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第四十話・大神殿

 エルドヘルス首都ワイラネス。そこは以前訪れたキスゴルの首都のように雑多な街では無かった。道という道は全て石材で舗装され、家屋は整然と並んでいる。人通りも秩序だったもので、遅い代わりに人混みに流されることもない。

 そして道自体が広い。エルドヘルス様式の町並みを広げに広げたという印象だ。



「ふわあ。今日が何かのお祭りってわけじゃないんだよね」

「ピンカードと比べるなよ……一国の首都なんだし、これぐらいが普通なんだろうさ」

「しょうがないじゃない。他の街って初めて見るんだから」

「キスゴルの首都は人通りって意味じゃ、川みたいだったぞ」



 お上りさん丸出しのタニヤをたしなめはしたものの、アントンもそう経験があるわけではない。というより旅人でもない限り、生まれた地から出る人の方が少ない。一行のなかではレオノール以外に首都を知っている者もいなかった。



「ロベルトの旦那でも来たことはないんですか?」

「ああ。知識としては知っているがな。流しの傭兵の仕事が首都にあったら国家存亡の危機だろう。とはいっても貴族や商人の護衛といった……いわば定着した傭兵はいるらしい。昔、その手の仕事をしていたという老兵と会ったことがある。いずれにせよ人脈が無ければ来ることはない街だ」

「ミレイアの姐さんは?」

「ない! けど、やっぱり憧れはあったよね。装飾品とかの流行は全部この街から始まるんだもの。私達のところに来るのはずっと後だったけどさ」

「レオノールはやはり神殿とかにこもりきりだったのか?」

「式典などがありますから、王城と往復するような生活でしたね。もちろん道などは知っておりますけれど」



 色々と夢はふくらむが、今回の街での活動は随分と堅苦しいものになりそうだった。レオノールが遊び場や商業区画などに詳しいはずがない。随分と親しくさせてもらってはいるものの、彼女はヤーバード教団の頂点に立つ身なのだ。

 そしてアントンはその守護騎士で、タニヤは侍女である。もしかすると王城に入ることすらあり得ると考えると、アントンはあまり楽しい気分ではなくなるのだった。神殿の総本山に、国家の中枢。そんなものは外から眺めるのが一番良いのだ。



「とりあえず神殿区画に行って、観光はそれから……ということにしたいと思いますが」

「賛成。あとに何か控えてると存分に楽しめないものねー」



 訂正。ミレイアやロベルトは街にも用事があるらしい。となると堅苦しいのはアントンとタニヤだけになる。同じ傭兵だったはずなのに違いが出てしまい、アントンは少し寂しくなった。だが、カリディスに閉じ込めたままの憑依者(ソウルチェンジャー)のこともある。早めに解決するにこしたことはなかった。


 レオノールの指示通りに馬車を動かし、到着した神殿区画。そこにある大神殿を見て、アントン達は間抜けな顔をさらしてしまう。

 壁に装飾があるのも見事なのだが、それよりも圧倒的な大きさ……それも高さから来ているのを見てあっけにとられてしまう。なんだこれは? 城か? という具合だ。

 キスゴルの王城は広くはあったが、高さがそれほどでもなかったので度肝を抜かれてしまう。



「ここがワイラネス大神殿です。ちょっとしたものでしょう?」

「ちょっとか?」

「色んな街の神殿を見てきたけど、これは……」



 レオノールの浮世離れした感覚に全員がちょっと引いてしまう。彼女からすればこれが実家なのだ。それで謙虚に育ったことが奇跡に近い。よくもまぁ平気で野宿したりできたものだ。



「まぁ……なんかもういいや。報酬貰うのに入らないといけないし。それに人通りを見てると一般の信徒も多く入っていくな」

「そうでなくては意味がありませんから。ここもあくまで神の家の一つです。流石に教皇猊下の間などには自由に入れませんけど」



 意外にも一番早く復帰したのはアントンだった。アントンはこれからもレオノールに付き合っていかなければならないのだ。ここで尻込みしたところでどうしようもない。


 荷馬車を入れる場所を確認して、一行は大神殿の間に入ることにした。


 外観に比べれば中は比較的普通だった。長椅子がやたらと多いのと豪華なステンドグラスが中を彩っていて、参拝者達はぬかずいていたり、説教を待ちわびていたりと思い思いに過ごしている。


 そんな人々の間を通り抜け、レオノールは奥の扉へとずんずんと突き進んでいく。アントン達も後に続くが、もう何も考えずにレオノールに付き従っている。



「止まれ、ここは一般の者は通れない」

「レオノールです。通しなさい」

「こっこれは聖女様! お召し物が巡礼者のものなので気づかず……」

「構いません。人を見かけで判断するのはいかがなものかと思いますが、人は誰しも間違いをおかすものです。後ろの方たちも客人です。通らせてもらいますよ」

「はっ!」



 レオノールが特権を行使したのを初めて見た一行は、意外な面を見せられてますます思考停止していた。共に旅するレオノールはあくまで謙虚そのものだったが、この大神殿では違うらしい。

 カリディスの身体強化がなければ地獄のような長さの階段を上っていく。ミレイアはともかく、ロベルトは大剣を背負っているので難儀そうだ。



「こちらの塔は尼僧用で反対側は男性の方が使う塔になっています。礼拝堂の上の階が教皇猊下の間ですね」

「その理屈でいうと……レオノールの部屋は最上階にあったりするのか」

「正解です。それとここは本来男子禁制なのでロベルトさんは静かにしていてくださいね」

「アントンはいいのか」

「守護騎士なので大丈夫です。男性が全くいないわけではなくて、修道騎士や神殿騎士団の方が何名かいますね。肩身は狭そうですが」



 それは気の毒に……とアントンは勝手に同情してしまった。自分もレオノールの守護騎士なため、王との謁見から寝ずの番にと居心地の悪い思いをするからであった。実際のところは彼らは交代して警備するし、特別手当なども出るのでまったく違うのだが。


 そうして各階の説明を受けながら、上る時間は一行には長く感じられた。だが、それも終点が来た。塔の四階か五階に相当する位置にレオノールの居室はあった。

 階段から出るといくつかの部屋があり、他の階とは違って静けさが満ちていた。



「聖女様、お帰りをお待ちしておりました」



 アントンは驚いた。廊下の端に一人の尼僧が立っていたのだが、それに全く気づかなかったのだ。この人物が刺客だったらと思うと、恐ろしい。なにせカリディスがもたらす超感覚ですらすり抜けたのだ。



「ビックリしたぁ。誰もいないのかと思ったもの」

「なにか特殊な武術を身につけているようだな。さすがは聖女様のお付きということだ」



 口には出さなかったがアントンは俺、いらなくないか? と少しばかり疑問に思ったほどだ。



「イサベル、来ていたのですね」

「このイサベル、未熟な身とはいえ聖女様の動向はしっかりと把握しております。ですがご帰還の前に手紙の一つぐらい出された方がよろしかったかと」



 イサベルはきっちりとした黒髪に、隙なく黒の尼僧服を着込んだ女性としては背の高い人物だった。レオノールにそうそう劣らない美形だが、表情がまったくないので不気味な印象を人に与える。



「そうですね。でも叔父様に余計なご負担をかけたくなかったのです。今から一ヶ月ぐらいでお会いできるでしょうか」

「勝手ながら詳細を報告しております。明日にはお会いになれるでしょう」

「流石はイサベル。では今日は湯浴みしておこうかしら。客間の準備は?」

「殿方の部屋もお嬢様がたの部屋も使えるようにしてあります。とは申しても一度も使われたことのない部屋です。不備があれば遠慮なく申し付けてください」



 有能従者イサベルによってあれよこれよと準備が整えられていく。流されるままに過ぎ去っていくが、『叔父様』とやらが誰なのかおぼろげながら感じ取って、全員は一応装備を磨いておくことにした。

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