皇帝家久の真骨頂
「まさか本当にやっとはな! 見直したど、又八どん!」
島津豊久が大笑いする。
「あまり笑うな、イズミールでも似たようなもんじゃろうに……」
皇帝家久の言に豊久は黙る。
「以前はそうじゃったが、今、真っ裸で居ると義母さぁがな……」
屈辱というものは、恥というものを知らねば成立しない。
「王様は裸だ!」
と言われて怒ったり恥ずかしがったりするのは、騙された事への恥、裸で出歩いた恥を感じるからなのだ。
もしも言われた王様が、怒ったり逃げたりせず堂々と
「違うよ、ここに見事な皮衣をカブっているじゃないか!
見てみろよ、これが私のお稲荷さんだ」
と誇らしげに迫って来たら、言った子供も、笑い出した民衆も青褪めるだろう。
この場合、王様の精神にダメージは無い。
しかし、国の権威や王に支配される民衆は大ダメージを負う。
「王様は裸」よりも「王様は露出狂」の方が恥を知る国民には痛くて堪らない。
最も重要な話だが、国民もまたド変態なら、童話自体が成り立たない。
「王様は裸だ!」に対し
「裸の何が恥ずかしかこつかの?」
「おい、そこん稚児どん。
おはんも照れちょらんで脱いでみぃ!」
「全てを解き放てば気持ち良かで」
なんてのは、子供の情操教育によろしく無い。
そんな国が、無かった訳ではない。
……という事で、薩摩国内では皇帝家久の評価は逆に上がっていた。
頭デッカチのヤッセンボ、口だけのケスイボかと思っていたが、怒り狂う義弘様から許して貰えるとは中々のものだ、いざという時に丸裸であの義弘様とヴラドの前に行けるとは度胸の方も中々だ、と。
こんなおかしな国はそうそう無い。
島津家嫡男としてはこれで良いが、東ローマ帝国としては「裸で謝罪した屈辱を味わった皇帝」として事後処理をする必要がある。
間違っても「全裸で恍惚として練り歩いたHK」と言われてはならない。
彼が目指す領域内の統制強化にマイナスでしか無いからだ。
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ナポリ城には、晴蓑入道島津歳久と島津忠隣が詰めていた。
歳久は皇帝家久に思うところが有るが、忠隣は皇帝の同志である。
立場は違う義父子だが、島津家の義久・義弘と家久の対立は心配していた。
故に、事の仔細を説明した皇帝からの手紙を読み、二人とも安心した。
「しかし、転んでもタダでん起きぬ、喰えぬ男よのぉ、又八奴は」
「じゃっどん、陛下の策ごわす。
俺いたちはやらねばなりもはん」
「手立ては俺いが考える。
三郎次郎は、そん通りに動け。
隠居が目立ってはならんでな」
ナポリ大司教イグナトゥスの名前で、ローマ教皇庁に手紙が届く。
亡命しているビザンツ帝国パレオロゴス朝最後の皇帝コンスタンティノス11世の甥・アンドレアスを帰国させて欲しい。
先日のトゥルゴヴィシュテ城での屈辱的な謝罪で皇帝家久は恥じ入るばかりで、皇帝の権威は落ち、統治がままならない。
そこでアンドレアスを共同統治する副帝とし、正帝である家久を助けて欲しい」
といった内容である。
昨年は軍を率いてローマに迫った東ローマ皇帝の厚かましい頼みだったが、意外に教皇周辺は
「サツマンの支配に楔を打ち込む意味でも、アンドレアス公を帰国させるべきです」
との声が多い。
かつて薩摩軍の捕虜となった教皇軍司令官アマルフィ公を通じ、ナポリ公島津忠隣は教皇庁の要人に知己を作っていた。
彼等も無償で動く訳では無いから、多額の銀が彼等の懐に収められている。
歳久の考えで「利用するのではなく、共犯者に巻き込む」のが、恨みを作らずに後々まで縁を繋げられる為、皇帝家久の策は全て話した。
そして、陰謀が発覚したら激怒するであろう教皇パウルス2世を宥める寄進の地も用意した。
かくしてアンドレアス公はコンスタンティノープルに帰国する。
かつての廷臣たちのほぼ全てが、彼を出迎えに駆け付けた。
「皆の者、不甲斐ない伯父上や身内の争いの為に、蛮族がこの高貴なるローマを支配する羽目になり、申し訳ないと思う。
だが、私が帰国したからには、いずれはあの蛮族を組み敷き、ローマ人が治めるローマに戻してみせよう」
(※この時代のローマ人はギリシャ人の事)
この年14歳ながら堂々たるものだ。
貴族たちは言う
「サツマンの皇帝は、今は窮していますが、恐ろしい軍事力を持っています。
迂闊な事をすれば生命を失う事になりますぞ」
「それにサツマンは伯父君、先帝陛下を擁しています。
先帝を奪還してからでないと、我々は動けません」
それに対しアンドレアスは笑って言った。
「伯父上などどうでも良いではないか。
このローマを蛮族に渡した愚か者だろう」
アンドレアスには策が有った。
サツマンを疲弊させ、転移して来た狭い地に引き籠らせる策が。
彼はその為に帰って来たのだ。
「おお、アンドレアス公よ、よく帰国してくいやった。
あいがとごわす」
「いえ、陛下に置かれましては、よく伯父を補佐し、伯父が病で倒れた後はローマを纏めてくれた事に感謝しなければなりません。
私等が副帝となり、何の役に立ちましょうか?」
狐と狸の化かし合いの始まりである。
「カルタゴの伊集院家との戦争を収めて欲しい」
「私等がお手伝いせずとも、『死の化身』の異名を持つ陛下なら、容易く倒せましょう」
「俺いは敵に膝を屈した。
こいでは兵は俺いを見限って動いてくれん。
かと言って和睦に持ち込もうにも、俺いは一度騙し討ちをしてしもて、信用されなかじゃ」
(聞いていた通りだな)
アンドレアスはローマに居た時、既に皇帝家久の望む物を知っていた。
奴は強力な蛮族軍を率いている癖に、戦いを好まない。
策を持って解決しようとする。
一方で蛮族には何人かの酋長がいて、それらは必ずしも皇帝の命令に従わない。
先日も言う事を聞かず、離反した部族を懐柔する為に、皇帝ともあろう者が全裸土下座をした。
対立する同じサツマン人の伊集院族に対しても、皇帝は策を仕掛けてくるだろう。
アンドレアスはサツマン人の内紛を収める気等無い。
お互い殺し合い、数を減らせば良いと考えている。
それには伊集院族の乱を長引かせねばならない。
その為に皇帝家久には退場願おう。
皇帝家久は、交渉の席で暗殺を図るだろう。
だから、先んじて皇帝を殺す。
伊集院族の族長・忠真には既に話をつけてある。
交渉の席で皇帝を暗殺しよう、と。
伊集院族がサツマン族の皇帝を殺したら、サツマン族の他部族は収まるまい。
これでサツマン族を泥沼の内紛に持ち込める。
皇帝暗殺と同時に、宮殿や兄コンスタンティノス11世が治療を受けている病院を襲撃し、コンスタンティノープルを取り戻してからソマスが単独皇帝となる。
アンドレアスはこのお膳立てを万事整えてから帰国したのだ。
あとは交渉するフリをして、皇帝を和睦の席である北アフリカに連れ出しアンドレアスと伊集院忠真と、仲介人のマムルーク朝スルタンとハフス朝の王の4人掛かりで暗殺するのだ。
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数ヶ月、交渉の演技をしてからアンドレアスは
「正帝、伊集院家が和睦に応じました」
と報告する。
彼は呼び出されての講和は、島津忠辰・肝付兼三のような暗殺の可能性があるから、自分の本拠地で会議をしたい、立会人としてマムルーク朝スルタンとハフス朝国王の同席を要求した。
皇帝は北アフリカに行く事を好まず、何とかヨーロッパか、せめて地中海の島での会談を求め、再交渉を求める。
アンドレアスは再交渉のフリをして、また数ヶ月後
「もう私では無理です。
辞任させて下さい」
と泣いてみせる。
「俺いの方こそ無理バ言ってすまなんだ。
おはんの尽力に報いっ為にも、俺いの方から出向こう」
その皇帝の言葉を聞いて、アンドレアスは内心
(勝った! 計算通り!)
とニヤつきが止まらなかった。
そして国内の同志に蜂起の日程を伝え、皇帝と共に北アフリカに向かう。
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「武器はこちらで預かりもす」
警備兵の言葉に、皇帝家久は太刀、脇差を差し出す。
「こいも武器ごわす」
鉄扇を指摘され、かなり不機嫌な顔になる皇帝。
(なにあの鈍器?
いつもパタパタ仰いでた物、近くで見たらあんなだったの?)
武よりも知に見えても、サツマン人はサツマン人だとアンドレアスは気を引き締めた。
「そん桐箱は何ごわす?」
「伊集院殿への贈り物じゃ」
「中を改めて良かごわすか?」
「無礼者!!」
皇帝家久が一喝する。
「こいは島津家累代の家宝じゃ。
おはん如き足軽が目にして良か物じゃなか!
仮にも島津分家の伊集院殿で無ければ見る事相成らん!」
警備兵は威圧に屈し平伏して、そのまま通した。
(あの長いの何だ?
だが、厳重に封印してあるし、問題無いだろう)
本人は懐の短刀を見逃して貰ったアンドレアスは長い箱を見てそう感じた。
会議は予定調和で終わる。
島津家久と伊集院忠真が向かい合い、間にアンドレアスが入り、立会人として二人のイスラム君主が立っている。
伊集院家の独立を認める、伊集院忠棟暗殺を謝罪する、賠償金を支払う、代わりに島津家の宗主権を認める、というものである。
そして、いざ署名の段で、皇帝家久は伊集院忠真に話しかける。
「右衛門大夫殿(忠真)は、頼朝公の太刀をご存知か?」
「無論」
島津氏は、近衛家末裔を唱えると共に、初代の島津忠久は源頼朝の隠し子だったと称す。
その証拠として、頼朝公から授かったとされる大太刀がある。
門外不出の品であり、宗家の者しか見た事が無い。
かつて亀寿姫が父の義久に、見たいと頼んだ時、三日間の斎戒を命じられた。
そのような品である。
「和睦の証として、そいを右衛門大夫殿にお譲りしもんそ」
伊集院忠真は浮足立った。
ヨーロッパ人の価値観を薩摩人が分からないように、日本の価値観もヨーロッパ人は分からない。
これは一国にも匹敵する、家督の証なのだ。
忠真が中を見ようと桐箱に向かう。
通訳越しに話を聞いていたアンドレアスが、中は刀であると理解した時は遅かった。
「危ない!」
とアンドレアスがギリシャ語で言っても、忠真は意味が分からず、ただ振り返っただけだ。
目を離した隙に、家久が家伝の太刀を抜く。
「お〜っと、手が滑ったァァァァッ!!」
と叫びながら、家久は得意のタイ捨流で伊集院忠真を袈裟懸けに真っ二つに斬り落とした。
貴族暮らしのアンドレアスは、人間がこんな風に斜めに両断されるのを初めて見て、腰を抜かして座り込む。
そんな彼の首筋に、冷たいものが触る。
ハフス朝国王ウスマーンとマムルーク朝スルタン・ザーヒル・フシュカダムが、皇帝家久を殺す筈の短刀を自分に突き付けている。
外からも戦闘というか、奇襲を受けた伊集院家兵士の断末魔の悲鳴が聞こえる。
「アンドレアス……俺いがこの数ヶ月、何もしちょらんと思ったか?
おはんが帝都で芝居しちゅう頃、俺いはマムルークのザーヒル・フシュカダム殿やハフス朝のウスマーン殿に贈り物をしちょった。
……一向宗という宗教は、キリスト教、イスラム教と同じように神への全面帰依と来世での救済を説いちょるでん、教えが広まれば国と信仰が乗っ取られるかもしれないという情報をな。
日ノ本で門徒一揆っちゅう良か例が有った事だしな」
薩摩弁からギリシャ語に翻訳されている間、アンドレアスより先に理解した者がいた。
「こん卑怯もん。
教えを武器にすっとは……。
仏罰が当たんで……」
左肩から右脇腹に掛けて真っ二つにされた伊集院忠真の頭が付いている側が、そう呪いの言葉を吐いて、今度こそ事切れた。
「一向宗が教えを武器にすんなとは、よく言えたの」
嘲笑う家久。
(え? あんな状況でまだ生きてたの?)
アンドレアスは、蛮人を操ろうとしたが、相手は蛮人どころか不死の類だったと知った。
何故ローマ教皇庁で「異形」と呼んでいたか、ようやく理解出来た。
彼は触ってはいけない化け物の揉め事に首を突っ込んでいたのだ。
だがアンドレアスは諦めない。
「今頃コンスタンティノープルでは反乱が起きているだろう。
どの道サツマンの支配は終わる」
それを聞いた皇帝家久は憐むように笑う。
「おはん、駆けつけた貴族どもが本当に自分の味方じゃと思っちょったか。
さっきまでの話で、まだ信じちょるんか……」
「まさか?」
「三割は既に薩摩派じゃ。
四割は先帝派じゃが、おはん、先帝を殺すチ謀ったな。
あいで先帝派の四割の他に、おはんに味方しようと思った三割の中の半分が寝返り、残り一割は様子見に転じたわい。
おはんの味方なぞ、ほんの僅かしかおらん。
言ったじゃろ、俺いが何もしとらんと思っちょったか?」
アンドレアスはついに真っ青になった。
そんなアンドレアスを頼朝公伝大太刀で真っ二つにし、家久は
「そん表情が見たかった」
と笑った。
おまけ:
スコットランドからイングランドに渡った東郷重位は、たまに
「Chestoooohhhhhh」
と故郷の言葉に近い叫び声を挙げながら、タイ捨流っぽい挙動で襲い掛かって来るガラの悪い奴らに喧嘩を売られ、棒で返り討ちにしていた。
内戦中のイングランドを抜け、フランドルに戻る。
しばらくブルゴーニュ公に厄介になり、シャルル公子に再度剣術を指南した。
シャルルは騎士たちも誘い、此方にもブルゴーニュ示現流と言われる武闘集団が出来る事になる。
「この技なら、あのトヨヒサにも勝てる!」
シャルルが毎日猿叫を上げながら立木打ちをしまくる為、騒がしくて使用人たちが苦情を挙げる。
老いたブルゴーニュ公フィリップは、適当な餌を与えればシャルルも落ち着くだろうと、ある任務をシャルルに与えた。
我が領内に人狼が出るようだ、調査して来い。
シャルルと東郷、十騎程の騎士がフランドルからブルゴーニュに旅する。
嘘から出た真実だった。
ブルゴーニュ公国領最南部のマコンで噂を聞くと、フランス王国領ジェヴォーダンに謎の獣が出たと言う。
まだ大きな話題にはなっていないが、マルジェリド山地において何人もの人間が化け物に襲われ、喰われていると言う。
生き残りの報告では巨大な人狼だという。
金色の目と赤い毛、立ち上がって鋭い爪を振るう。
「銀の弾丸が必要ですね」
という騎士にシャルルは
「不要!
この剣で斬れぬものは無いと信じよ!
疑うな。
恐れは剣の乱れになる」
そう答え、東郷も肯く。
怯える者は置いて、シャルルと東郷と従士2人ばかりで森に入る。
しばらくして
「師よ、感じましたか?」
シャルルの問いに、東郷は黙って肯き、鯉口を切る。
果たして奴は襲って来た。
異様な大きさに、従士は腰砕けになる。
だが、
「デカいだけで狼ですな」
「じゃっど」
師弟は落ち着いている。
襲い掛かる狼に、シャルルの方から突進し、奇声を挙げながら一太刀で狼の首を刎ねる。
狼の首の方は、速過ぎる斬撃に自分が殺された事に気付かず、地に墜ちてからしばらく牙をガチガチ鳴らしていたが、やがて息絶えた。
「トーゴー殿、あそこに子供がいます。
今の狼の子でしょう」
見ると、銃で狙っている。
「やめい。
既に親を殺した。
子は生かしてやい。
彼奴がデカくなり、また人を喰うようになったら、そん時また来れば良か。
今の今、子も殺すは過分ぞ」
こうして人狼スレイヤー・シャルルの名は、もう一つの仇名に先駆けてフランス、ブルゴーニュに広まる事になる。
そうして、気を良くしたシャルルの毎日の立木打ちの騒音に、ブルゴーニュ公フィリップが悩まされる日々が続くのであった。




