ドラゴン・ソウルの受難②
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アルフレッドとキスカが先頭に立ち、ハリスとメイヘムが後方を守る形でドラゴン・ソウルは突撃を仕掛けた。
キスカの剣が青白く輝き、スケルトン兵の頭蓋を粉砕する。
アルフレッドの斧は重厚な一撃でゾンビの群れを薙ぎ払い、重厚な鎧はアンデッドたちの毒爪や毒牙などものともしない。
後方からはメイヘムの魔術が炸裂する。
「炎よ、我が呼びかけに応えよ!」
詠唱が終わると同時に、アンデッドの一団が紅蓮の炎に包まれた。
初級の、ただ炎を呼び起こす魔術が致命の破壊力を持つ。
貴族の血を引く彼女には卓越した魔術の才能があり、ガイネス帝国へ交換留学をしていたころなどは帝国からスカウトが来たほどなのだ。
ハリスは回復と支援の魔術を次々と繰り出す。
「神聖なる加護を!」
彼の魔力が仲間を青い光で包み込み、傷を癒やしていくと同時に邪を退ける加護を与える。
青い光に触れるとゾンビなどの低級なアンデッドは文字通り消し飛ぶのだ。
デュラハンの一体が黒い剣を振るってキスカに斬りかかったが、彼女は見事にそれを受け流し、反撃の一閃で相手の鎧を貫いた。
黒い霧がデュラハンから漏れ出し、それが地面に落ちると草が一瞬で枯れていく。
「これで最後だ!」
アルフレッドの叫びとともに、最後のデュラハンが倒れた。
上級アンデッドである恐るべきデュラハンも、特級冒険者のチームからすれば斃せない相手ではない。
四人は息を整えながら、ようやく塔の前に立った。
改めて近くで見ると余りのおぞましさに四人は絶句する。
しかしここで立ち止まっている暇はない。
この塔が何なのかをまず調べる事が優先だ。
奇妙なのは、塔の形状でありながら入口がないことだった。
「隠されているのか?」
そんなアルフレッドの言葉に、ハリスが否定の言を返した。
普段は温和なこの男が、いまは非常に険しい表情を浮かべている。
「これは──単なる塔ではありません。"触媒"です」
「触媒?」キスカが問う。
「はい。大規模な死霊術の儀式に使われる装置です。無数の魂を捕らえ、何かを呼び寄せるための……」
アルフレッドの決断は早かった。
「ならば破壊しよう」
しかし剣を振り上げた瞬間、森の奥から声が響いてくる。
『それハ、困ル、ナ』
声の方向を見ると、黒いローブを纏った人影が森の奥から現れた。
一歩踏み出すたびに草が枯れていき、周囲には何冊もの書物が宙に浮かんでいる。
書物は魔術書の様だが、どれもこれもが厄い気配を多分に放っている。
「ま、まさか」
ハリスの顔が青ざめる。
「知っているのか?」
アルフレッドが問う。
ハリスは震える声で答えた。
「数十年前、モーリア地方に現れた一体のリッチです。リッチとは言うまでもなく最上級アンデッドです。卓越した業を持つ魔術師が輪廻の輪を脱しようと外法によりその魂を変質させた存在──その中でも歴史上四体のリッチ……彼らはもたらした被害の大きさから四災と呼ばれ、ハイ・リッチとして知られています。『"万禍"のカペラ』というリッチはその一体……」
「まさか……」
アルフレッドは警戒を崩さず呟いた。
「はい……間違いありません。あの浮遊している書は我々でいう魔術の起動具です。『"万禍"のカペラ』はそれらを使って複数の大魔術を同時に操る恐ろしい存在として知られています……」
ローブの男はゆっくりと顔をあげる──空洞の目に青い炎が灯っていた。
しゃれこうべ──つまり、アンデッドだ。
『我を封じタ憎き勇者はもうイなイ……ファビアン様の完全ナル復活のタメ、この儀式を邪魔させる訳にハいかない。ゆえに、贄となリ、血肉を捧げヨ』
そう言うとカペラは両手を大きく広げた。
すると先ほど倒したはずのデュラハンたちがぞろぞろと起き上がり、再び剣を抜いたではないか。
「皆! 連中からはさっきまでの邪気を感じないぞ! やれる!」
アルフレッドが気勢をあげる。
その勢いに乗ったか、四人の冒険者たちは次々とカペラの召喚したアンデッドを薙ぎ倒していった。
「戦神よ! 我らに勇気の加護を!」アルフレッドの声が響いた。
魔力が込められた士気向上の戦声だ。
特級冒険者ともなると、近接戦闘者でも平然と魔術を使う。
鎧はアンデッドの血と黒い粘液で汚れてはいるが、まるで疲労を見せずに前進し続けるアルフレッド。
手斧が横薙ぎに振られるたびに、スケルトン兵が次々と両断されていく。
アルフレッドの周りには粉々になった骨の破片が舞い散っていた。
キスカは流れるような剣術でゾンビの群れを切り裂いていく。
彼女は物体に魔力を通し、その威力を飛躍的に高める法を学んでいる。
「いけるわ!」
キスカは声を張り上げた。
背後ではハリスが神聖魔術で仲間を支援しながら、時折浄化の光を放って迫りくるアンデッドを押し返していた。
秩序神アーネの敬虔な信徒であるハリスは、“神聖魔術”と呼ばれる祈祷を使う。
神聖魔術と言えば癒術で知られているが、対アンデッドでは非常に有効な魔術が揃っている。
しかし戦況を一変させたのはメイヘムだった。
彼女は十六才ながら、すでにユグドラでも指折りの若き天才魔術師として名を馳せていた。
夕焼けの色にも似た髪を短く切りそろえたこましゃくれ美少女だ。
「カリバーンの青き大火よ、畏怖を纏いて顕現せよ──火炎竜の烈怒」
メイヘムの詠唱が終わると同時に、巨大な青い炎の渦が生まれ、まるで意思を持つかのようにメイヘムのワンドが指し示す方向を焼き尽くしていく。
「あんたも焼き付くしてあげるわ!」
メイヘムは声高に叫び、ワンドの先端をカペラへと向ける。
が、その骸骨のような手が虚空を掴むような仕草をすると、周囲の浮遊する本の一冊が開かれた。
すると突然、メイヘムの放った炎の渦が変色しはじめた。
鮮やかな青い炎が徐々に黒みを帯び始める。
それはまるで炎自体が汚染されていくかのようだった。
「何が起きてるの……?」
メイヘムの声には動揺が混じっていた。
必死に炎を制御しようとするが、黒く変色した炎は少女の意思を無視して伸縮し、うねりながら彼女の方へと向きを変える。
「炎が……私の制御を離れた!」
ハリスが駆け寄り、防御の魔術を展開しようとするが間に合わない。
黒い炎はメイヘムを取り囲み、渦巻き始めた。
「メイヘム!」キスカの悲痛な叫びが響く。
アルフレッドが突進しようとするが、ハリスが押しとどめる。
「何をする!」
「ダメです! あの炎は尋常ではない! いくらあなたでも──」
ハリスの言葉を裏付けるかのように、黒い炎からは凄まじい熱波が放射され、近寄る事もままならない。
アルフレッドたちは炎の中で苦しむメイヘムの姿が一瞬だけ見えた。
緑の瞳は恐怖で見開かれ、か細い腕は助けを求めるように伸ばされている。
しかしそれも本の一瞬だ。
しかった緑の瞳は熱で溶け、唇からは泡立つ液体が溢れ出した。メイヘムの華奢な体は炎の中で小さくなり、やがて黒く炭化した人形のようになってしまった。
黒い炎は最後にひと際明るく輝くと、メイヘムの残骸を完全に灰に変えてしまった。
地面に残ったのは一握の灰のみだ。
空気中には焦げた肉の匂いが漂っている。
カペラはゆっくりと拍手するような動作をした。
『イノチの華、は、散るが故、麗しイ』
アルフレッドの目に怒りの炎が宿る。
「貴様……!」
とびかかりたい衝動に駆られるアルフレッドだがしかし。
地面から腐乱した手や骨が突き出し、新たなアンデッドの大軍が形作られていく。
キスカが敵を斬り伏せながら叫ぶ。
「アルフレッド! 退きましょう!」
アルフレッドは歯を食いしばったが、現実を認めざるを得なかった。
自分たちの力では勝てない。
最大火力であるメイヘムを失った今、逃げるしか道はない。
「退くぞ!」アルフレッドは背中越しに叫んだ。
「ハリス、キスカ、撤退だ!」
しかし振り返ると、すでに無数のアンデッドが三人を取り囲んでいた。
ゾンビ、スケルトン、さらには新たなデュラハンまで。
それらは死の香りを漂わせながら、ゆっくりと円を狭めるように迫ってきていた。
カペラの声が不気味に木霊する。
『喜ぶがイイ、汝らに死は、訪れなイ。汝、ラ、は、新たな闇の軍勢ノ、苗床と、ナル……ノだ』
カペラの空の眼窩に灯る青い炎が、ボウと一瞬火勢を強めた。
『あの御方をお迎えする為ノ、準備は整いツツあル。“塔”は既に四本──後ハ、贄を捧げルだけだ……』
カペラがローブの前を開くと、その内部には白い蛆虫がみっちりと詰まっている。
「ひっ!?」
普段は気丈なキスカがまるで小娘のような悲鳴をあげた。
彼女は虫が大嫌いなのだ。
『グブブブ……ちょうど、苗床ニ、相応しい母体ガ、イル、な……』
カペラは嗤う。
「そうはさせんぞ!」
アルフレッドが気を吐くが、言葉とは裏腹に目線は周囲を焦ったように探っている。
しかし逃げ場はどこにもなかった。
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「さあ早く出せ」
俺は少し苛々としながらも、最低限の礼儀を保ちつつ目の前の劣等骨に要求した。
『な、にを……』
しかし骨はしらばっくれる。
俺がこうしてわざわざ足を運んだというのに、あんまりな態度ではないか。
「フェリ。本当にこいつが“夜の雫”を持っているのか?」
「……恐らく、は。この者はリッチ──それもただのリッチではありません。かつて生ある者すべての天敵とまで恐れられた『“死泥”のケフェウス』……。数百年前、西方の小国であったアルマイト王国を滅ぼした国崩しの大魔です」
生ある者すべての天敵だと?
「おい、そうなのか? じゃあお前は俺の天敵か?」
俺はそういって、倒れている骨の頭部を蹴り飛ばす。
硬い感触とともに骨片が飛び散るが、こんな無様を晒す骨が一体何だというのだ。
本格的に苛々が募ってきた。
他国の領土に行くのだからオーマを使うわけにもいかない──だからわざわざ俺自らがユグドラ公国へやってきたというのに。
そう、俺は“夜の雫”を求めてお出かけ中なのだ。
空から見るとユグドラ公国の大森林に何本かの悪趣味な塔が建っていたので、とりあえず手近な所から訪問をしてみたのだが──とんだ無礼を受けてしまっている。
「おい!!! 天敵かと聞いているんだ! 俺は無視されるのが嫌いなんだ!」
骨は返事すらしない。
ただ震えているだけだ。
『い、一体、何者……』
質問に質問で返す──本当に無礼な骨だ。
“夜の雫”を持っているならよこせと頼んだのだが、無視をして襲い掛かってきた。
ドロドロと汚い泥を出してきて俺の服を汚そうとしてきたので、全部星の海へとカチあげて半殺しにしてやったが、それでも大分丁寧に扱ってやっている。
俺はあくまで訪問者に過ぎないからだ。
だが、大目にみてやるのもこれが限界だろう。
「フェリ、こいつは多分“夜の雫”は持っていない。別の奴を探すとしよう」
「はい、若様。北西の塔へと行ってみましょう。ただ、ここの塔については潰しておいたほうが良いかもしれません」
「なぜだ?」
俺は解体業者ではないぞ。
「それはこの塔が大きな魔術の──いえ、こういった建築物は非常に悪趣味で、大奥様のご趣味には合わないかと思われます。大奥様がいずれ世界を手中に収める事を考えると……」
「良い。その通りだな。確かに母上はこのような汚いモノは好きではない。即刻潰すとしよう。土壌も汚い汁で汚れていそうだから、いっそ周辺をまとめてひっくり返すか」
手頃な星を一つ落としてやれば良いだろう。
そう思った俺は、一応骨にその旨を告げておこうと思ったが──
「おい、骨。お前の塔は汚いから壊すぞ──って……、なんと虚弱な! 頭を潰されただけで死んでしまった!」
つい強く蹴り過ぎたらしい。
まあ仕方ない。
俺たち人間とて、知らない間に虫けらを踏みつぶして殺してしまっている事があるだろう。
今回もそのようなものだ。
どうせ命は輪廻するのだから、次の生を楽しんでほしい。
『"死泥"のケフェウス』
かつて生ある者すべての天敵と恐れられた『"死泥"のケフェウス』。
この名を口にするだけで、西方の古老たちは今なお震えるという。
数百年前、西方の小国アルマイト王国は一夜にして滅びた。
人口およそ三十万を数えた国家が、朝を迎えることなく消失したのだ。
しかも戦争でも疫病でもなく、一人の存在によって。
ケフェウスは生前、王家付きの魔術師だったとされる。
しかし魔術研究に没頭するあまり、死の先にある力に魅入られてしまった。
長い秘密の儀式の末、彼は自らの肉体を捨て不死の姿となった。
アルマイト王国を滅ぼした夜について、唯一の生存者とされる羊飼いの証言では、「城から黒い雨が降り、触れた者は泥と化し、その泥が流れ、広がり、やがて町全体を飲み込んだ」とある。
現存する資料によれば、ケフェウスを倒したのは「四季の騎士」と呼ばれる勇者たちだった。
しかし四人のうち三人が戦いで命を落とし、生き残った「冬の騎士」も深手を負って数年後に亡くなったと記録されている。
一説にはケフェウスは完全には滅びておらず、どこかで再び力を蓄えているとも言われる。真偽のほどは定かではないが、もしそれが事実なら彼の再来は計り知れない災厄となるだろう。
最も古い言い伝えによると、ケフェウスの真の目的は、かつて存在した「死の神」の復活にあるという。




