ママの日に向けて
今日更新二回目
◆
俺はこの日、帝都を散策していた。
学園は休みだ。
母上は俺が外に出る事をとても喜んでいた。
──『まあハイン! お出かけなんて珍しいわね。やっぱりずっと引きこもっているのは良くないと思っていたのよ』
とのこと。
「若様、スレイン魔宝石店はこちらになります」
「結構」
先導する使用人──ミーシャを労い、俺は件の店を眺めた。
帝都で最も格式が高いとされる魔宝石店というだけあって、なかなか立派なものだ。
白亜の外壁には繊細な浮き彫りが施され、優美なアーチ状の扉口がひときわ目を引く。
ちなみにミーシャとはフェリの知り合いのようで、フェリの事を「姫様」などと呼ぶダルフェン女である。
肌は浅黒く耳の先は尖っている。
フェリの紹介ということでアステール公爵家の使用人として働かせているが、まあよく働く。
初日など倒れるまで働くものだから、さすがにそれはまずいと思い「倒れる寸前まで働け」と注意をしたりもしたな。
ともあれ、俺は今日用事があって帝都を散策中なのだ。
その用事とはすなわち──
・
・
・
「控えよ! こちらはアステール公爵家次期当主、ハイン・セラ・アステール様なるぞ! 店主を呼びなさい!」
店の扉を開くなり、ミーシャが要点のみをまとめて店員に伝えた。
こちらの要求が明確で理解しやすい良い伝え方だ。
フェリが直接教育しているというが、なかなかうまくいっていると思う。
店員は目を瞬かせた後、みるみる顔色が青ざめていった。
あたふたと頭を下げたり上げたりを繰り返す様は、水に溺れる劣等にも似て目の保養になる。
やがて奥の部屋から小柄な男が駆けつけてきた──店主だろう。
「こ、これはアステール公爵家の……どのようなご用件で……」
「佳きに」
俺がそういうと、ミーシャが意をくみ取ってくれた。
「商品をすべて見せなさい! 予算は無制限! 良いものがあれば端から買い取らせてもらう!」
店主は口元を引きつらせながら何度もうなずいては礼を繰り返し、従業員たちに向かって大声で指示を飛ばす。
「は、はいっ、ただいま! 皆、速やかに倉から宝石の在庫を全部、いや奥の秘蔵品まで持ってくるんだ! お客様をお待たせするな!」
そう、俺は宝石──魔力の通りが良い魔宝石と呼ばれるブツが欲しいのだ。
魔宝石は基本的にすべて原石で売られており、使い道は多岐にわたる。
基本的には魔術の増幅器──要するに杖だとかオーブだとかに使われるのだが、アミュレットや、あとは街灯などの光源としても使われる。
宝石とは言うが値段はピンキリで、一般劣等庶民にも買える品質の物も多い。
まあこの店は貴族向けということで特に品質が高いものが置かれているらしいが。
なぜそんなものを求めるかといえば、加工して宝飾品とし、母上へプレゼントをするためだ──母の日が近いから。
母の日までには大体三か月ほどあるが、加工に手間がかかることを考えると今のうちから材料は用意しておきたかった。
グラマンが持ってきた竜眼といったものを使った品も考えたが、何が楽しくて人間を見下すトカゲの部位を使わねばならないのか。
それに、贈り物とは値段が物を言うのではない。
心が物を言うのだ。
今の俺の加工技術のすべてを注いで宝飾品を作成する。
「──それと、それ。あとそれもだ」
俺は品質がいいと感じた石を指さす。
店員が梱包を終えると、ミーシャが腕いっぱいに抱えていく。
奥のほうからは「秘蔵品です!」と箱が差し出されたが、その中にも目ぼしい石があれば容赦なく買い取るつもりだ。
おそらくは数多く失敗するだろうから、それも込みで考える。
「もういい。これくらいで充分だろう」
が、買い漁った宝石の山をざっと見渡した時、ふと小さなヘーゼルの宝石が目に入った。
小ぶりだが悪くない。
店の片隅にひっそりと置かれているが、他のどれにも劣らぬ艶を帯びている。
「……ミーシャ」
「はい、若様」
「それも買う。……おまえにやろう。目の色によく似ているからな、ついでだ」
「……え?」
宝石の山を必死に抱える彼女が、ぽかんと目を瞬かせる。
「そ、それは……とんでもありません、わたくしなど……」
恐縮しきりだが、俺は別段、冗談を言ったわけでもない。
「佳きに」
この場合は“ごちゃごちゃ言わずに俺の言う事を聞け”という意味である。
そう促すと、ミーシャは愛おしそうにヘーゼルの宝石を両手で包み込む。
すると店主は満面の笑みでその石の由来を語りはじめた。
「“セレスティアル・リリス”と呼ばれる大変貴重な品でして、心を鎮め、魔力をスムーズに循環させると言われております」
「そこまででいい。全部まとめて買う。包め」
「は、はい! あ、あの……お代は……」
俺は黙って片懐に手を入れ、白銀硬貨を一枚だけ取り出して店主の手に押しつけた。
「足りるな?」
「た、たた足ります! 足りますとも! 満ち足りております! ですが……これでは支払い過ぎかと……」
面食らった店主が硬貨と宝石を交互に見比べ、脂汗をかいている。
──面倒くさい奴だ。始末するか?
俺がふとそんなことを考えると、ミーシャがタイミングよく口を出してくれた。
「若様のご慈悲です。分かればさっさと失せなさい!」
こうしてしっかり働いてくれるからたまに報いようという気にもなる。
しかしミーシャは一つ間違えているようだ。
「いや、失せるのは俺たちだろう。帰るぞ」
そう言うと──
「は! 仰る通りです! ただちに失せます!」
そういってミーシャは入口に向かって俺のために扉を開いた。
馬鹿な女だが、真面目にやってはいるんだよな。




