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第三十七話・里帰り

 首都ワイラネスに行く際、ピンカードに寄っても構わないか。アントンの提案はすんなり受け入れられた。最短経路からさほど離れているわけでもないし、補給のために街や村に寄るのは必須だというのがロベルトの許可を引き出した。


 皆で再び買い揃えた物資を荷馬車に載せながら、重さが増えることに嫌気がさしているような馬の頭を撫でる。今度は仕方ないというような顔になった。



「思えば最後に取り替えてから、こいつらも結構働かせていますね。大丈夫でしょうか」

「帰りはさほど急がんから大丈夫だろう。この神殿には鍛えられた馬はいなかったし、最後まで世話になるかもしれんな」

「そういえばアントン君、騎士になったんだから貰っちゃえば?」

「ふふっ、どちらにしましょうか」

「片方にアントンが乗って、片方はレオノールが乗ればよかろうさ。ここまで来ればコイツラも仲間のようなものだからな。ところでアントンは乗馬できるのか?」



 顔つきからは読み取れないが、ロベルトは馬を丁寧に扱っていた。案外、動物に愛着が湧くタイプなのかもしれない。



「できるわけないでしょう。こちとらロバもいない貧乏孤児院の出ですよ」

「なら、誰かに習わんとな。レオノールは女性乗りだろう?」

「いえ、火急のときのために男性乗りも一応はできますよ。実際にそこまで急ぐことは無かったですが」

「良かったな、アントン。外で笑われなくて済みそうだぞ」

「身内には笑われるんですね……」



 アントンも自覚はあるが、アントンの技術は尖っている(・・・・・)。それはアントンが旅を始めた際、全くの凡人以下だったからだ。

 槍衾のように槍を突き出すこともできない代わりに、憑依者(ソウルチェンジャー)と戦えるまでの剣技を身に着けた。試験一つ受けたこともないが、古代神聖文字の読み書きまでできるようになった。騎士として見習いを経ていない代わりに、守護騎士としての作法を身に着けている。

 だが、荷馬車に乗って旅していたため馬にも乗れない。徹底的に魂の捕縛者(ソウルキャッチャー)としての運命を果たすための能力だけが突出している。


 アントンは考える。冷静になればほとんどのことはレオノールに教わってきている。ひょっとして一生尻に敷かれる人生なのでは……今度も馬の乗り方を教わらなければならない。



「ロベルトの旦那かミレイアの姐さんは……」

「乗れるわけないだろう。平民だ」

「右におなーじ」



 こうして、アントンの日課に乗馬の訓練が加わることになった。

 道中の村で古いあぶみと鞍を譲ってもらい、移動しない夜間に訓練するのだ。と言っても昼は荷馬車を動かして貰っているので、あまり無理はさせないように短時間だけだ。

 アントンを困惑させたのは自分の古着を馬に嗅がせる訓練で、これで馬に乗りやすくなるとのことだったが半信半疑だった。


 そんなことに時間を費やしながら、一行はピンカードに向かった。ピンカードまではテレシクアからさほどの距離はない。アントンが馬で駆け足をこなせるようになる前に着いてしまった。



「わが麗しの故郷と言えるほど、発展してないなぁ」

「まぁ旅で回った都市に比べればな。頑丈そうではあるが……なんというか寂しい街だな」

「治安、あんまり良くなかったでしょ。そういう街ってこういうふうに曇ってるような雰囲気を出すようなものだよ。結構あるよ?」



 だが中に入ると、以前とは違う点も多かった。冒険者組合から出てくる人は真面目そうな人々になっている。以前のようなならず者的な印象は建物からも、冒険者からも受けなかった。

 次に兵士が多くなっており、昔の建造物を補修していた。テレシクアが落ちた場合に備えているように見える。

 再び訪れた故郷は剣呑ながらも活気をおびているようだった。人が増えれば商人も増える。



「治安めっちゃよくなってました……」

「どうやら有事の際の第二次防衛線と考えられるようになったようだな」

「こうなると、くず鉄拾いなんてもういないかもしれないな……」



 良いことだろう。アントンの知る限り、汚くて実入りの少ない職業だった。喉元過ぎて熱さを忘れてしまったのか。アントンは微妙に憂い顔になっていた。

 ひょっとして自分はあの時を懐かしく思っているのだろうか? そう考えると何もかもがおかしかった。望んで得た仕事ではないが、今の仕事になってからのほうが余程充実している。郷愁でおかしくなっているのだろうと、アントンは結論づけたが、昔のピンカードの残影は消えなかった。


 こんこんと肩のポールドロンを叩かれて見返すと、レオノールが不思議そうな顔をしていた。



「守護騎士アントン、貴方は軽装の方を好むのに、今日は甲冑姿なのですね」

「あー、そうだな。シスターたちが、俺を一目見ていい暮らしをしていると分かるようにな。旅はまだ続くのに心配されたらかなわん」

「あはは、見栄張っちゃって」

「ミレイアの姐さんだってみすぼらしい暮らしをしていたんだな、とか思われたら嫌でしょうが」

「あー、まぁそうだね。故郷に帰るときに考えるよ。ドレスと鎧のどっちがいいかとかね」



 そうこうしているうちに孤児院の前にたどり着く。柵の外側に荷馬車をつけて、アントンとレオノールが降りた。



「姐さん? 旦那?」

「俺はここで荷を守っている。馬が逃げたりしないとも限らんしな」

「私は単純にパス。湿っぽいのは好きじゃないからね」



 頷いて、レオノールと二人歩き出す。孤児院の建物は相変わらずだった。この街の建物らしく、外側は無駄に頑丈そうだが修理とかはした様子が無い。

 その代わり以前とは違って建物の前が農家よろしく、畑に変わっている。そこでクワを振るう一人の男を見つけた。男と表現するよりは少年と言って良い年齢だというのは顔立ちで分かった。



「あの……」



 その困惑した高い声で誰かわかった。だが信じられなくて、アントンは少し戸惑いながら聞いた。



「もしかして、ジミーか?」



 かつて孤児院で暮らしていた時の、年少組の一人。だがあり得ないだろう。ジミーと同じ声をした少年はアントンよりわずかに低い程度の身長だった。一年かそこらでこうも背が伸びるものか?

 少年も口を開けてまさか、という顔をしている。



「え……兄ちゃん?」

「本当にジミーか! こんな急成長する人間がいるのか!? そうだよ、アントンだよ!」



 ジミーは土にまみれた自分の姿を気にしていたが、アントンは構わず弟分を抱きしめた。後ろでレオノールが涙を流していた。



「シスターとサニーは元気か?」

「元気だよ。でもシスターは腰が曲がっちゃって、俺が畑に出るようになったんだよ。なんか食べ物が急に良くなって。それから一気に背が伸びたんだ。今じゃ皆、力仕事を俺に任せようとしてくるんだ」



 ヤーバード教団が約束した支援は、ちゃんと支給されたらしい。食べ物が良くなったというのはそれが理由だろう。しかし、実質的に国の支援だというのに、けちくさいなと思っているとジミーがニヤニヤしていた。



「きっと驚くよ、兄ちゃん。皆も驚くと思うけど」



 扉を開けて孤児院の中に入ると、その理由が分かった。子どもたちが金切り声を上げながら走り回っている。アントンは驚き半分、呆れ半分だった。シスターは貰えるようになった援助金で引き取る子どもたちを増やしたらしい。



「これはまた……シスターらしいといえばそうなんだろうが」

「取り囲まれないうちに礼拝堂に行こう。シスターとサニーはそこで過ごしていることが多いんだ」



 取り囲まれないようにというのが、まず無理だった。アントンとレオノールはあっという間に子供たちの質問攻めにあっていた。

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