星の雫②
◆
俺は完成した「星の雫」をうっとりと眺めていた。
そう、俺はこの石に星の雫と名付けた。
我ながら完璧なネーミングセンスと言える。
深い闇の中に、星々の煌めきが凝縮されているかのようだ。
これこそが俺の愛。
母上への、純粋で、どこまでも深い愛の結晶なのだ。
胸の傷口は既に塞がり、新たな心臓が鼓動を始めている。
まあ、そんなことはどうでもいい。
問題はこの至高の宝石をどう加工するかだ。
「フェリ」
俺が呼ぶと、音もなく背後にフェリが現れた。
「はい、若様」
「これを指輪に加工する。道具を用意しろ。最高級のものをだ」
俺は振り返らずに命じる。
フェリは一瞬、俺の手の中にある黒い宝石に目を留めたが、すぐに恭しく頭を下げた。
「かしこまりました。ですが若様、宝飾品の加工は専門の職人に任せた方が……」
「黙れ」
俺はフェリの言葉を遮った。
「母上への贈り物を、どこの馬の骨とも知れぬ劣等の手に委ねられるか。俺が、この俺の手で作り上げるのだ。そこにこそ価値がある」
「……は。承知いたしました」
フェリは静かに退室していった。
すぐに必要な道具一式が運び込まれるだろう。
俺は再び「星の雫」に視線を落とした。
指輪……そうだ、指輪が良い。
母上の白魚のような指に、この漆黒の輝きが添えられる光景を想像するだけで、俺の新たな心臓が高鳴る。
薬指だ。
左手の薬指。
そこに俺の愛の証を嵌めるのだ。
◆
数日後。
俺の部屋はさながら高名な宝飾職人の工房と化していた。
机の上には様々な工具と、加工途中の金属片が散らばっている。
だが、俺が主に使っているのは己の魔力だ。
指先に集中させた魔力で金属を自在に溶かし、引き伸ばし、望む形へと変えていく。
素材は魔銀と灼金の合金。
加工は困難を極める。
並の職人では傷一つつけられまい。
しかし俺にとっては粘土細工のようなものだ。
問題はデザインだった。
シンプルでありながら、母上の気品を損なわず、かつ俺の愛を最大限に表現できるデザイン。
試行錯誤を繰り返し、ようやく一つの形に辿り着いた。
二匹の竜が絡み合い、その口で「星の雫」を掲げる意匠。
竜は俺と母上を象徴している。
離れることなく、永遠に絡み合い、共に愛の結晶を守り続けるのだ。
完璧だ。
我ながら天才的な発想と言わざるを得ない。
「よし、完成だ」
最後の仕上げに、俺は指輪に微細な魔術刻印を施した。
防御、浄化、精神安定、魅力向上……考えつく限りの有益な魔術を詰め込めるだけ詰め込んだ。
母上が少しでも快適に、そして安全に過ごせるように。
俺の愛は、時に物理的な守りともなるのだ。
完成した指輪は、禍々しいほどの存在感を放っていた。
漆黒の宝石は周囲の光を呑み込み、双竜の意匠は今にも動き出しそうなほどの生命力を感じさせる。
指輪全体から、オーラのようなものがゆらゆらと立ち上っていた。
「美しい……」
俺は恍惚と呟いた。
これぞまさに、母上にふさわしい至高の逸品。
早く母の日に……いや、もう待てん!
今すぐ渡そう!
今日を母の日にすれば良いのだ!
俺は完成した指輪をビロードの小箱に収め、意気揚々と母上の部屋へと向かった。
◆
「母上、入ります!」
俺はノックもそこそこに、母上の私室の扉を開けた。
母上は窓辺の椅子に座り、書物を読んでいらっしゃった。
「まあ、ハイン。どうしたの、そんなに慌てて」
母上は驚いたように顔を上げたが、すぐに優しい笑みを浮かべる。
俺はその笑顔に一瞬見惚れながらも、ずんずんと母上の前まで進み出た。
そして、恭しく片膝をつく。
「母上。本日は、母上に捧げたいものがございます」
俺は芝居がかった仕草で、ビロードの小箱を母上に差し出した。
母上はきょとんとした顔で、俺と小箱を交互に見ている。
「まあ、プレゼントかしら?でも、今日は何の日でもないわよ?」
「今日が母の日です」
俺は断言した。
「……そうなの?」
母上は首を傾げているが、まあ良い。
俺がそう決めたのだ。
母上は戸惑いながらも、小箱を受け取ってくださった。
そして、ゆっくりと蓋を開ける。
その瞬間。
ぶわり、と部屋の中に黒いオーラが満ち満ちた。
窓の外でカラスが一斉に鳴き、空がにわかに曇り始める。
母上の読んでいた書物がひとりでにパラパラとめくれ、部屋の燭台の火が青白く揺らめいた。
「……まあ」
母上が小さく息を呑む。
その表情は──若干、引きつっているように見えなくもない。
「母上。これは俺が、母上への愛を込めて作り上げた指輪です。どうかお受け取りください」
俺は胸を張って言った。
母上はしばらく指輪を凝視していたが、やがて顔を上げた。
その顔には、困惑と、恐怖と、そしてほんの少しの喜びが混じったような、複雑な表情が浮かんでいる。
「ハイン……これは、その……とても、個性的、ね……」
「はい!俺の愛の重さを表現してみました!」
母上は指輪をそっとつまみ上げた。
ずしり、とした重みに、母上の華奢な手がわずかに震える。
「まあ、重いのね……」
「愛とは時に重いものなのです、母上」
俺はそう答えた。
「そう……そうなのね……。ありがとう、ハイン。とても嬉しいわ」
母上はそう言って、指輪を右手の薬指にはめようとした。
その時だ。
指輪が母上の指に触れた瞬間、ぎゅるん!と双竜の意匠が自ら動き出し、母上の左手の指に絡みついたのだ。
「ひゃっ!?」
母上が素っ頓狂な声を上げる。
指輪はまるで生き物のように、母上の指のサイズに合わせてぴったりとフィットし、そして二度と外れそうにないほど固く締まった。
「母上!お似合いです!」
俺は感動に打ち震えた。
やはり俺の思った通りだ。
母上と俺は一心同体。
俺の愛の結晶が、母上を拒むはずがない。
「え、ええ……そう、かしら……。でも、なんだか指が痺れるような……」
母上の指先から、黒い稲妻のようなものがパチパチと迸っている。
「それは母上の魔力と俺の魔力が共鳴しているのです!素晴らしい!」
「それに、なんだか力がみなぎってくるような……あら?あらら?」
母上が指輪をはめた手をかざすと、部屋に置いてあった花瓶や本棚がふわりと宙に浮き始めた。
「おお!俺が付与した魔術の効果です!母上の力がさらに増幅されているのですよ!」
俺は興奮のあまり立ち上がった。
母上は浮遊する家具に囲まれながら、完全に固まっている。
「ハイン……これ、外れないのかしら……」
「外れません!母上と僕は、永遠に一緒なのですから!」
俺が満面の笑みでそう宣言すると、母上は遠い目をして「そう……」とだけ呟いた。
感無量といったところか?
母上は喜んでくださっているに違いない。
少し困惑されているようだが、それは感動のあまり言葉を失っているからだろう。
俺は満足感に浸りながら、黒い指輪をはめたまま固まっている母上をうっとりと見つめるのだった。
これぞ最高の親孝行であろう。




