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第五話・魔剣第一小隊

 旅を再開したアントンの旅装は、驚くほど変わっていた。布切れはしっかりとしたローブに、シャツは布鎧に変化して、腰には大きめのナイフまで下げてあった。

 全て、アントンを襲った3人組の持ち物だった。アントンは殺人者だけでなく、強盗者ともなったわけだが、意外にもアントンは躊躇を覚えなかった。

 一つの勝利がその人の全てを変えるように、孤児院を出たアントンはもうかつてのアントンではなかった。



(シシ……良いぞ、魂が強くなったのを感じる……俺達はまだまだ強くなる)

(ただ単に人でなしになっただけのようにも思うが)



 アントンの胸には孤児院の光景があった。自分はもうあそこに戻る資格は無いけれど、善悪の判断はついている。シスターによって育まれた善良な人間としての道から逸れてしまったという自覚がある。だが、3人組を殺したことに胸は傷まなかった。


 あまり肥沃ではない、荒れた道を進んでいると旅情などはすっかり失せてしまった。ひたすらに面倒なだけだった。



(こうなると話し相手がいるのは案外悪くない)

(自分でもあるがな。シシッ!)



 魔剣の思考はアントンにべったり張り付いて、眠ることがないようだ。積極的に歓迎する気にはなれないが、傭兵になるにはこの上ない相談役だろう。

 知的好奇心が湧いてきて、アントンの方からもいくらか問いかけた。



(魔獣とかって本当にいるのか?)



 それはおとぎ話。魔獣や魔人が闇に紛れて存在し、片田舎の村に惨劇をもたらす。親が子供を怖がらせる作り話だと思っていたが、タニヤがやったような神事や魔剣の実在を知ると確信は揺らいだ。



(シシシ……いるぞ。滅多には見ないがな。呪われたり、生まれつきの異形だったりと普通の獣から生まれる。奇妙な奴らさ)

(奇妙なのはお前だ。まるで会ったことがあるような口ぶりだ)

(あるさ。2つ前の持ち主だったかな。英雄気取りの男で、よく無茶をしていた。そいつは好んでそういう存在に挑んでいた。まともじゃないな)



 ……本当にいるらしい。アントンとしては出会わないことを願うしかない。剣で生きていく羽目になったとはいえ、化け物とお近づきになりたいわけではない。英雄になることを期待するのではないあたり、貧しい生まれの考え方である。日々、そこそこに食いつないで何とか生きていたいというものだ。



(どうして俺以外のやつらのところに行かないんだ。聞いてた感じ、持ち主は誰でも良いような気がするぞ)

(暇すぎて、ただの道具として使われたこともあるってだけだ。俺達のように惹かれ合う存在じゃない。地味でも派手でもいいが、ようやく俺も知らない本分を果たせる。楽しみだなぁ)



 自分も知らない目的。この剣は誰が何のために作ったのか、わかる日は来るのだろうか? 恐らく永遠に来ないだろうとアントンは考えた。大体にしてアントンは特別な存在には全く見えないし、それを自覚している。


 途中で幾つかの村に立ち寄ったが、アントンが冒険者殺しの犯人だとは認知されていないようだった。貧民の一人や二人の旅立ちなぞよくあることという訳だろう。

 堅焼きのパンや水を購う金銭は冒険者たちの懐からいただいたものだ。



(村か。貧しそうだが、羨ましくもある)

(シシシ……今から老後を気にしても仕方ないぜ)



 これに関しては全く魔剣の言う通りで、そこまで生きているのかも怪しい。アントンは陰鬱な気分で、時に岩陰で、時に屋根の下で眠りながら歩を進める。こうしてアントンはエルドヘルスとキスゴルの国境近い街、テレシクアへの道を確実に進んでいった。



「着いた……」



 そうしてたどり着いた地でようやくアントンは安堵の息を吐いた。貧しくとも街育ちなためか、人の多いところのほうが気分が安らぐ。

 テレシクアはピンカードよりずっと活気に溢れているのが、街の外からもよく分かった。テントが立ち並び、商人も多い。そして武器を持っている者はそれより多かった。傭兵は誰でも街の中に入れるというものではないらしい。


 人の話を耳ざとく聞いて、アントンは傭兵としての登録を行う列に並んだ。魔剣があれば負けはしないはずだが、顔に傷の跡が残る者や戦棍を担いだ巨漢をみるとひどく場違いな気がする。そうしている内に気付けばアントンの番になっていた。



「名前は書けるか?」

「はい」



 名前が書けるのは孤児院のシスターのおかげだった。読み書きは完全とは言えないが、それでも故郷の暮らしも無駄では無かったと言えるだろう。

 登録が終わりかけた時、アゴにホウキのようなヒゲを生やした老人が兵士に耳打ちした。すると、受付は向き直って言葉を付け足した。



「お前のテントはあっちだ。中にいる者たちと組むことになる。問題を起こすなよ」



 意味が分からなかったアントンは、首をかしげる。一瞬、捕まるのかと思ったが、それならなにもテントに入れる必要は無い。中で待ち構えるより外のほうが早く済む。

 行けと言われたテントも、遊牧民族の物のようなしっかりとしたものだった。厚遇に思えるが、排他的な印象で隔離といった方が似合う。


 扉代わりの布を開いて中に入ると、二人の先客がいた。

 一人は女性で、青みがかった長髪が特徴的だ。猫を思わせるようなすらりとした体格で、装備も最低限だ。身軽さが売りと全身で表現している。アントンでは縁がないような美人だが、それよりも腰に佩いた細剣に目が行ってしまう。とても戦場には似つかわしくないデザインだ。

 もう一人の男はいやに落ち着いて腕を組んでいる男。体格はアントンより一回り程度大きく、髪を後ろに撫で付けている。神経質そうでアントンとは相性が悪そうな男だが、こちらは背に大きな剣をかけている。



「おっ、3人目の隔離組だね。私、ミレイアよろしくね~」



 女性あらためミレイアは気軽にひらひらと手を振ってくれる。人懐っこい性格のようだ。どう反応していいか分からずに、アントンは素直に応じた。



「俺はアントンです。よろしくお願いします……ところで、何か事情とか分かりますかね? 俺、新人なんですけど」

「ふんっ。馬鹿なやつのようだな。見れば分かるだろうが、そのぐらい」



 相手を苛つかせることに長けた口調だが、元々小物という自覚があるアントンには空回りしていた。へぇへぇそうですかといったところだ。

 それにしても見れば分かる共通点など一つしかない。全員の剣が真っ当な剣では無いということだ。ミレイアの細剣は戦場に向くように思えなく、男の大剣も巨漢が持っていたほうが似合うような代物だ。アントンの剣が外見では一番マトモだろうが、星のような刀身は装飾過多だ。



「全員が魔剣持ち、ですか」



 受付にいた髭の長い老人が、魔剣持ちかそうでないかを見分けていた。そんな魔法があるのかとアントンは驚きより感心した。世の中には不思議なものがいくらでもあるらしい。



「そうなんじゃないかな~って思ってたところに君が来たから確定かな。ねぇねぇどんな剣なの? ちなみに私のは風が起こせるの!」

「強くなりますが、喋りまくって捨てても自動で戻ってきます」

(シシシ……まぁ、そうだけどよ。もっと言い方があるだろ)



 ミレイアは好奇心の塊のような女性らしく、初対面のアントンにも平気で話しをぶちまけて来る。そして、自分についても隠すことは無いようだ。羨ましい気質だとアントンは思う。恥じることはないにせよ、最下層の仕事で口を糊してきたアントンはどこか自分を卑下していることに気づかされた思いだった。



「へぇ~本当に呪われてそうな魔剣だね」

「呪いじゃないらしいですがね。それにしても、魔剣持ちを集めてどうしようっていうんですか? 旦那はなにかご存知無いんですか?」

「知らん。馴れ馴れしく話しかけるな」



 ミレイアを見習ってもう一人の男に話しかけたが、にべもない。彼は名前すら名乗る気はないようだった。神経を尖らせて、魔剣のことすら共有し合う二人を蔑むようですらある。

 

 そうこうしている内に時間は過ぎた。主にミレイアとアントンが話し合っていただけだが、アントンとしては傭兵としてのことなど聞けて満足だった。

 アントン以降、入ってくる人は無く夕方近くになって、正規の騎士に見える甲冑姿が現れた。



「三人……まぁ多い方か。貴様ら、威儀を正せ」

「いぎってなんですか」

「礼儀正しくしろってことだよ、アントン君」



 と言われても、どうすればいいのか分からないアントンは、大剣の男を真似してキリッと直立してみるしかなかった。ミレイアも教えてはくれたが、同じようなものだった。



「傭兵にしては、マシな方だろうな。馬鹿でも分かるように本題から入ろう。お前たち、その魔剣を売るつもりはないか?」

「私の剣は私しか持てません」

「右に同じく」

「捨てても勝手に手元に帰ってきます」



 騎士は舌打ちをして、苛立たしく篭手を打ち合わせていた。



「魔法使い共の言う通りか。よろしい。では貴様らは今日から魔剣第一小隊として活動してもらう。なに、傭兵契約期間のことだ。ただし、我々側から指揮官を派遣する。基本的にこのテントを拠点にして、命令に従えるように備えておけ。以上」



 言うだけ言って騎士はさっさとテントを出ていった。まるで同じ空気を耐えられないかのようだったし、実際そうなのだ。軍団の指揮官は貴族出身者が多かった。彼らは当然に傭兵を見下していたし、アントン達の方も彼が指揮官でなくてホッとしていた。



「嫌なやつ~。来る隊長がマトモな人って期待はしちゃダメかな?」

「期待するのは良いと思いますよ」

「ふん……我々にキツい任務でも割り当てる気か」



 ボソリと聞こえた声にミレイアは素早く反応した。隙を突くように、畳み掛ける。



「あ、話に加わった。ね、名前だけでも教えてよ。やり辛くって仕方が無いよ」

「……ロベルトだ」

「よろしくね、ロベルト君」

「君はよせ」

「まぁまぁ、いいじゃありませんかロベルトの旦那」

「旦那はもっとよせ、ロベルトで良い」



 こうして、魔剣第一小隊が発足した。全員バラバラの人格だが、全員が魔剣を持った部隊。なぜ彼らが集められたか、知る日は遠くないだろう。

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