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イスパニア始末

教皇インノケンティウス8世在位中の話である。

イスパニアで死んだ島津晴蓑(せいさ)入道歳久をどうにか称えたい。

薩摩人のまとまる象徴として、代々語り継がれる存在に祭り上げたい。

その結果、何故か島津歳久が聖人に叙せられた。

皇帝家久すら「は??」と首を傾げる中、イグナトゥスが叫ぶ。

「祝え! 全サツマーの力を受け継ぎ時空を超え、過去と未来を知ろしめす時の聖者!

 その名もセイサー・シマンシュ!

 ……また一つサツマーの歴史を継承した瞬間である!」

 フェルナンド2世とイザベル両王が投降した後も、イスパニアの戦いは続いていた。

 国王が降り、教皇の権威が失われた以上、逆に言えば統率者の居ない、各地バラバラの戦いとなった。

「イスパニアを救う聖人」聖ヤコブことサンチアゴの名を戴いたサンチアゴ・デ・コンポステラには、連合王国王太子アストゥリアス公フアンを担いだ軍が籠っている。

 ここに、同じくサンチアゴの名を冠したサンチアゴ騎士団が、名指揮官ゴンサロ・フェルナンデス・デ・コルドバに率いられてやって来た。

 サンチアゴ騎士団は島津軍、フランドル王国軍、ポルトガル軍と転戦しながら、サンチアゴ・デ・コンポステラの王太子軍に合流した。

 彼等は新戦法であるコロネリア方陣を王太子軍にも教え、共同でポルトガルの北方方面軍を撃破する。

 そして騎士団は郊外に進出し、ロチャ・フォルテ城の廃墟を修復して敵を迎え撃つ事にした。


 一方、南部のジブラルタルでもメディナ=シドニア公が残存兵力を糾合し、籠城している。

 カラトラバ騎士団、アルカンタラ騎士団はイベリア半島に駐屯していたが、基本的にはローマ教皇に属する騎士団で、教皇の命令により守っていた城を明け渡した。

 しかし、騎士団は元々イスラム教徒と戦う為に結成されたもの。

 やはり戦いを放棄出来ず、再結集するとイスラム連合軍の背後から奇襲をかけ、隙をついてジブラルタルに入城した。

 さらにアラゴン海軍残党もジブラルタルに入港する。

 皇帝家久の新型艦隊に敗れ、サルデーニャ島、コルス島もナポリ島津家による残敵掃討で大打撃を受けた。

 サルデーニャ副王フェルナンドも、薩摩の名も無き兵に討たれて戦死。

 教皇領マヨルカ島も、教皇の命令によって港湾使用を禁止する。

 仕方なくジブラルタルにやって来たのだが、これが思った以上の好判断となる。

 彼等はイスラム連合の補給部隊をしばしば叩き、陸上での攻撃を弱らせていた。




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 こうした抗戦とは別で、イスパニアには地獄が到来している。

 トレドに於いて「異端審問に加担した者を報告したら、その者は無罪放免」という布告が出された事が始まりである。

 最初島津忠安は、密告を使って反抗的な市民の切り崩しを図っただけだった。

 だが、これが思った以上の効果を発揮。

 今迄異端審問で散々「嫌いな奴、金を持ってる憎い奴」をイスラム教徒だのユダヤ教徒だのとレッテルを貼り、追い落として来たのだ。

 島津家が、誰が告げたという事を発表しない為、表向き抵抗するフリをしながら、裏では島津家に「恐れながら」と競争相手を売った。

 島津忠安はこれを更に大々的に利用しようと、

「異端審問を行った者殺害したら、正誤に関わらずその者の罪は問わない」

 と法令を改悪したうえで家久を通じ、当時まだ生前退位前の教皇インノケンティウス8世に布告を出させた。

「モリスコ(イスラム教からの改宗者)とコンベルソ(ユダヤ教からの改宗者)は、被った損失補填を異端審問実行者及び協力者に請求出来る。

 同じカトリックの同胞を傷つけた罪は重い。

 抵抗する場合は裁判にかけよ。

 なお、モリスコ及びコンベルソの損害については、証拠の提示を必要としない」

 狙われていた側に、かつて狙った側への報復を許可させたのだ。

 そしてとどめに

「信仰は好き勝手にすべし、全ての宗門を可とする」

 という布告を出してダメ押しする。

 要は、改宗せずにいた者に権利を与える事で、精神的優越性を与えた。

 モリスコもコンベルソも改宗者であり、グラナダに居たり、キリスト教勢力下でも地下に隠れて信仰を維持した者に比べて信仰的に居心地が弱い。

 信仰を貫き通した者が、建前だけでも改宗した者を責める。

 転びイスラムや転びユダヤは、旧信仰に返り咲く為にも、より一層異端審問関係者を探して断罪する。

 カトリックでも一部は、彼等の手先となり、より過激に隣人を売って殺し始める。

 元々村落同士纏まりの無いイスパニアでは、村単位で相手を売る事もある。

 人と人が信じ合えない、隣人同士敵である、まさに地獄。

 カスティーリャ、アラゴンの国力は急速に衰えていく。


 衰退と言えば、勝った側にあたるナスル朝グラナダも危険であった。

 彼等は自力で勝ったわけではない。

 オスマン帝国、マムルーク朝、ハフス朝が援軍を出したからだ。

 勢力圏こそ最盛期を凌ぐ、350年前のまだイスラム小王国(タイファ)が多数在った時代まで広がったが、軍はイスラム諸国よりの傭兵であり、交易の利はヴェネツィアやジェノヴァといったキリスト教勢力も含む商人たちが得ているし、官僚も外国任せである。

 皇帝家久は島津忠仍を通じてグラナダの商業体系を作り替えた。

 イタリア商人、東ローマ商人、イスラム商人との取引に際し、グラナダの住民に組合を作らせ、中間搾取者である領主を経由しない商業システムをした。

 商人にも住民にも美味しいやり方で、故に不満を持った領主・貴族たちがムハンマド12世を担いでカスティーリャに寝返ったが、それは鎮圧された。

 こうして活発になった経済により税収が上がり、それを使って各国軍や傭兵の防衛経費を出す。


 もしも商業システムの保護、徴税管理、商取引、そして防衛を全部グラナダだけで出来るようになれば、大幅に支出を減らし、増えた税収を全て我が物と出来る。

 ムハンマド11世は、利権配分に煩い援軍イスラム諸国、拡大した新領を与えたイスラム兵士や味方したキリスト教の傭兵、そして商人や座と上手くやりながら、自国の官僚や軍隊を充実させ、外国人官僚や外国軍に替えようと考えている。

 彼にとって幸運なのは、島津家は干渉する気が全く無い事と、カスティーリャ王国が支離滅裂になった為、レコンキスタはあと百年か二百年先伸ばしになった事だ。

 彼が無能なら、島津がもたらした経済システムと統治システムの上に胡坐をかき、各国に支払った経費を抜いた税収だけでも遊んで暮らせる。

 彼は有能なだけに、グラナダを自国に取り戻そうと、苦労する事になる。




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 こうした中で講和会議が開かれた。

 島津家は、地中海沿岸の領土、バルセロナやバレンシア等とサルディーニャ、コルス、マヨルカ等の島嶼部を所得した。

 これらはナポリ島津家に属させる。

 ナポリ島津家はアラゴン地中海帝国を乗っ取ったような形となった。

 実はこの地で、島津軍は根切りをほとんどしていない。

 理由は米が有ったからだ。

 山潜者がジプシー(ロマ民族)に変装し、各地の物産を調べた時から家久は情報を仕入れていた。

 内陸部なんて統治する気は無い。

 島津のやり方は「分割し、放置せよ」なのだ。

 だがそこに米が有るなら話は変わる。

 この地の米は、9世紀頃にイスラム教徒が持ち込んだものだ。

 古くから米作りをしている。

 島津にとって良民とは「絶望し、逆らう気力を失った民」の事である。

 良民を増やし、かつ生産者たる農民を減らさない。

 根切りとは別な方法で、農民たちの反抗の気分を奪わねばなるまい。

 島津軍は根切りをしない代わりに、ヘマをしたり臆病だった兵を、公開パワハラの後に切腹させた。

 自ら腹を切る狂気、異端審問より酷い返事をしたら「誰が口を開いて良いと言った?」というやり取り、城門にズラリとサツマン人の首が晒される有り様から、彼等は次第に抵抗する気力を失っていった。

 味方ですらこんな目に遭うのに、敵に回ったら何をされるやら……。

 アラゴン王国の東半分は薩摩に屈服した。


 フランドルは、旧レオン王国の地を独立させ、そこにヨーク家のリチャード王子を「レオン王リカルド」として置いた。

 その上でナバラ王国女王と結婚させ、イベリア半島北部を勢力圏に収めた。

 フランスは、そのイベリア半島北部の内、アンドラ公領を勢力圏に残し、ジローナ近辺を割譲させた。

 フランスは相変わらずフランドル王国の嫌がる事をする。

 フランドルとレオン・ナバラ連合王国の交易路に突き出したブルターニュ半島、ここを支配するブルターニュ公爵は、かつてのブルゴーニュ公国同様王国傘下の独立国だった。

 フランスは、シャルル突進公がイスパニアで戦っている間に、ブルターニュ公国との四度目の戦争(道化戦争)をしている。

 戦況はフランス有利で、ブルターニュ半島はフランスの手に落ちようとしていた。

 突進公は養子のマクシミリアンを通じて妨害するも、ブルターニュの不利は拭えない。

 通商海路に突き出したブルターニュ半島がフランスの手に落ちたなら、何かと経費が嵩むようになる。

 フランドルのシャルル突進公は、全く違う新たな手を打つ事になる。


 ポルトガル王国は、カスティーリャ王国の海に面した地を奪った。

 島津家久は、日本時代の事を知っている者に聞き取り調査をし、ポルトガルを分析している。

 スペイン系宣教師は、軍事侵攻の先駆けとなり、得た領地をスペイン王の物とする。

 イタリア系宣教師は、その地の有力者に取り入り、教皇への寄進地を増やす事に熱心である。

 ポルトガル系宣教師は商人のバックアップを受け、布教地に商人を呼び込み経済的に支配する。

 三者の内、ポルトガル系が一番マシである。

 その上、今ポルトガルはアフリカ周りのインド航路開拓に忙しい。

 家久はポルトガルの勢力拡大を許す事にした。

挿絵(By みてみん)



 こうして沿岸部を失い、海外進出の芽を摘まれて、カスティーリャ・アラゴン連合王国は存続を許された。

 イスラム諸国は、まだイスパニアとの講和を成立させていない。

 大体、まだジブラルタルが持ちこたえている。

 このジブラルタルには、講和が成る前後からポルトガルが密かに支援を始めている。

 対岸のセウタを占領したポルトガルにとって、ジブラルタルも可能なら自領としたい。

 出来ずとも、せめてキリスト教勢力であって欲しい。

 こういう思惑から、ポルトガルは裏でジブラルタルを支援している。


 皇帝家久は悪人である。

 こういう事情を知った上で、南方の講和は斡旋しない。

 あえて火種を残した。

 何故ならば、キリスト教勢力に分裂していて貰いたいのと同様、イスラム教勢力にも分裂していて貰いたく、この地の戦争は長引けば長引く程良い。

 ポルトガルの勢力拡大を許しはしたが、それを無制限に認める気も無い。

 イスラム勢力と国境を接し、海外進出に全力を注げない状態こそ望ましい。


 家久は、レコンキスタ戦争はあと数百年続いて貰えば良い、そう思っている。

 せめて同盟国の誼でオスマン帝国のバヤズィド2世には

「貴国は東へ向かう約束だったろう。

 呼んでおいてなんじゃが、適当に利権を作ったら、泥沼からは抜ける方が良かど」

 と言ったが、イベリア半島に残って戦争を続けるも止めるも彼等の勝手である。


 かくして海側の領土を奪い、内陸部は何時までも戦争か国民同士の猜疑が続く状態にして、家久のイスパニア始末は終わった。

 ぶっ壊した以上、もう用は無いのだった。

おまけ:

薩摩がイスパニアで戦っている頃、

フランドルが薔薇戦争に嫌がらせのようにシャルル・シマンシュを派遣した頃、

フランスは道化戦争と呼ばれる内戦をしていた。

1483年ルイ11世が死亡し、まだ13歳のシャルル8世が後を継いだ。

少年王の代わりに姉アンヌ・ド・ボージューと夫ブルボン公ピエール2世が摂政となった。

この摂政に対し、毎年のように内戦が起こる。

1484年はオルレアン公が少年王を誘拐しようとして失敗。

オルレアン公はブルゴーニュ公、ロレーヌ公、コミーヌ伯爵、ギュイエンヌ知事と共に反乱を起こす。

だが1485年には国王軍がオルレアンを占領し、公を追放する。

オルレアン公の同盟者ブルターニュ公も、国王と休戦する。

休戦明けの1486年には、フランドル王太子マクシミリアンと神聖ローマ帝国の支援を受けたブルターニュ公国がフランスに侵攻。

だがフランス軍に撃退され、1487年には逆に攻め込まれようとしていた。

反乱を起こした領主たちは滅ぼされ、その領土は王国に吸収されていく。


この一連の封建領主たちの反乱を、王国側は「道化師たちの戦争」と呼び、中立的には「ブルターニュ戦争」と呼ぶ。

正直、フランス王国はあの時、カエルの死病どころでは無かったのだ。

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[良い点] 異端審問に加担した者を報告したら、その者は無罪放免→異端審問を行った者殺害したら、正誤に関わらずその者の罪は問わない 酷いwww なんて言うかスペインが元々持ってたややこしい部分をそのま…
[良い点] スペイン異端審問や後の新大陸の地獄の害悪を知れば、今回の手打ちに優しさすら感じてしまいましたw
[気になる点] カエル食いがカエル食えなくなったら何食べるんですかね?
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