第九話・すり替えの笑顔
実はエルドヘルス国は他国と比較して、もっとも魔剣の研究が進んだ国である。多くは失伝しているが、魔剣を作成できる職人が少数存在しているためだ。
しかし、現代の魔剣はどういう理由か、古代の魔剣に比べて劣っていると言わざるを得ない。
「やはり、実験体としては傭兵ロベルトの魔剣が相応しいな。他二名の魔剣は一点ものだ。模倣したとしても余計な機能が多すぎる。あれが古代の量産品の魔剣だろう。それでも主を設定する機能があるとは……だからこそ譲渡は穏便にいきたい。できるか?」
「はっ……我々が関わらない形で……」
「それは前にも聞いた。だが実戦にいくら放り込んでも、やつらは生き延びてきているではないか。そして、彼らを手放すことは我々にも惜しくなってきた」
騎士団長の前でホアキンは頭を下げたままだった。愚弄されているかのように、騎士団長から見えない目は怒りに燃えていた。
これまでの実戦はホアキンが事前に組み立てたものだったが、魔剣第一小隊は三人とも生き延びたままだ。古代の魔剣は意思を持つ物が多い。直接害しても魔剣自体が研究の協力を拒むおそれがあった。
「これを使え」
「これは……」
騎士団長が取り出したのはロベルトの魔剣と全く同じ形の剣だった。ただ、見るものが見れば違いが分かっただろう。込められた炎の力が半分以下しかない。
「量産魔剣の試験品だ。これをロベルトの魔剣とすり替えてくるがいい」
「私にこそ泥の真似をしろと?」
「できないのかね。むしろ、貴殿の得意分野ではないか。既に命令は発した」
「……はっ」
手を血が出んばかりに握りしめながら、試作品を持ってホアキンは執務室をあとにした。
「ふん。ネズミの騎士には相応しい仕事だよ」
騎士団長の侮蔑は誰の耳にも届かなかった。
一方のアントン達は魔剣カリディスの力に興味津々だった。インテリジェンスソードで所有者の強化に加えて形態変化。現時点で三つもの機能が判明している。この調子だと他にもありそうだと、訓練を兼ねて色々試していた。
「でも形態変化って、他の生き物の霊? を使って形を変えるんだよね。鳥を斬ったら羽ができたりするのかなぁ」
(無茶苦茶いうな、この姉ちゃん。鳥の羽根なんか生やして何の役に立つんだよ)
「はは、鳥の羽を生やしても意味はないそうです」
「あ、生えることは生えるんだ。それにしても、仕様からしてアントン君専用の魔剣だよね。アントン君にそんな能力があった方が驚きだけど」
「仕組み的にはカリディスが吸い上げて、俺が保管。それをしぼってカリディスに徐々に流し込んでの形態変化だそうです。俺には吸い上げる能力が無いので、カリディスがいないと全く意味がない体質だそうで」
「へぇー私のも何か特別な機能とかあるのかなぁ。あっても喋らないから分からないけど」
ミレイアの細剣もよく見れば装飾などが彫り込まれていて、かつてはもっと豪奢だったのではないかと思わせる。ミレイアもまた何らかの素養を見出されて魔剣に選ばれたのかもしれない。
そこいくところロベルトの大剣はサイズに反して肉厚が細いところしかない。そこでアントンはやや疑問に思った。あの剣はどこか変わったように思う。どことなく傷などはそのままでも小綺麗な気がする。
「……ロベルトさんの剣ってああいうものでしたっけ」
「ああいうって……変わったところなんてないけど」
「何を言っているんだお前は……いつも通り……」
ロベルトは立てかけられていた薄刃の大剣を手にとって停止した。次いで握りしめて炎を出す。揺らいだ熱気がテントの中に充満する。
「うわぁ! バカっ! テントの中で火を出さないでよ!」
ミレイアの抗議の声と同時に熱気は止まった。ロベルトは困惑した様子でつぶやいた。
「これは……我が剣じゃない……こんなに軽くは無かった。傷の位置も違う。身を焦がすような炎の勢いも違う……」
「違うって……誰かがすり替えたとか?」
「いや、アントン君信じすぎっていいたいけど、傭兵って自分の武具のことはよく見てるのよね。本人がそう言うなら安易に否定出来ないかも」
ロベルトはそのままテントを抜けて駆け出していった。本物の剣を探すのだろうが、その必死さはロベルトに似つかわしくないものだった。
「追うよ、アントン君!」
「はい!」
今度はロベルトの姿を求めて、二人が走り出した。ロベルトがそこまで我を失うとは考えがたいが、最悪の展開もあり得る。全員が分かっている。剣をすり替えられる位置にいるのはホアキンだけだ。
だがホアキンは上官であり、貴族だ。殺害どころか本気で痛めつけたり、決闘もどきになっただけでロベルトは処罰されるだろう。
幸いテレシクアの街に入れない以上、探す範囲は限られている。さらにアントンはカリディスの力で足を速め、ミレイアも風で加速することができた。
ロベルトならばホアキンをどうやって探すだろうか? そう考えながら走る二人だったが、ロベルトの足取りはつかめなかった。
ロベルトは魔剣第一小隊の中でも冷静で賢い人間と思われていたが、どちらかと言えばむしろ激情型の人間だった。しかし、怒りに任せた雑な捜索が一通り済むと、知恵が戻ってきた。
彼は考えた。むやみに走ってもホアキンと出くわす可能性は無い。ならば来るまで待てばいい。ホアキンは気取るタイプの人間だ。必ず何食わぬ顔で気付いたかどうかを確認しにくるだろう。
だが、予想外……ロベルトにとっては幸運なことに、ホアキンはその日の夜に幕舎の間を歩いてやってきた。ロベルトは当然、打って出て背後から羽交い締めにした。
「捕まえたぞ! この盗人がぁ!」
「おやおや、これは傭兵ロベルト。これは何の真似かな? 上官いや、国家への翻意なのかな。そうすると君を処罰……いや、処刑せねばならない」
「白々しいぞ、“ネズミの騎士”が」
「なんだと?」
「不作に備えもせず、村人から徴発して反乱を招いた“ネズミ”。ここ十数年では初の快挙だそうだな。そんな奴がいかにもやりそうなことだ」
ホアキンの顔が後悔と恥辱をミックスした奇妙な顔色に変わる。顔つきもいつもの子供っぽさが抜け出る。
「処刑! しょけ……!」
「いはちょっと待ってね。隊長」
「ミレイア……何しに来た。邪魔をするならお前も……!」
「邪魔? 何のことかな? 今、この場所では何も起こってない。そうでしょ?」
「レディ・ミレイアはよく分かっているようだぞ。傭兵ロベルト、君も手を離したまえよ」
その顔の変化の早さはなんなのか。ホアキンは良くも悪くも常人離れした人格を持っているようだった。
ミレイアとホアキンに挟まれて、ロベルトは仕方なく手を離した。
「やれやれ、誤解が解けて何よりだよ。これからも君と魔剣とは上手くやっていきたいからねぇ。それにレディ・ミレイアの忠節、感じ入ったよ」
「そりゃ、どーも」
途端に上機嫌になって帰っていくホアキン。この男には背骨というものがあるのだろうか? ロベルトを処刑しようとしていたことも忘れてしまったようだ。
「恨むぞ、ミレイア……この機会を逃してはならなかった……」
「それで死んで、どーすんのさ。さ、テントに一刻も早く戻ろ。アントン君が待っているよ」
「一刻も早く……?」
「そそ、この場所では何も起きてないってね」
二人はゆっくりとテントへ戻った。ロベルトの足取りは重かった。傭兵にとって、魔剣を失うのは相棒を無くすようなものだ。これからはあの偽物を見るたびに怒りがこみ上げるだろう。
「ああ、ミレイアさん。ロベルトの旦那。おかえりなさい」
「アントン、ミレイア、さっきの一刻も早くというのはどういう意味だ……?」
「はい。じゃあ、コレ持ってー」
ロベルトに馴染み深い大剣が手渡される。嫌そうな顔をして受け取ったロベルトの顔つきが変わる。渋面から困惑の喜びへと。
「我が剣!? 一体どうして!?」
伝わる重さ。わずかについた傷跡。消費される活力の感覚。それら全てがこれは元の持ち物だと、ロベルトに伝えてくる。
アントンはそんな顔をちょっと羨ましく思いつつ、自分も剣とこのように仲良くなれるのだろうかと考えた。
「ミレイアさんのお手柄ですよ。よく思いついたものです」
「へへー。ああいうやつの行動はお見通し」
ロベルトを見つけられないと判断したミレイアはすぐに方針を変えた。ロベルトではなく、ロベルトの魔剣を見つけることにしたのだ。
「近くにいた狼を斬って、その魂をカリディスに食わせたんです。魔剣に嗅覚をつけるなんて、俺にはとても考えつきませんね」
そうしてカリディスに導かれ、ホアキンの隠し場所へとたどり着いた。上昇する身体能力もあり、街の門衛やそこらの兵士には何とか見つからずに済んだ。
そして元の魔剣と、すり替えられていた魔剣を取り替えた。これで元通りである。ホアキンと誰かがすり替えるために作った魔剣だ。ロベルトではない彼らはその違いに気付かない。まぁ数ヶ月もすれば、分かるかもしれない。
「目には目を。泥棒には泥棒。にしても疲れました。隠密の真似事があんなにも難しいとは」
「はい。そんなアントン君にお疲れ様のハグ」
ミレイアに突然抱きつかれて、疲労していたアントンはぐったりとなった。こうした約得は初めてだったようだ。
「ははっ。オレも感謝すべきか?」
「……ロベルト君。笑った?」
「いや、俺はロベルトの旦那からのハグは遠慮します。全力で遠慮します」
初めて、魔剣第一小隊のテントは笑い声に包まれた。これから何が起ころうとも、間違いなく足を支える助けになるだろう幸福な時間だった。




