ドラキュラ対鬼島津
サツマン敗れる!
この報は東欧諸国にあっという間に広まった。
信じられない暴政を敷き、大量の難民を出している蒙古の再来。
余りに戦争に強いから泣き寝入りしていたのだが、若きワラキア公ヴラド・ツェペシュが彼等に勝ったと言う。
もしかしたら我々でも勝てるかもしれない。
いや、きっと勝てる!
西側では十字軍が派遣準備に入った。
十字軍は十字軍で迷惑な存在だから、やれるなら我々で始末をつけよう。
東欧諸侯はハンガリー王国の前摂政でトランシルヴァニア公フニャディ・ヤーノシュを盟主に連合軍を結成する。
ワラキア公ヴラド3世、その弟のラドゥ美男公、モルダヴィア公シュテファン3世、セルビア公ジュラジ・ブランコヴィチが参加し、兵力1万8千となる。
この連合軍は、島津家の中で最も兵力の少ないスパルタの島津義弘を狙い、南下を始めた。
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悪名を上手く活かし、島津歳久が降伏させた旧ギリシャ地域は島津統治下では最も安定している地域であった。
戦わずして降伏した事から島津家は自治を認めた。
ペロポネソス半島にはモレアス専制公領が存在し、その中にスパルタ島津家が在る。
スパルタ島津家の島津義弘は仁義に厚い人物で、島津歳久と共同統治しているギリシャ北部も含めて「本物の」仁政を敷いている。
強烈な軍国主義ではあるが、例えば兵士を出せないから九割の税を課せられる農家には、養子を斡旋して「兵士を出した家」に変えて重税を防いでいる。
バルカン半島北部で発生した難民は一部が義弘統治領に逃げて来た。
(同じ島津だから、大概はこちらには来ないが)
義弘はその難民の内、屈強な者は兵士とし、その家族は集団農場で開拓生活をさせる。
集団農場の税は重いが、農器具、種、牛馬は無償貸し出しをし、女性には副業をさせた。
副業収入や、税を徴収する際に零れた穀物は彼等の物とした。
(そしてギリシャでは品種こそ違うが米が採れる為、多少の無茶は何とかなった)
何故こんな寛大な統治が可能か?
それはこの地に居る島津軍は、義弘直属の五百、三男忠恒の部隊三百と、僅か八百人しか居ない為である。
兵が少なければ負担も軽い。
兵の少なさを悩むより、義弘は神話に聞くスパルタの復活を夢見て、楽しそうにしている。
義弘は集団農場を訪れて一緒に農作業したり、子供たちの軍事訓練に飛び入り参加したりと、ギリシャ人たちに親しまれていた。
「親父にゃ困ったもんじゃ」
と政務一切を押し付けられている忠恒はボヤく。
だが、彼は父に意見出来ない。
仁義に厚いから良い人に見えるが、それは一面に過ぎず、一皮剥けば一族最強の武と、凄まじい狂気がそこに有るからだ。
この僅か八百人のスパルタ島津家を倒そうと南下した連合軍一万八千の報がもたらされた時、義弘は忠恒がゾッとするような笑顔で
「御馳走がそげん来たとか!」
と舌舐めずりしながら言った。
その晩、島津義弘はスパルタから姿を消した。
「親父殿は何処行った?」
「昨晩、出陣しよっとです」
「待て待て、兵力は残っているんじゃぞ」
「二、三十騎で出て行きもした」
「自殺でもすっ気か? あの親父は!
全軍を集めよ!
俺いたちも直ちに出陣じゃ!」
島津忠恒が父親の暴走の後始末で全軍出撃準備を始めた頃、アテナイに達してその地の略奪を始めた連合軍は、突如奇襲を受けた。
少数の騎兵による攻撃で、大軍たる連合軍は程なく態勢を立て直す。
奇襲して来た敵は既に引き揚げていた。
「あれが島津か……」
「ところでモルダヴィア公の姿が見えないが?」
「まさか……」
モルダヴィア公シュテファン3世は、五体バラバラでアテナイ城門付近に捨てられているのが、程なく見つかった。
連合軍の諸侯は知らない。
僅かな騎馬であったが、島津必殺の「穿ち抜き」を食らったのだ。
島津義弘は、少数の兵を指揮している時の方が恐ろしいのだ。
「あそこに兵庫頭様が居っとです!」
「おお、親父、抜け駆けは無かですぞ!」
「何じゃ又八郎(忠恒)、随分と物々しい出で立ちじゃの」
「戦ごわすから」
「戦!
何時始まった?」
「はあ?
親父殿がたった今、仕掛けて来たじゃごわはんか!」
「違う違う、挨拶して来ただけやっど」
……連合軍は挨拶で、指揮官1人と数百人が討ち取られていた。
島津軍は、結局忠恒が全軍出撃させた為、そのまま合戦する事にした。
連合軍と島津軍は、コリントス地峡で接触する。
「あれが島津軍……。
ワラキア公、どう戦われる?」
「自分は焦土作戦と夜襲で勝ったが、だからこそ島津軍の本当の所は知らない。
知らない以上、正攻法でいくしか無いだろう」
「だが、たったあれだけの島津軍、何か策を弄するのではないか?」
「セルビア公の心配は分かる。
小細工を許さないように、隙無く、正面からぶつかろう」
「側面や背後に回られないよう、この地峡を利用し、大軍を展開して迂回路を潰す」
「それで行こう!
策が通じないと分かれば、奴等は退く。
そこを追撃して、モルダヴィア公の仇を討とう!」
一方の島津軍ではこう語られていた。
「これは良か!
敵は自ら狭い場所に固まっておる。
包囲される事を気にせんで戦えるの!」
「どう戦うのですか?」
「決まっておる」
義弘は采配を敵軍に向ける。
「正面から踏み潰すまでよ!」
島津の策は、正面からの敵軍撃破である。
小細工等無い。
敵が前に居る以上、正面から戦うのだ!
連合軍はそれが信じられなかった。
何の策も無く、正面から戦うとは馬鹿の所業だ。
絶対、何か仕掛けて来る。
正面の敵は、その策を実行する迄の時間稼ぎだろう。
総司令官格のフニャディ・ヤーノシュが「どうも敵はただの馬鹿だ」というのに気付いた時は、大軍は八百の島津軍に相当に浸食されてしまっていた。
「セルビア公が殺されました!」
とんでもない報が届く。
奇襲(義弘曰く単なる挨拶)も含め、既に指揮官2名が失われている。
その兵力は指揮する者が無く、大軍の中で戦術行動を妨害する邪魔者と化していた。
(それにしても、この強さは異常だ)
フニャディの部隊は、何人かのサツマン人を討ち取っているが、その死に顔は揃って笑顔なのである。
見ると、片腕の無い敵兵がいる。
この戦闘で失われたのであろう、失った腕を縛っている布からは血が滴っている。
普通なら戦闘不能で後送だ。
なのに、その兵士は槍を振り回し、ケタケタ笑いながら味方の騎士の兜の隙間から目を潰し、人間の物とは思えない叫び声を鳴らして、ヤーノシュの方に近づいて来ている。
(この軍は狂気に支配されている!)
フニャディはやっと気づいた。
兵力、戦術、装備、兵站、そういった数値で算出出来るもの以外の要素で、戦闘が左右される事は有る。
島津軍とは、それが異常なのだ。
損耗が2割に達したら、指揮官は後退を命じるものだ。
部下が騎士なら、主君は封土の保護、騎士は軍役と相互の契約で成り立っている。
部下が傭兵なら、報酬を払う代わりに戦うという契約である。
契約関係で成り立っている相手を、無策に死に向かわせる事は出来ない。
だが、サツマン人はそうでは無いようだ。
むしろ、傷を負う事、死ぬ事が誇りのようだ。
死ぬ事が怖くない軍、目的の為に戦うのではなく、戦う事自体が目的である軍と戦う等、不毛の限りである。
ヨーロッパ人も、こういう狂気を纏う事は出来る。
ミサを行い、異端を殺す正義が殺人の箍を外し、完全に神の兵士となった状態である。
だが、フニャディらは数が多いが為に、そういう興奮状態に兵士たちを誘わないまま戦闘に突入してしまった。
気がついた時には、悪魔に憑依された者が挙げるような奇声を発する敵兵たちから、自らの身を守るのに必死になってしまっていた。
そんな中、ヴラド3世は狂気を纏う。
「兄上、危険です。
早く撤退しましょう」
弟のラドゥが語りかける。
「死ぬしか無いな、弟よ」
ヴラド3世は弟を刺し殺す。
驚く家臣たちにヴラド3世は叫ぶ。
「『恐怖』を克服する事が『生きる』事だ。
弟は『恐怖』に負けた。
そんな者は生きる価値無し、だ。
お前らにチャンスをやろう。
サツマン人と真正面から戦え!
逃げたなら、お前らとお前らの家族を串刺しにする。
この『小竜』ヴラドが言うのだ!!」
ワラキア兵や騎士は退けなくなった。
彼等も死を覚悟し、狂気を纏って薩摩兵に突撃して行った。
ラドゥの死体を見下ろしながら、ヴラド3世は心の中で呟く。
(お前が他国の者や、反対派の貴族と協力して俺を追い落とそうと画策していたのは知っていた。
お前の死は俺に逆らったお前が招いた事だ)
ワラキア兵の決死の突撃に、薩摩軍も思わず苦戦に陥った。
狂兵と死兵の衝突である。
こうなると、八百と少ない薩摩軍が不利である。
ワラキア公ヴラド3世が狂気を装いつつ冷静だったように、島津義弘もまた冷静である。
彼は采配をある方向に指して、怒鳴る。
「あん辺りにありったけの種子島を放て!!」
そこはセルビア兵が後退して集結している場所であった。
指揮官を失い、混乱し、やっと戦場後方で邪魔にならない形に集結出来た所に、狙ったように銃弾が飛んで来た。
当たったのは数人、しかも威力の無いヘロヘロ弾だったのだが、恐慌を起こすには十分である。
彼等は戦場から逃げ出した。
裏崩れというやつである。
後方の部隊が秩序も無く潰走したのが伝染し、トランシルヴァニア兵も崩れ始めた。
連合軍は総崩れへと移行する。
ヴラド3世も、これ以上の戦闘は無意味と判断し、撤退を命ず。
戦線を収拾している時、ヴラド3世は五十過ぎの指揮官らしき者を見る。
「銃を寄越せ」
ヴラド3世は兵から銃を奪うと、その男に向けて撃った。
「親父、危なか!」
弾がこめかみの横を掠める。
島津忠恒が青くなるが、島津義弘の肝は座っていた。
「敵将からの挨拶ばい。
ほれ、あん男じゃ」
采配で指した先にはヴラド3世が居た。
(次は殺す)
(やれるもんならやってみろ、小童めが)
視線で会話をすると、両者は兵を引き、会戦は終わった。
僅かな兵で、略奪者の大軍を撃破した島津義弘に、ギリシャ人は熱狂した。
壮年の義弘を「レオニダス」、若き忠恒を「アキレウス」に例え、崇拝する。
島津義弘を現代に甦ったレオニダス王と崇めたギリシャ人たちは、彼の希望を我が意と思い、先祖返りを早めていくのである。
(削除しました)




