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第22話 レアなメダル

 政府による『精密攻撃』に関する記者会見から、数日後。


 世間がその情報の『危険性』と『管理』の是非について喧々囂々(けんけんごうごう)の議論を繰り広げる中。


 『白仮面』は、まるで何も変わらなかったかのように、淡々と生配信を続けていた。


『【メダル確定ドロップ】隠しボス討伐 RTA 42回目』


 相変わらずの人間離れした速度でダンジョンを駆け抜け、ゲートスポットを発見し、隠しボスを召喚。


 そして、神がかった剣技――今や世界中の研究者が『精密攻撃』と呼ぶそれ――でボスを解体し、確実にゲートメダルをドロップさせる。


 そのサイクルは、もはや洗練された『作業』の域に達していた。


 コメント欄は、彼の技術への賞賛と、未だ解明されない謎への憶測で常に溢れている。


>>今日のノルマ達成早すぎwww

>>42体目おつ!

>>本当に毎回メダル落とすな……どうなってんだ?

>>政府が『精神的負荷』がヤバいって言ってたけど、EXランク様、全然平気そうじゃん。

>>なあ白仮面、ぶっちゃけどうなんだよ!? その『代償』って! 人格変わるってマジ?


「んー? 代償ねぇ……」


 白仮面は、召喚したばかりのスライムキングの攻撃を、面倒くさそうにいなしながら、コメントを拾った。


 その声色は、どこまでも飄々としている。


「まあ、関係あるかないかで言えば、無関係ではない、とだけ言っておこうか。性格が悪い奴じゃないと、やってられない『作業』ではあるかもしれん。お前らも、毎日満員電車に乗ってたら、多少は性格も歪むだろ? それと同じだよ、多分」


>>例えが酷すぎるwww

>>満員電車と同レベルなのか……?

>>いや絶対違うだろ!

>>はぐらかすなー!

>>政府の研究機関に所属するのか?


「『政府の研究機関に所属するのか?』……はっ、冗談だろ。俺が、あんな官僚主義の巣窟で、飼い殺しにされるとでも? それこそ『人格変容』しちまう。俺は俺のやりたいようにやるだけだ。……まあ、その『やりたいこと』の一つが、国によって『原則禁止』にされたわけだが」


 わざとらしく、やれやれと肩をすくめてみせる。政府への不信感を隠そうともしない。


 その、まさに彼が政府への不満を漏らしたタイミングだった。

 他のコメントとは明らかに違う、金色の装飾が施されたコメントが、配信画面に静かに表示された。


>>【氷室凍華】 あなた、政府の誰かを煽った? 政府は、精密攻撃に精神的負荷が発生するのが事実だとして、精密攻撃の禁止ではなく、隠しボスの手動出現の禁止を出してきた。あなたへの当てつけを感じるけど?


 一瞬にして、コメント欄の空気が変わる。


>>!?!?!?

>>凍華様!!!!

>>また来たあああああああああああああああ!!

>>うおおおおおおお!!!

>>Sランク様、ごきげんよう!


 白仮面は、スライムキングの攻撃をいなす手を止め、数秒間、完全に沈黙した。  そして、ゆっくりと口を開く。


 その声は、明らかに凍華に向けて発せられていた。


「……煽った、ね。さて、どうだろうな。俺はただ、『事実』を突きつけただけなんだが。それを『煽り』と受け取る人間がいたとしても、それは俺の責任じゃない」


>>【氷室凍華】 隠しボスの出現自体は、精密攻撃がなくても、ゲートスポットとメダルと魔力があれば可能。しかし政府は、精密攻撃ではなく、出現そのものを規制した。これは、技術管理というより、特定の個人への政治的圧力。そう見るのが自然でしょうね。


 凍華の的確すぎる分析に、コメント欄が「そういうことか!」「汚いぞ政府!」と沸騰する。

 白仮面は、仮面の下で小さく息を吐いた。


(……やはり、この女は別格か。俺と宍道のやり取りを見ていたかのように正確に状況を読み解きやがる)


 彼は、凍華とのこれ以上の問答は避けたいと判断したのか、あるいは別の考えが浮かんだのか、目の前のスライムキングへと意識を戻した。


 まぁ内心、凍華のことをクソババアだと思ってはいるが。


「……まあ、国のやることに文句を言っても仕方ない。俺は俺のやるべきことをやるだけだ」


 そう言うと、彼はこれまで以上に精密な動きで、スライムキングの『品質点』を的確に突き、解体していく。


 数分後、巨大なスライムは静かに溶解し、塵となった。


「――討伐完了。さて、今日のドロップは……ん?」


 白仮面は、ボスが消えた場所に歩み寄り、アイテムを拾い上げようとして、わずかに眉をひそめた。


 最高品質の魔石。それはいつも通り。


 だが、その隣に転がっていたメダルは、彼が見慣れた銀色ではなかった。

 鈍い銀の輝きではなく、明らかに『金色』をしていたのだ。


>>お?

>>メダル、なんか色違くね?

>>金……? Gメダルって銀色じゃなかったか?

>>レアキターーー!?

>>【ゲーセンプロ】おいおいマジかよ! 金メダルなんて都市伝説レベルだぞ!


 白仮面は、その金色のメダルを拾い上げ、カメラの前にかざす。


 刻まれた紋様は、芽吹く双葉のような、シンプルなマーク。


「……タグは、『薬草園』、か」


 聞いたことのないタグだ。コメント欄も「知らない」「初出?」と騒いでいる。


(金色のメダル……品質点を突いても、レアリティまでは操作できないはず。これは、単なる運か? それとも……)


 白仮面の仮面の下で、口角がゆっくりと吊り上がっていくのが分かった。


 それは、いつもの皮肉な笑みとは違う、もっと純粋な好奇心と、悪戯心に満ちた笑みだった。


「……面白い」


 彼は、懐から適当な銀色のGメダルを二枚取り出すと、金色の『薬草園』メダルと合わせて、視聴者に見せつける。


「おいお前ら、よく見てろ。政府は『隠しボスの手動出現』を禁止した。だがな……これから俺がやることは、その禁止事項に抵触するかどうか。お前らの目で、しっかり判断してくれ」


 彼は、近くにあった『ゲートスポット』へと歩み寄る。


 そして、三枚のメダルを握り、壁に手を触れ、膨大な魔力を叩きつけた。


 再び、空間が歪み、『扉』が出現する。

 しかし、その輝きは、禍々しいものではなく、どこか穏やかで、温かい光を放っていた。


>>またやったぞこいつ!

>>おい、禁止だって言われたばっかだろ!

>>懲りないやつだなwww

>>でも、なんか光の色、違くね?


 白仮面は、ためらうことなく扉をくぐった。


 そして、その先に広がっていたのは――


 ボスモンスターの姿は、どこにもなかった。


 そこは、一辺が5メートルほどの、立方体の部屋。壁も床も柔らかな土で覆われ、天井からは温かい光が降り注いでいる。


 空間を満たすのは、色とりどりの瑞々しい薬草と、清浄な香り。


>>……は?

>>ボスは?

>>薬草……? めっちゃ生えてる……

>>なんだここ? 天国か?

>>【錬金術師】おい! あの右奥! 『月光草』だぞ! しかも超高品質!


 コメント欄が、別の種類の興奮に包まれる。


 白仮面は、部屋の中央に立ち、状況を完璧に理解していた。


(……なるほど。そういうことか。メダルにはランクがあった。銀のノーマルと、金のレア。そして、金のメダルは、『隠しボス』ではなく、こういう特殊な『ゲートエリア』に繋がる鍵)


 彼は、ゆっくりと配信カメラに向き直ると、仮面の下で、これ以上ないほど楽しそうな、悪党のような笑みを浮かべた。


「なあ、お前ら。政府の発表は、『隠しボスの手動出現』の禁止、だよな?」


 彼は、部屋いっぱいの薬草を、芝居がかった仕草で指し示す。


「見ての通り、ここにはボスはいない。ただの、ちょっと珍しい薬草が採れるだけの、安全な『部屋』だ」


 彼は、わざとらしく首を傾げてみせる。その声は、隠しきれない愉悦に震えていた。


「これを出現させることが、果たして『禁止事項』に当たるのかどうか……どう思う?」


 それは、問いかけではなかった。

 国家が定めたルールの、完璧な抜け穴を見つけ出したことの宣言。


 そして、その抜け穴を使って、これから自分は好き勝手させてもらう、という宣戦布告だった。


>>うわあああああああああ

>>性格悪ぃぃぃぃぃぃぃ!!!

>>最高!!!!!!!!!!!

>>これはセーフ!!!www

>>法の番人、EXランク様!

>>役人、顔真っ青だろwww


 コメント欄が、彼の悪辣な(しかし、あまりにも魅力的な)笑顔に、熱狂の渦へと叩き込まれていた。

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