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第四十三話・褒美

 とりあえず今日のところは大神殿の客間に戻ったアントンは、夜にロベルトに相談を持ちかけていた。ついでに簡単なカードゲームを習ったりしている。

 今やっているのは魔女抜きという遊びで、魔女のカードを抜いたら負けというシンプルなもので、これならアントンにも理解できる。



「国王陛下が俺の取り扱いに興味を持たれている……ってどう思いますか、旦那」

「確かにお前よりは世の中を渡ってきたが、なんでも知っているわけではないぞ。まぁ俺でも予想がつくことといえば、教会とのバランスと信賞必罰か」



 ロベルトの手札から一枚抜くアントン。普通のカードだったので安堵する。アントンにとってロベルトは頼れる兄貴分だったが、ポーカーフェイスを使いこなすのでこうした遊びでも強かった。全く動じないので、正解がどれか判断がつかない。



「お前は自己評価が低いが、もう歴戦の騎士と言っていいだろう。そして、今回あげた功績が世俗の側でも評価せざるを得ないなら教団に負けじと報酬を出す。そして、王宮は貴族社会だからな。平民出の英雄なぞいらないから、取り込もうとするといったところだろう」

「げぇ……取り込もうってまさか俺に……」

「適当な爵位でもやるんじゃないか? レオノールの守護騎士が平民ではまずいとかなんとか理屈をつけて」



 とんでもないことだ。アントンはもう教会の報酬を貰っている。生きていくのにもう十分なのだ。そこに貴族がどうのと加わってくると目が回ってしまう。今まで考えたことも無かったが、王様と教会の命令が違っていたらどちらに従えば良いのだろう?

 ロベルトはあっさりと普通のカードを引いて、平然としている。



「まぁ単純に教団に配慮して、ということも考えられるから貴族がどうとかは考えなくていいんじゃないか? エルドヘルスは一国だが、ヤーバード教団は世界中に影響力を持つ。機嫌を損ねないようにもするだろう」



 そう考えると、あの教皇は恐ろしい人だと今更ながらに思えてしまう。気さくに話しかけてきたが、アントンを気に入らない場合即座に切り捨ててしまえるのだ。

 やはり偉い人には関わらずに生きていきたいものだと思ってしまう。レオノールに関わっている時点で、無理だということは考えないようにする。



「ロベルトの旦那は貴族になりたいですか?」

「微妙だな。俺は今回の報酬を元手に、アカデミーに入って学者を目指すつもりだ。貴族のほうが有利ということは承知しているから、貰えるならば役に立つだろうが……夢として実力一本で勝負というのも捨てきれない」

「まぁロベルトの旦那は学者似合いそうな気がしますね。えらく武闘派な学者もあったもんですが」



 アントンが想像した絵姿だと教鞭の代わりに、大剣を持って教壇に立つロベルトの姿になっている。学者がなにをするかなど知らないので、真っ先に浮かんだのが教師だったのだ。

 神経質そうに見えるロベルトの外見と口調だが、厳しく教えるイメージにぴったりだ。実際にはそんなことはなく、気のいい人物なのだが親しくならないとそこはわからない。



「ミレイアはしばらく王都を堪能し尽くすとか言ってたな」



 それは口実で実際はロベルトと近い位置にいたいだけでは? そう推測できるぐらいにはアントンの情緒も成長していた。思えばミレイアはよくロベルトの横に座っていたし、会話も掛け合いのようだった。

 自分とレオノールの関係については複雑過ぎてまだ解明できていないが、そのうち気づくだろう。



「……なんか魔剣第一小隊解散かと思ってましたけど、結局全員王都に残りそうな気がしてきましたね」

「世間は広いようで狭いな。ほら、さっさと引け」



 アントンはロベルトの手札から一枚抜いた。魔女のカードだった。これで十連敗である。カードを放り投げてベッドに倒れ込んだ。



「夜番に備えて寝ます」

「ああ、負け分は今度払えよ?」



 次の日の朝、いつも通りレオノールを待っていると登城命令を持った騎士が現れてアントンは連れ去られることになった。

 半ば予期していたとはいえ早すぎやしないかと、不満が顔に出た。おまけに命令はアントンだけを指名したものだったので、更にだ。


 大した距離でもないのに馬車に詰め込まれて運ばれる。次第に王城の姿が見えてきた。白亜の城というが、昔は確かにそうだったのだろう。だが、長い年月に城は少しすすけて見えた。

 縦に長い城を見て、キスゴルの王宮みたいに低いほうが外見は良くなりそうだなとアントンは思った。



(それにしても、エルドヘルスは高い方が偉いという考えなのだな)

(シシシ……それを俺たちに言われてもな。剣は鞘があれば住む場所にはこだわる必要はないからな。気楽でいいぞ)



 対抗心からかワイラネス城は大神殿よりもさらに高いようだった。先にこちらを見ていればアントンも感銘を受けたかもしれないが、今となっては住みにくそうだという感想になってしまう。


 アントンは騎士に案内され、謁見待ちの椅子に座った。すぐ謁見できないのに朝早くから呼び出されたが、こうしたことは珍しくないらしい。横に並んでいる大商人や貴族の話から聞けたのだ。

 このような場合、王が軽々しく会っては王族が暇だと思われる。だが、できるだけ早く会いたい。なので待機させるような形になるのだと。

 幸い、アントンは待つのが苦ではない。くず鉄拾い時代のことを考えればなにほどのこともないし、今はカリディスが身体強化してくれている。


 さて、王様はどういった人なのだろうと知りたかったアントンだが、流石に横に並んでいる人にも聞けずに、じりじりと待った。そして、ようやくアントンの番が回ってきた。

 緊張がなくなっているのは、待っている時間が長すぎたためだろう。礼儀など気にすることもなくなっていた。

 謁見の間に入ると、教皇の間とさして変わらない造りだった。だが、灯りが多く灯され、玉座は一段と高くなっている。そして、周囲に人が多い。貴族や側近なのだろう。

 赤いカーペットを進み、適当な距離で片膝をつく。適正距離が知りたかったが、知らないので少しばかり離れた位置にした。



「守護騎士アントン。憑依者(ソウルチェンジャー)捕縛の任、大義であった」

「はっ。ありがとうございます」



 国王は白いあごひげを長く伸ばした老人だった。顔は細く、来ている衣服は装飾で重そうだ。服に負けて骨が折れるんじゃないかと、要らぬ心配をしてしまいそうになる。



「それに対する褒美として、汝に騎士爵位を授ける」



 国王は重そうに立ち上がると、近衛が差し出した剣を取り、アントンへと近寄り肩を剣の平でニ度叩いた。

 それと同時に周囲の貴族たちからパラパラと拍手が起きる。



「貴族としての心構えは専門の者に聞くが良い。若き才能が見出され余は満足である。これからの働きに期待する」



 アントンは深く頭を下げ、退出を促される。待った時間に比べて、儀式は極めて短かった。王が新しい貴族に対して、それほど時間をかけてはならないという側面もあるのだろう。


 アントンが退出すると、一人の役人が待ち構えていた。きっちりとした礼装姿で、こちらに向かって軽く頭を下げた。



「どうも、アントンです」

「私、フアンと申します。貴族はあまり下手にでないものですよ。時には上の位階の者に対しても毅然とした態度をとる必要があります。慣れないかとは思いますが、マナーやルールにはしたがって貰わなければなりません。これから説明いたしますことを念頭に置いて行動されるますように。さ、こちらへ」



 また面倒なことになったなと、我が身を嘆きながらアントンはフアンに着いていき、説明……というより講義を受けることになった。

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