ? ――やりたいだろう?」


 最後の台詞は、にやりと笑ったままハーガルに向けて放たれた。間違いなくハーガルの“職務”を知った上での言葉に違いない。ハーガルは、一つため息をついてティールを見遣った。『仕方ないから、一緒に来て下さい』と目線で訴えながら。

 夏前に彼に“捕まって”以来、何のかんのでティールはハーガルに弱い。ティールも態とらしく大きなため息をついて、相変わらずの美しい所作で復命の礼をとった。


「途中までは第24隊が護衛につく。お前等はアイリーズ市で引き継げ。そこからディングル市の神殿まで送り届けたらお役御免だ。ま、ちょっと気分転換の旅行にでも行くつもりで行ってこい。土産は別にいらねえよ?」

「……護衛は職務であって、娯楽ではありません。ティール、ハーガル? 分かっていますね? 貴方がたの“義務”に関わること以外、無駄な行動は一切慎む様に」


 凍りつくような声で、ソーン補佐官が視線も合わせずに告げる。ついで二人の名が記された指示書と職務の証明書が手渡され、二人はやや引きつった表情でそれを受け取った。だが“職務”ではなく“義務”と告げるあたり、ハーガルのみならずティールにも一定の行動の自由が許されているようだ。貴族に連なる者として、軍政どころか国政に関わりかねない事情には敏感にならざるを得ないティールだった。


「イースとエイワーズの両班長には、すでに任務について説明してあります。急ぎになりますが、貴方がたは今夜中に支度を済ませて明日出立です。アイリーズ市までは馬を使って下さい。アイリーズまで5日、ディングルまでの帰路は3日はかかりますので、多少余裕は見ておくように。明日までに詰め所宛の指示書を作成しておきますが、あちらにも業務内容だけは説明なさい。――特にストライフ兵営長にはきちんと説明を」


 名目上“所長”に格下げされているとはいえ、それは非公式なものであり、第25隊の誰もがストライフを未だ『兵営長』と呼ぶ。彼が気に病むことがないよう、本来ならば隊の要である『兵営長』として知るべきことを、ソーン補佐官は細分に渡って彼に報告をしている。ストライフが『兵営長』であり続けることを、誰よりも彼が望んでいるのかも知れない。

 役付きは別として、他の隊員達には『特別な任務で、アイリーズまで行ってくる』としか告げられていない。よって、その日の夕食時には口々に遠出の任務を羨ましがられたり、土産をねだられたりしたティールとハーガルだった。だが仲間達を適度にあしらいながら、葛藤と深慮の内に明日からの任務に思いをはせる。望ましいことではないであろう新しい変化の訪れを、二人は疑っていなかった。



* * * 



 翌日、兵営を出立する二人には同行者がいた。町の詰め所への連絡係としてフェフ副長が一緒に行くことになったのは、重要な連絡を書面だけで済ませなくないソーン補佐官の計らいだろう。

 馬での旅程とは言え、兵営のあるアラグレンからディングル市までは途中で1泊の野宿を要する距離。秋の気配も深まり日も短く感じられる頃、安全な旅のためには余裕ある行程が必要だ。長くなりかねない『任務についての説明』をフェフに任せて彼らの道行きを整えると共に、誰よりもストライフ兵営長とその家族のことを気にかけている風情のフェフが彼と接する機会を持たせるつもりなのだろう。

 正直、第25隊着任当時の補佐官さんは、ここまで人の機微に気が回る風には見えなかった。初対面のティールはもとより、ハーガルも先の第四軍団では隊長や補佐官さんと近く接していた訳ではない。だが直属の部下として隷下に居たイースやラーグの話を聞く範囲では、深慮高配、公正明大さは感じられるものの「人に優しい」という言葉とは縁遠いソーン補佐官さんだった。

 だが一方で、誰よりも彼を知るはずの隊長は『あいつほど人間を大事にしている奴もいねえよ』と評する。『ちょーーーっと、ひねくれてる愛情だがな』と続くのは愛嬌なのか揶揄なのか悩ましいところだが。


「……ハーガルさんは、前職で補佐官職まで経験されていたのですね」


 アラグレンまでの道行き、馬を休めるひとときにフェフはどこか苦悩するかのような表情でハーガルに話しかけた。いつものように人好きのする柔らかな表情を向けながら、彼はフェフ副長の沈んだ声に気を病む。


「ティールさんも第一軍団では役付きだったと聞きました。皆さん、本当に立派な人ばかりなのに……僕みたいな若輩が【能力者(ドルヴィ)】だというだけで『副長』なんかを拝命していていいんでしょうか……」


 彼が『副長』という地位を気にしていることは、隊員達には知られている。誰もそのことに疑念を抱いたりはしていないのだが、自分に自信の無い彼は常に力不足を嘆いている。

 軍の制度において【ドルヴィ】の職位は、常に士官級。守備隊ならば所長以上だ。実務面を考えると、フェフが『副長』であることは当然の配置といえるのだが、クワートが入るまで最年少であった自分が隊の第二位であることを、フェフはなかなか受け入れられていない。特に現状では、第三位であるストライフ兵営長、第四位であるウリヤンド所長が苦労している姿に直面しているだけに、『名ばかり』である自分の職位が恨めしくて仕方ないフェフだった。


「フェフ副長が第25隊に配属されている以上、副長以外の職位は考えられませんし……それに副長はご自分で思っていらっしゃるほど、無力でも無能でもありませんよ」

「そうそう。っていうか、今の隊ではフェフ副長以外に誰も『副長』なんてやれないから! 実際、フェフが来るまで副長は空席だったんだし。 あの(・・)隊長と補佐官さんの相手をしてくれるだけで、俺等は御の字だから! 副長が居ないと困るから! 俺等がまったりと過ごせないから!」

「……ティール、それは励ましになっていないと思います」

「でもさー、隊長が“副長で遊んでる”間は兵営が平穏だし、補佐官さんが副長を説教している間は俺等に目が向かないし?」

「…………それは否定しませんが、もうちょっと言い様があるでしょうに」

「どう取り繕っても、言いたいことは変わらないからなぁ。ね、フェフ副長。諦めて俺等の平穏のために、『副長』としてあの人たちのお世話、よろしく頼みますよ!」


 それなりに深刻に告白したつもりのフェフの心境は、気付くとティールの話術でいつものような気兼ねない穏やかなものに戻される。敏いフェフに知られることもなく、明るく誤魔化せるティールの話術は計算され尽くしたものであるが、だが心からの願いと労りには偽りはない。

 期せずして【神力者(オーピル)】という『能力者』と接触しようとする今、【ドルヴィ】として苦しみもがき何とか乗り越えようとしているフェフを、ティールは背負ってやりたいと思っている。

 その出自故、ティールはルーニック国軍におけるドルヴィ制度の歪み(・・)をも理解している。盟約の神々の力に翻弄される彼らに【軍の能力者(ドルヴィ)】としての居場所を与えたことは、ある意味で正しく、ある意味で誤りであった。どこにも行き場のなかった彼ら異能者が『居られる場所』を作ったこの制度は――彼らを捕らえ、箱庭に閉じ込めてしまったようなものだ。

 特別扱いするということは、他と区別するということだ。彼らは『異端者』――自分たちとは異なる者(・・・・)なのだと、明確に示してしまっている。だが、今のルーニック国では【ドルヴィ】を手放すことは出来ない。戦力的にも、心情的にも、だ。

 だからこそティールは、当初から隊長と補佐官さんが示したフェフへの態度に、心からの賞賛を送る。彼らはフェフを特別扱いはするが、異端とは見なさない。異能の力をも組み込み、フェフ個人として、その力を単なる生まれ持った才能の一つとして磨き育てている。


「ティールさんに言われると、何だかとっても厄介なことに聞こえるんですが……」

「大丈夫! フェフ副長だって、俺等と同じ(・・・・・)第25隊の隊員なんですから! 一緒に、あの二人の元で苦労しましょうよぉ~」

「確かに同じ(・・)ですが……自分は遠慮しておきますね?」

「あ、狡いぞ、ハーガル。お前こそ、人畜無害な顔して容赦ないくせに!」

「補佐官さんほどじゃないですよ」


 賑やかな笑い声。あえて二人が強調した「同じ」という言葉は、フェフには伝わっただろうか。そう長くは共に居られない彼のために、二人はできる限りのことをしてやりたいと願っていた。彼が心からルーニックの一民人として生きられることを願っていた。――その願いは、結局のところ彼らが第25隊に居る間には叶えられることはなかったけれど。




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