第四十六話・夢への準備
晴れた空の下で、教団に雇われた人足たちが馬車に荷物を積んでいく。わざわざ雇わずとも兵や騎士にやらせればいいのではないかとアントンなどは思ったりもするが、そうもいかないものらしい。
兵にやらせれば不満がたまるし、騎士はそもそもそんなことはしない。それにこういうところで仕事を斡旋することで、金を回す目的もある。人足たちも信徒であるし、日頃から関わっておいて損はない。
そんな光景を見ながら守護騎士であるアントンはレオノールの近くで突っ立っている。陽を浴びたレオノールの髪は美しく、兵も人足もめったに見れない聖女へちらちらと目線を向けている。
目が合えばレオノールは微笑みながら手を小さく振る。すると、相手は面白いくらいに顔を赤くする。
「あんまり愛想よくすると、勘違いされたりしないか?」
「? 何がです?」
レオノールは自身の美貌からくる影響力に無頓着だ。まぁ以前の旅で分かっていたことなのでアントンも小さなため息をもらすに留まった。
それにしても今回の旅の同行者は多い。術で治療ができる神官を連れて行くのだが、そうした存在は結構貴重らしい。医療団が増えれば、警護の兵も増える。人数が増えれば食糧も増えるというわけで結構な一団と化していた。
「ミゲル殿とグリハルバ卿がついてきてくれるのは有り難いが、ロベルトの旦那とミレイアの姐さんが来れないのは予想外だった……」
当然のことだが、今は彼らには彼らの生活がある。特にロベルトはアカデミーに入るため猛勉強の日々だ。アントンはよくもまぁあんなに集中できるものだと感心してしまう。大金を持っているので働く必要もない。ミレイアはそんなロベルトを手助けしたいようだ。二人は順調に親密になっていっているのだろう。
それは良いことなのだとアントンも思うが、自分より旅慣れていて、いざというときに頼りになる仲間がいないことに不安を感じる。
しかし魂の捕縛者としての仕事だ。結局最後は自分でやるしかあるまい。
「にしても夢の簒奪者ねぇ……ドリームキャッチャーってこういうお守りじゃないのか?」
ルートおばさんの雑貨屋で買った、クモの巣状の魔除けを手にアントンが言う。悪夢や悪霊を捕らえてくれると信じられているお守りだ。ちなみに良い夢は網目を通り抜けたりするとされている。
「さぁ……わたくしも知りませんでした。叔父様は書物で存在を知ったとおっしゃってましたけれども」
「憑依者は?」
「長年の敵として語られていました。実際、国家の中枢にまで入り込んで戦争の形態を変えるほどの影響力も持っていたことですし、目立って当然ともいえますね。それにこちらがわにも出現してたので、失伝するようなこともありませんでした」
「うーん。その夢の簒奪者に俺とカリディスの能力が通用する保証はないんだよな」
その前にどういったものなのか自体が不明だった。生物なのかも分からない。今まで複数回確認されているという情報を信じても、病気や呪いという可能性も捨てきれない。
「セルラト卿などまだいいだろう。我々は特殊な力どころか魔剣すら持っていないのだぞ」
「グリハルバ卿。王国も流石に魔剣を聖堂騎士団に融通してくれないのですね」
相変わらず四角い顔のグリハルバが会話に加わってきた。彼の立派な体格は、兵士たちと並ぶと一回り大きく見えていかにも頼りがいがある。アントンとしてはそのまま兵らを統率して欲しい。
アントンは指揮官としての教育も受けていないし、経験もない。五人ほど面倒を見ることすら難しいだろう。元くず鉄拾いに期待してはいけない。
「炎の魔剣は量産体制に入ったというウワサだが、我々にくれることはない。なにせ教団は戦争中のキスゴルとも関係があるのだからな」
「同時に怪物を作るのも印象が悪くてできませんしね。体が大きすぎて身動きが取れない」
これがヤーバード教団の抱えている問題だろう。近隣の国家全てに影響を与えているが、力が強すぎた。信徒といっても熱狂的な狂信者から、生まれたときからあるのでなんとなく、という人まで様々だ。そして口には出さないが社会的身分が高い人間ほど後者が多い。実際に高位聖職者と接すれば、教団側も信仰心に溢れているわけではないとすぐ分かる。
彼らは教団という強大な存在の中で、勢力を持つに至った人間だ。無能ではないが、単に能力の高い野心家に過ぎない。
結果として、別勢力とみなされるので最新技術などを提供されるはずもなかった。
「我々としては道中の安全を確保することに集中すべきだが、セルラト卿だけは例外的にウナシアーズの街に着いてからも出番があるわけだな」
「神官たちが使う術で解決できることを願うことにしますよ。あとはレオノール……様の奇跡に期待」
「ええと……当然頑張りますが、守護騎士アントンも備えておきませんと」
アントンがどうにかできるのは魂が関わっている時のみだ。現地の神官たちもおかしなものを見たとか言ってはいない。見えない相手とどう戦えというのだろう。
「俺の出番があるとして……これまでは一応相手に肉体があったから、カリディスで俺の中にいれることもできたけど……流石に患者に剣を突き刺すわけにもいかないしなぁ」
「しかし、不思議ですねセルラト卿のその力も」
「ミゲル殿、情報収集はもう良いんで?」
ミゲルも合流してきた。彼は持ち前の人懐っこさで兵や人足たちと会話に花を咲かせていたが、それも終わりらしい。
「情報収集なんて御大層なものじゃありませんがね。いくら聖堂騎士と言ったって化け物と戦う機会があるわけでもない。ああ、でもキスゴルが今は作ってるんでしたっけ、世の中おかしな方向に発展しますね。ともかく、今回みたいな睡眠で不可解な現象が起こるのはちょくちょくあると言うじゃありませんか。というわけでご老人ならなにか知ってると思って色々聞いてきた。ただそれだけですよ。しかし、話を聞けたのは意外でした。といってもなにに役立つかって話だったんですがね」
「今はどんな情報でもありがたいですわ。騎士ミゲル」
「おおぉ~聖女様の願いとあらば!」
ミゲルの長い話が始まった。記憶力が優れているのか話を聞いた老人の一言一句を述べて、そこに自分の感想を加えるので聞いている方は理解が追いつかない。
それでも大まかにはまとめられた。
以前の夢の簒奪者が関わったのは、老人の父親の代だったらしい。小さな町でそれは突然始まり、現在と同じように睡眠や夢見に問題が生じ始めた。不思議と死者は出なかったそうだ。
それでも、働き手が突然眠って長い期間起きなかったり、あるいは眠れなくなったりして、当時の混乱はひどいものだったという。神官の治癒や解呪で治る者もいれば、まるで効果がなかったりと安定しなかったのも問題だった。
しかし、その騒動も始まったときと同じように突然終わりを迎えた。ある日を境に異変はあっさりと消えた。だが解決しなかったわけではなく、今度は隣町で同様の事態が発生したらしい。どこまで行って止まったのかまでは老人も聞いたことがなかったという。
「……病気にも思えるが、夢の簒奪者が移動したようにも思えるな……それなら解決のしようもありそうだが」
「ええ、それに我々の術も役に立ちそうです。騎士ミゲル、ありがとうございました」
「いやいや、これも役目のようなもの。騎士たるもの剣を振れば良いってものじゃないと以前、グリハルバ卿も語られていましたし……」
ミゲルの長くなりそうな話は準備が終わったという言葉で遮られた。




