不死王は復活しました②
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ユグドラの大森林各所。
人形たちが森の闇に溶け込むように移動していた。
『モリノ、オクカラ、クサイニオイ』
一体の人形が虚空に向かって呟く。
『デモ、ホシハ、キレイニ、ミエル』
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カリステ公爵邸、執務室。
薄暗い部屋で人形たちが次々と動き始めた。
『ふふ、不死王が出てきたんだって』
少年の人形が楽しそうに笑う。
『人間たちの顔、見てみたいなぁ』
軍服の人形が大仰に腕を組んだ。
『ふん! まったく情けない連中だ! 少しばかりの死霊に怯えおって!』
老女の人形がカタカタと笑う。
『しかたあるまい。命に限りがあるのだから死を恐れるのも無理はない』
妙齢の女人形が優雅に扇を広げた。
『でも短い命だからこそ美しく輝く──』
少女の人形が飛び跳ねた。
『ねぇ、あの女に教えてあげようよ! ほっといたらみんな死んじゃうよってさ!』
◆
帝都ガイネスフリード、宰相執務室。
ジギタリスは報告書を読み終えると、深い溜息をついた。
「不死王ファビアン……」
彼女の表情は厳しい。
ここ数週間、帝国は東部で旧魔王軍の執拗な襲撃を受けていた。
竜種による空襲、地上部隊への奇襲。
被害は軽微とはいえ、帝国軍の一部を東部防衛に釘付けにされている。
そこへ西からの新たな脅威。
最悪のタイミングだった。
「このままではユグドラ公国が陥落する」
ジギタリスは素早く計算する。
ユグドラが落ちれば、次は帝国西部が脅威に晒される。
カリステ公爵領も危険に陥るだろう。
彼女は即座に侍従を呼んだ。
「第三軍団と第五軍団に出撃準備を」
第三軍団は帝国でも屈指の機動部隊だった。
総数こそ三千に満たないが、その半数が竜騎兵で構成されている。
ワイバーンに跨る精鋭たちは、通常の騎兵の三倍の速度で移動可能だ。
第五軍団も軽装備の歩兵を中心とした速攻部隊である。
「は、はい!」
侍従が慌ただしく退室する。
ジギタリスは地図を睨みつけた。
「問題は時間……どんなに急いでも五日」
彼女は羽ペンを取り、カリステ公爵への指令書を書く。
『援軍到着まで、何としても持ちこたえよ』
『貴方の人形部隊には、ユグドラ軍への協力を命じる』
『事態は深刻。場合によっては貴方自身の出陣も検討せよ』
「これをカリステ公爵へ、最速で」
鳥が飛び立つのを見送りながら、ジギタリスは呟いた。
「間に合ってくれればいいけれど」
◆
カリステ公爵邸。
ジギタリスからの返書が届くと、人形たちの雰囲気が変わった。
『あらら、あの女も焦ってるみたい』
少年の人形が首を傾げる。
軍服の人形が憤慨した。
『五日だと!? なんという鈍足! 昔なら三日で着いたものを! 大戦の教訓を忘れたか!』
『まあまあ』
女人形がなだめる。
『人間の足ですもの。仕方ないですわ』
銀髪の人形が告げる。
『指令は明確です。ユグドラ軍への協力』
『アンデッドが押し寄せて、領内が汚れてしまってはこまります』
老女の人形が不気味に笑う。
少女の人形が手を叩いた。
『じゃあ遊びに行こう! 人間観察!』
森の人形たちへ、新たな指令が伝達された。
◆
翌朝、ユグドラ公国。
ウェブスターは王宮で国軍幹部たちと最終確認を行っていた。
「では、正午に出撃ということで」
国軍元帥バルガスが頷く。
「うむ。全軍の八割を動員する」
そこへ伝令が飛び込んできた。
国軍が展開している斥候だ。
動いているのは冒険者ギルドだけではない。
「報告します! 森で奇妙な集団を確認!」
「奇妙な?」
「接触した者たちは──その者たちは"人形"を名乗ったとの事です」
ウェブスターの脳裏に一つの名が浮かんだ。
カリステ公爵イドラ・イラ・カリステ。
「恐らくガイネス帝国からの援軍だ。カリステ公爵が動いたのだろう」
ウェブスターの言葉に納得したようにうなずくバルガス。
「随分とはやいな。しかし助かる──」
「申し上げます!」
バルガスの言葉を遮るように伝令が叫んだ。
「何だというのだ」
バルガスが不機嫌そうに問い返す。
しかし──。
「申し上げます!」
「申し上げます!」
「申し上げます!」
「申し上げます!」
同じ言葉を繰り返す伝令。
ウェブスターがバルガスを背にして、剣の柄に手を当てる。
次の瞬間、伝令の頭部が不自然にぐるりと回転した。
百八十度、そしてさらに九十度。
ぎりぎりと骨が軋む音が室内に響く。
周囲の騎士たちが一斉に剣を抜いた。
「化け物め!」
一人が叫ぶ。
だが伝令──いや、人形は平然とした様子で首を元の位置に戻した。
まるで蝶番を調整するかのように、かくんかくんと。
その光景は見る者に強烈な不快感を与えた。
「失礼いたしました、ウフフ、同期が上手くいかず少々恥ずかしい所をお見せしました」
人形が流暢な言葉で話し始めた。
「私はイドラ・イラ・カリステ公爵の使いの者です」
恭しく一礼する。
その動作は完璧だったが、どこか人間離れしていた。
「不死王ファビアンの復活にあたり、我が主は貴国との連携を提案しております」
人形は穏やかに、しかし感情のない声で続けた。
「我々は既に十五体を森に展開済み。貴軍の作戦行動を支援する用意があります。我々人形は人間を凌駕する身体能力を持ちますが、活動限界がないではありません。既にアンデッドとの交戦をした個体には、戦闘継続が不可能となっている個体もおります。ぜひ連携して行動できればと」
ウェブスターが一歩前に出た。
「ありがたい話だ。カリステ公の“人形兵団”の力はユグドラにも届いている。喜んで協力を受け入れよう」
「人間にしては賢明なご判断です」
人形は再び頭を下げた。
「なお、我々人形は少々……特殊な存在です。兵士の皆様が困惑なさらぬよう、事前にお伝えください」
そう言い残すと人形は踵を返して去っていった。
人形の背が見えなくなるとバルガスは溜息をつき──
「全軍に通達。人形との交戦は厳禁。彼らは味方だ」
と指示を出した。
◆
正午前、ギルド大ホール。
集まった冒険者たちでホールは熱気に包まれていた。
ウェブスターが壇上に立つ。
「諸君、我々はこれより不死王討伐に向かう」
静寂が広がる。
「生きて帰れる保証はない。それでも行く者はいるか! この国を守るために身を投じる勇者はいるか!」
次の瞬間、轟然たる声が上がった。
「俺たちが行く!」
「ユグドラを守るぞ!」
多くの冒険者が立ち上がる。
だが同時に、ウェブスターは扉へ向かう者たちも見ていた。
逃げ出す者たち。
「おい、臆病者!」
誰かが罵声を浴びせる。
だがウェブスターは静かに手を上げた。
「止めるな」
ホールが静まる。
「去る者は去らせよ。無理強いはしない」
彼の声は穏やかだった。
「恐怖を克服できぬ者を連れて行っても、皆の足を引っ張るだけだ」
逃げ出す者たちが、扉の向こうへ消えていく。
ウェブスターは残った者たちを見渡した。
「では、出撃だ」
歓声が上がる。
だがウェブスターの気分は重い。
──援軍はある。だがそもそも勝てるのか。あの不死王に……
もちろん口には出したりはしないが、そんな暗い想いがあった。
◆◆◆
なお、その頃のハインは──
「よくよく考えてみたが、夜の雫は使わない事にした」
夜半、フェリを自室に呼んでそう告げる。
「やはり質が悪かったのでしょうか」
フェリの言葉に、ハインは首を振った。
「心を込めた贈り物が一番良い──とある者から、その様な知見を得た。俺も最もな事だと思う。まあそれならば希少価値が高い物に心を籠めればいいとおもうのだが──」
夜の雫を見つめるハイン。
「どうにもコレには雑念が混じっているようだ」
フェリも見てみると、確かに何か怨念のようなものを感じなくもない。
「これでは母上にふさわしくない──というより、俺が籠めた心が汚れてしまわないか?」
「ごもっともでございます、若様」
「だがもう母の日まで時間がない。一週間あるかないかだろう。だから俺は考えた──」
ハインは親指を立て、自身の胸へと指す。
「俺自身を使って夜の雫にも似た宝石を作れないか、と。考えた結果、答えはでた。原理上は可能だ。かなり無茶な方法だ──痛むだろうし、苦しいだろう。しかし問題はない。愛は時に痛みを伴うものだからだ。だがそれには道具がいる。フェリよ、帝都中の書店から、──という内容の書を持ってこい。なるべく俺が不快感を覚えるものが良い。著者名は削りとっておけ。殺しに行ってしまうかもしれないからな」




