茶会②
◆
「いやいや、先日は済まなかったね」
突然現れた劣等がそんなことを言った。
俺は基本的になんでも出来るのだが、劣等の個体識別は余り得意としていない。
が、これはよく覚えている。
母上に舐めた口を聞いたからだ。
消すか?
どうするハインよく考えろ──消すか?
エスメラルダには悪いが、子供というのはいずれ親離れしなくてはならないものだ。
これを精神的に成長するためのきっかけとしてほしい。
俺が単純に気に食わないから殺るという理由が大きいが、お前の為を思っている部分もわずかにはある。
そう考えた俺は、とりあえず発作か何かで死んでもらおうと劣等オスの心臓付近に魔力を少しずつ纏わりつかせていく。
これはフェリから習った陰湿な魔力操作の技法である。
生物の命の源泉である心臓は、何らかの反応によって規則正しく鼓動を打っているのだが、魔力──すなわち世界を形造る最小の粒で覆う事によってそのリズムを乱す事ができるのだ。
フェリはこの技法を感覚的に習得していたようで、彼女が奴隷商人とその客の玩具であった頃、あまりにも気に食わない客にそれを施して殺していたとの事。
直接的に相手を害する魔術は魔封じの首輪のせいで使えなかったものの、周囲に浮遊する魔力の粒を少し操作するくらいなら出来たらしい。
が、手口は分からないまでもフェリが何かをしているというのは奴隷商人も分かった様で、四肢を切断されて舌を引っこ抜かれて、それこそ死ぬ寸前まで弄ばれ──まあそんな状態のフェリだったわけだが俺が買いとって今に至る、と。
俺はそれを眼前の劣等オスに使ってやろうと思っている。
そうすればはた目から見ればただの事故となる。
さらば、劣等──
「お父様、弁えて下さいませ」
エスメラルダが良い事を言ったので劣等オス抹殺計画を中断する。
◇◇◇
「む、何を言うのだ、エスメラルダ。お前は知らないだろうが──」
「知っております」
父の言を私は遮った。
なに? と訝しがる父に私は重ねて言う。
「剣術大会の折、失言をしたのだとか。そのせいで帝都ではアステール公爵家とサリオン公爵家の関係が険悪化しているという噂が流れております」
「だからそれを詫びに来たのだろうが!」
なぜ詫びる気になったかなんて理由は明らかだ。
ハイン様が杖比べでオイゲン副魔術師長に一泡吹かせたという噂を聞いて、言ってしまえば媚びにきたのだろう。
これまで父はハイン様の実力について懐疑的だったけれど、このことで考えを改めたに違いない。
ハイン様は現在15才。
あと5年もすれば家督を継いで正式にアステール公爵家の当主となる。
手のひら返しのはやさだけは大したものだと思う。
「今日は私とハイン様のお茶会なのです。それに、そういった謝罪というのはお茶会の折についでのようにするのではなく、サリオン公爵家として正式に体裁を整えて行うべきものではないのですか」
と、ここまで言ったところで私は自分が思った以上にカッとなってしまっていることに気づいた。
ハイン様を置き去りにして親子喧嘩をしている場合ではない。
「ハ、ハイン様、申し訳ありません。我が家の恥を晒してしまいました」
私がそういうと父がまた何か口を開こうとしたので目で黙らせる。
「アリアナに似て気が強く育ってしまった……」
などとボヤいているが無視だ。
私は頭を抱えたい気分になった。
余りにもひどい──あの男のせいで!
ハイン様は鷹揚な方だけれど、さすがに気を悪くするだろう──そう思っていたが。
「いや、親子仲が良くて結構なことだ。フォーレ様、謝罪を受け取りましょう。しかしエスメラルダ嬢の言う通り、この件に関しては──」
「もちろん後日しっかりとした場を整えさせてもらうとも。実のところ、私は感服しているのだ」
「感服とは?」
「まず……二点感服した。ハイン殿の魔術の業について、正直当初は懐疑的ではあった。だがオイゲンとの杖比べの話を聞いて考えを改めたのだ。ハイン殿はおそらく歴史に名を遺す大魔術師になるとね。これがまず一点」
父の調子が良すぎて苛々してしまう──もちろん表情には出さないようにするけれど。
ハイン様もこんな露骨なおべっかを聞いていたら気を害してしまうのではないだろうか。
とても心配だ。
「そうですか」
「が、それでもまだ若いとは思うがね。私でも出来なかった事をハイン殿が出来るとはね、とてもとても……。まあ10年20年経てば話も変わってくるのかもしれないが……。例えば先日、帝都強襲の際はアステール公爵家が旧魔王軍の竜種共を迎撃したとの報告が宮廷に上がっていたが、誰がどのようにそれを成したかは秘されていた。まあ結果的に迎撃が成功したので詳しい話は捨て置かれているが、少なくともそれをやったのはハイン殿ではないだろう。複数の竜種を撃墜などその年で出来る事ではない。となれば答えは決まっている」
「聞かせてもらいましょう」
ハイン様の表情が読めない。
怒っているのだろうか、呆れているのだろうか。
「あの竜種撃退の種、それはヘルガ殿だろう。エルデンブルーム伯爵家の祖であるサルバトリ・セラ・エルデンブルーム(チョロテール公爵家嫡男参照)はこの偉大なるガイネス帝国最初の亜人貴族として知られている。エルフェン種の英雄であるサルバトリの功績の数々は目覚ましいものがある。ヘルガ殿はその末裔だが、この時代に於いてエルフェンの血が目覚めたというところなのだろうな。古代エルフェン種は自然現象を自在に操るほどの巨大な魔力を持っていたと聞くが……まさか竜種を物ともしないとは」
さすがにそれは……と私は思った。
いや、でもどうなのだろう。
ハイン様のお母上である事を考えるとありえない話ではない──のだろうか。
ただ、おじい様はあれはハイン様がしたことだと言っていたが。
そのハイン様の反応だがこれも読みづらい。
目を瞑って腕を組んでいらっしゃる。
ややあって。
「……その通りです。あれは母上がすべてやった事──も同然。しかし他言無用に願いたい」
「それはなぜだね? いや、まて……なるほど、宰相殿との軋轢が原因か。確かに亜人排斥の急先鋒である宰相殿はアステール公爵家を余り良く思っていない。功を誇って相手を刺激するよりも、アステール公爵家に任せられた仕事を当然の様に淡々とこなしたという体に見せて、注目されることを避けているというわけか」
なるほどと思わされる事が多々ある。
ハイン様が認めたことで、おじい様の見立てが間違っていた事が証明されてしまったわけだけれど。
しかしだからといって私がハイン様に向ける目に変化があるわけでもない。
「まさに慧眼。その通りです。しかし母上は宰相殿の目を避けているばかりではありません。母上は今大きな事を考えていらっしゃいます」
「ほう、大きな事を……?」
「ええ、大きな事です」
父はそれを聞いて腕を組み、なにやらぶつぶつと独り言を言い始めた。
──あの宰相は確かに
──うむむ、まてよ。ヘルガ殿はあのいけ好かない爺の弟子か。そしてその爺のコネで学園に……
──するとあの爺も一枚噛んでいるのか
──あの爺は気に食わないが大魔術師であることには間違いはない……オイゲンなどよりはよほど信用が置ける
──オイゲンといえばざまぁ見ろだ。娘に色目を使いおって……
やがて父は大きくうなずき、ハイン様に気持ちの悪い笑みを向けた。
「良いだろう。サリオン公爵家としても協力は惜しまないつもりだ。エスメラルダはこのようなかわいげのない娘ではあるが、サリオンの名に相応しい才はある。いやいや、まああとは若い者同士でゆっくりとやってくれ。それでは邪魔をしたね」
そういって父は去って行ってしまった。
場を荒らすだけ荒らして、満足して去っていくなんて……
でもハイン様は怒ってはいらっしゃらないようだった。
「面白い御父上だ。思うところがないとは言わないが、隔意はもうなくなった。ところでエスメラルダ嬢、最初に聞いておくべきだったが、腹の怪我はもう大丈夫なのか? 刺した俺が言うのもなんだが、少し気になってな」
「は、はい! その、癒師の方々も驚くような早さで治りました……。やはりその、ハイン様が配慮してくださったのですか?」
「骨は折れた後、より強く繫がる。肉体にも同じ事が言える。適切な角度と適切な速さで肉を傷つければ、治ったときにより力強くなる」
ハイン様は急に饒舌になられて、そして私もそれにつられて。
認めたくはないけれど最高のお茶会になった──あの男、いや、父のおかげで。
親子の縁を切るのはもう少し先にしよう。




