第八話・秘められた力
アントンは兵士達の横で剣術の訓練をしていた。剣術の訓練には魔剣カリディスを使っていたが、基礎的な運動にはその恩恵なしで行っている。活力を何倍にも引き上げてくれるカリディスだが、基になるアントン自身の体力が多くあったほうがいいのではないかという考えからだ。
そんなアントンは傭兵からは変人扱いで、兵士達からは慣れた眼で見られていた。そこに異物が混ざり込んだ、子供っぽい眼をした人物……ホアキン隊長だった。
「やぁ、精が出るね」
「おはようございます。ホアキン隊長」
「君のように真面目な傭兵というのは見たことがないな……ところで、僕について何か掴めたかい?」
アントンはホアキンと眼を合わせた。相変わらず純朴な眼だが、カリディスの使い手であるアントンには分かるようになってきたことがある。これは悪意だ。無邪気だが、悪意を持って接してきている。
自分達の行動は知られている。アントンの考えは至極当然のものだった。ホアキンからすればもっとだろう。傭兵達の仁義を知りながら、踏みつけて牽制に来たのだろう。
「さて……調べているのは俺じゃ無いですからね。もっとも、知ったところで警戒できるのが関の山というところでしょうが」
「へぇ、否定しないんだ。面白いね」
「大体、貴方が黒幕とも限りませんし」
アントンの一言はホアキンの触れてはいけないところに触れたようだった。無邪気な目がどす黒く濁った気さえした。
傭兵になって、初陣を超えたアントンはこれまでのアントンではない。それも上司に殺されそうになったのだ。人格はやや捻れたものの、小者とは言えなくなっていた。
「宮仕えというのも大変ですね。本当は魔剣第一小隊は騎士で構成したかったんでしょうが、古代遺物の魔剣は主を選ぶ。だから使える者ででっち上げて、死んだら回収する」
「疑り深いねぇ。そんなんじゃモテないよ? 僕達は君達を高く評価しているとも」
「ありがとうございます。ただ……少なくとも俺のカリディスは俺が死んでも使えるようにはなりません。頭の良いやつでしてね」
「覚えておこう」
はちみつ色の騎士は踵を返して去っていく。アントンはカリディスを握った。
(こんなところで良いか?)
(シシシ……ちょっと煽りすぎだが、悪くはなかった。雷の魔剣は傲慢な者が好きだ。アレが上司を出し抜こうとしてくれれば更に面白い。思ったより馬脚を表すのも早いだろう。お前はどう感じた?)
(さてね。こうして話し相手がいる分には、腹のさぐりあいも面白い。ホアキン隊長は随分と出世欲の強い人物のようだ。俺達を使い潰して結果を出そうとする。だが、そこまで待てる人柄には見えなかった)
くず鉄拾いをしていた頃はとてもおもしろいとは思えなかったことだが、人というのは何と多くを考えて生きていることだろうか。もっともそんなことをアントンが考えることができるのもカリディスのおかげだが。
その後、テントに集まって魔剣第一小隊は恒例となってきている隊長不在の秘密会議を開くのだ。
「探っているのに気付いた? 想像の範囲内だがお前に言ってくるあたり性格が悪いな」
「出世欲が強い感じでしたね。上司がいることに我慢ならないような様子でしたよ。ちょっと言い過ぎましたが」
干し肉をむしりながらアントンとロベルトは向かい合っていた。ミレイアは干し肉をスープで戻す派なので時間がかかっている。
豆がふんだんに入ったスープは中々に悪くないため、アントンはそのまま食うことを選んだ。それにしても神経質そうなロベルトが干し肉を豪快にちぎっているのは違和感が強かった。
「まぁ初陣があれでは関係の修復は難しい。こっちで調べたところ、ホアキン隊長殿は子爵位持ちだ」
「ただの騎士ではなくて? お貴族様じゃないですか。軍功をあげたら出世とか出来るんですか?」
「騎士としての位と貴族としての位は別なんだよアントン君。ま~実績にはなるけど、私達を上手く使うことぐらいで伯爵になれるとは思えないよね。そもそも戦場に出てるあたり、安穏としてられる環境に無いんじゃないかな」
「へ~。俺、貴族様って別の生き物だと思ってましたけど、大変な人もいるんですね。というかミレイアさん詳しいですね」
「んん? 一般常識じゃない? それに爵位と領地の広さは比例しないから結構、戦場でも騎士の中にぱっと見いいとこの人とか混ざってるよ」
アントンにとって聞く話は全てためになる話だった。経緯はともかく、新しい世界に出てきた甲斐があるように思えた。
それにしてもホアキンの行動もどこかおかしい、ということは視点は違っても三人とも感じていた。
「じゃあ騎士としての功績ですか? それのために後ろから刺されるんじゃ割に合わないですね」
「どんな死でも割に合わないことは変わらんだろう。我々を殺して、魔剣三本献上する計画でも立ててたんじゃないか」
「どうかな。魔剣第一小隊の隊長として目立ちたかったんじゃないかな。いざ始まってみれば華々しさとか全く無かったとかで」
いずれにせよホアキンが満足できる状況には全く無いということだ。魔剣カリディスは馬脚を表すと言っていたが、アントンはそうなって欲しくはなかった。ああいった手合ほど良く燃え広がるものだ。
「ところで、次の任務はどんなものになると思います?」
「うわさ話もあんまり聞かなかったし、よくわかんないや」
「人間相手では無いだろうな。ただの人間相手に魔剣の力は過剰過ぎる。カーシーのような怪物が頻繁に出てくるような事態は勘弁願いたいしな」
そんな話をしていたせいだろうか。魔剣第一小隊が斥候隊と行動をともにすることになったのは。
全く意図不明な配置だった。魔剣第一小隊は装備もバラバラで、斥候隊のような多様な技能も持っていない。これを差配したのはホアキンだろうか、それとも全く別の人物か。分からないが、ホアキン含めて兵士達からは胡散臭い目で見られることになった。
「斥候というのはなにも、隠密行動だけでもないし監視だけでもない。今はまだ開戦前だからな……戦闘のほとんども斥候隊が行っている」
幸いなのはアントンの訓練を見ていた者があり、アントンは多少気安く話ができたということだった。訓練もしてみるものである。
行き先についてもある程度分かった。開戦した場合、弓手が配置されそうなところの確認である。つまり、ここはもうエルドヘルス国ではなかった。
「この頃はどこかおかしい。斥候も遭遇戦想定ばかりだし、怪物がどうのとおかしな話も出やがる。キスゴルがおかしな術に手を出したとかな」
事実を知るアントンは微妙な顔つきになって、はい本当ですと言おうか大変に躊躇われた。そんな事実が伝われば、さぞ混乱することだろう。
一行はできるだけ口をつぐみながら、小さな丘を上っていった。いかにも弓手がいそうな場所だ。
(シシシ……いるぞ! 小さいのが待っている!)
「皆、ここで止まってくれ」
「どうしたのアントン君?」
「丘の上にいるらしい。俺を先頭にして、少し前に行かせてくれ」
カリディスを取り出したアントンが丘を登りきる寸前、犬の声とともに人間大の影が飛びかかってきた。
カリディスで防いだが、剣を噛み切らんとするようによだれを垂らしながら醜悪な顔と向き合った。
「カーシー!?」
「だが小さいな。いや、こちらが成功体なのか?」
ロベルトの落ち着きある声が頼もしい。動きが止まっていた一匹を炎の大剣で両断してくれた。だが、周囲にはまだ四体ほどの小さなカーシー達が獲物を前に円陣を組もうとしていた。
「予定通り、俺が囮になります。皆でそこを突いてください」
(囮じゃない。全員俺達がやってしまおう。シシッそれだけの力はもうお前にある)
巨大なカーシー同様に彼らもアントンを狙って襲ってくる。戦場経験の浅いアントンにとって、魔剣カリディスの言葉は絶対だ。
飛びかかってきた一匹の怪物に恐怖を感じながら、縦に剣を合わせて引き切る。カーシーは腹を割かれて臓物を飛び出させながら、苦悶の内に息絶えた。
その瞬間、アントンの身中に奇妙な感覚が奔った。ズンとカーシーの重みがかかったような気がしたのだ。
「アントン君、やるじゃない!」
ミレイアの声に我を取り戻し、残りの三匹に目を向ける。多少動揺しているようだが、逃げようとはしない。訓練された犬のように感じられた。
(腹が重いか? シシッなら、その塊を渡せ。いい機会だ俺達の能力を見せてやる)
どうしたら良いのか分からない内に、胸にのしかかった重みを渡す。するとカリディスの形が綺麗なブロードソードからカーシーの牙のように曲がっていく。異国の凶悪な刀のよう。瞬間的にカリディスのやったことが流れ込み、納得が水のように染み渡った。
「魔剣、カーシー・カリディス!」
ミレイアが抑えている一匹を他所に、一体のカーシーに向かって突撃した。カーシーから作り出された形は動物を引っ掛けるようにできているようで、一撃目で動きを止めて二撃目で首を飛ばした。再び起こる胸の重み。
魂の容量とはこういう意味だったのだ。アントンはカリディスで殺した命を吸収することができる。まさに生まれつきの才能だった。ならばなぜかつて殺した人の魂は宿っていないのかと疑問は残るものの、現在は利用する。
次にこの魂を使ってカリディスの柄が伸びる。処刑刀のようになったカーシー・カリディスがミレイアとロベルトが相手をしていたカーシーに向かって半月を描いた。手足を失くしたカーシーは二人に容易く止めを刺された。
斥候隊の兵たちはただ魔剣第一小隊を見ているだけだった……
「カリディス。元に戻れるのか?」
(シシシ……じゃなきゃ勧めねぇなぁ)
歪んだ刀身が再び元の形に戻っていく。その最中、星のような光が空に舞った。アントンはカリディスが〈俺達〉と言う意味が分かった。二人揃って初めて機能する魂の捕縛者だったのだ。




