剣術大会当日⑤
◆◆◆
傲岸不遜なハインの言葉を聞いて一瞬頭に血が昇りかけたエスメラルダ。
彼女も彼女でプライドが高いのだ。
しかしその「一瞬」とは文字通りの一瞬であり、1秒の百分の一にも満たないものだった。
「では、胸をお借りします」
言うなり、エスメラルダは駆けだす。
斬り風がびゅうと吹き──エスメラルダの突剣の切っ先がハインの胸を貫いた。
──が。
「なぜ、躱さないのですか……?」
エスメラルダが目を見開いてハインに言った。
声には震えがある。
剣はハインの胸へ突き刺さっており、明らかに致命傷だ。
「先手を譲ると言ったからだ。とはいえ、流石に心の臓を貫かれては俺も困る。だから多少は守らせてもらったが」
エスメラルダはハッとする。
剣から伝わる手ごたえが妙だった。
肉を刺し貫いた感触はなく、なにか非常に硬質で、かつ弾力のあるモノへ剣を突き刺したかのような──
ハインの心臓を自分の剣が刺し貫いたわけではないと気付いた時、エスメラルダは内心で安堵した。
勝ちたいと言う気持ちはあったが、殺めたいという気持ちは欠片もない。
ハインの言う守り──これは単純だ。
傷口付近の組織に局所的な重力を発生させ、細胞同士の密集度を上げたのだ。
刺された部分の細胞間の連結を強固に保ち、流血の拡大と組織の切断を防いだ。
自身の肉体そのものに影響を及ぼしているのだから、これも天術の範疇ではある。
ただ、これをやるくらいなら素直に身体能力を高めた方が効率は良いが。
ハインがそれをしないのは、自身の肉体を魔力によって強化するという一般的な天術が致命的に苦手だからだ。
理屈は分かっているが、どうしても上手く出来ない。
「では次は俺の番だ……と言っても、もう済んでいるが」
エスメラルダは怪訝な表情を浮かべ──ふと腹の鈍痛に気付く。
見れば、ハインの剣が自身の腹を刺し貫いているではないか。
「エスメラルダ嬢は見どころがあるからな。優しく刺してやった。腹を貫いたといっても重要臓器は避けているし、子を成す能力にも問題はあるまい。といっても、多少は痛むか」
ハインはそう言って手を伸ばし、エスメラルダの口の端から伝う血に親指を触れさせると、まるで紅でも引くように彼女の唇を薄くなぞる。
「さあ、俺が手ずから血化粧を施してやったのだからいつまでもボウっとするな。次はエスメラルダ嬢の番だ。その剣を更に押し込んで、俺を殺れるか挑戦してみるもよし、一旦距離をとって再度掛かってくるのも良いだろう。好きにしろ」
と、ハインはそんな事を言うのだが。
重要臓器を避けたといっても腹の向こうまで刺し貫かれた長剣が齎す痛みたるや、今やエスメラルダの限界をあっという間に超えようとしていた。
はっきりいってとても続きなどやれる様な状態にはない。
だが──
──悔しい
──悔しいッ……!
まるで大人に対して全身全霊で殴りかかり、あっさりと頭を抑えられてしまった子どものような無様にエスメラルダは歯噛みした。
再び剣を振るう力はあるだろうか?
いや、ない。
腹から流れる血と共に、腕の力も抜けていく。
しかし足はまだ動く。
「……っ、次は、私の番……」
エスメラルダはそう言って、剣を離し、更に前へと進み。
訝し気な表情を浮かべるハインの唇に、自らのそれを重ねると同時に意識を失った。
◆
何をしてくるかとおもいきや!
なるほど、アレか。
復讐の誓いという奴だな。
遙か東方には「血の口づけ」という風習があるとモノの本で読んだことがある。
絶対に許すことができぬ罪に対して、復讐の誓いを立てる際に行われた儀式……だったか確か。
元はと言えば呪いの一種だそうだ。
口に自らの血を含み、怨敵の所有物に向けて吹きかける。
これは「己の苦しみを共有せよ」という意味を持ち、長い年月の間に今の形へと変わっていったらしい。
大観衆の前であっさりと倒されてしまった事で、いたくプライドが傷つけられたと言う事か。
それにしても東方の古い風習など持ち出してくるとは。
……ああ、なるほど!
俺が決闘の宣言を投げかけてやったことで、知識欲が刺激されてしまったか。
つまり「東方の事については私の方が詳しい」と言いたかったわけだな。
どれだけプライドが高いんだ? この女は……。
しかし悪くない。
勘違い復讐野郎を返り討ちにしてやるのは実に甘美だ。
この女──エスメラルダ嬢は俺の "骨のあるやつリスト" に入れておいてやろう。
今後も調子に乗って突っかかってきて欲しい。




