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第三十四話・雷速と砲撃

 ホアキンの様子は明らかにおかしかった。体をふらふらと揺らめかせながら、どこを見ているか分からない目は血走っている。甲冑からは奇妙な音が聞こえてくる。


 ――ああ、彼はもう戻れない。


 事情を知らない者でさえそう思っただろう。



「これが変化か。前に敗れたなら単純にさらなる改良をほどこす。こんなものの先に世界の良い変化があるとは思えない……」



 アントンはホアキンが嫌いだったし、仲間たちもそうだろう。だが憎むべき対象になっても、憐れむような存在になって欲しかったわけではない。

 ホアキンが雷の魔剣を振り上げる。そして、唇から漏れ出た言葉は驚いたことに静謐だった。



「勝負だ。これからお前達と戦って勝っても私に未来は無い……私は結局憑依者(ソウルチェンジャー)の傀儡に過ぎなかった。だが、せめて愚かでも騎士として戦い抜く。結局のところ、そうしておけば良かったのだ」



 たとえ他人に蔑みの目で見られても、人として武勲を立てて見返すべきだった。近道を欲した己が馬鹿だったのだとホアキンは自嘲する。だが、それが責められることだろうか? 誰しも生まれたときから特別な存在で物語を紡げたらどれほど良いだろう。



「だから、やはりお前はおかしなやつだよ、アントン。特別に生まれついて、英雄譚の主役になったというのに、それが喜べない」

「よく分かりませんがね……人が憧れるのは物語の中の英雄でしょ。現実の英雄じゃない。腹が減って辛いとか、死にたくないとかそういった面まで想像がいっていない」



 ああ、だからこそ……お互いが逆であればよかった。

 カリディスを薙刀状にしたまま、にらみ合う。四対一の勝負だというのに、ホアキンはアントンしか見ていないようだった。



「雷速!」



 ホアキンが叫ぶと同時に、アントンは全力でカリディスを回転させた。ホアキンの動きはまったく目に映らなかった。完全に勘だったが、アントンは移動先に円を作ることで回避に成功した。ホアキンはアントンの斜め後ろに立っていた。



「ちょっと! 今の何!?」

「雷速……文字通り、自分を雷のように素早くできるのか……」

「でも、欠点もあります。どうやら直線に動く以外は、ほとんど調整できないようですね。剣を盾にすれば自滅させられるか、防げるはずです。レオノール!」

「はい! 四方の天蓋!」



 レオノールの呪文と仕草に合わせて四方を光の膜が覆っていく。それはアントンとレオノールが研究で復活させた魔法。優しい柔らかな膜を形成する術だった。広範囲をカバーできる檻ではあるが、術者は中にいなければならないし、攻撃性は皆無だ。



「これで逃げられることはありません……! 大きく距離をあけられることも!」

「逃げる気などないっ……!」



 ホアキンは果敢にアントンと打ち結ぶ。信じられないような膂力だった。アントンはカリディスで強化され、武器は長物になっているのだ。だというのに悲鳴をあげるのはアントンの肉と骨だった。



「これが闇の力だ……! 努力もなしに改造することで、たやすく人間を超える力を手に入れられる! お前に勝ち目はない!」

お前ら(・・・)なら、どうだ?」



 ミレイアとロベルトが左右から剣を振るう。アントンにかかりきりだったホアキンはもろにそれを受けるが……それを考慮していないはずがなかった。

 ミレイアの細剣はそのままホアキンの肉を突きえぐり、ロベルトの大剣は篭手と押し合っていた。



「変化の力! 魔剣ほど特化してはいないが、甲冑の硬さも強化されている」

「それがどうしたぁっ!」



 アントンが攻勢に出る。左右の攻撃でホアキンの体勢はいびつなものになっている。カーシー・カリディスがホアキンを滅多打ちにする。強化で上回ったといえど、ホアキンにとっても無視できない威力だ。ホアキンが無理やり後退する。その過程で左右から肉をえぐられ、正面から浅く斬られたが、溜めの体勢を取ることに成功している。


 雷速が来る。防げるのはアントンのみ。この状況下で……



「「必ず命運をともにすると誓ったんだ」」



 レオノールから溢れる光の奔流。それは先程、壁を作ったときと同じ原理で物質的な硬さを帯びていく。それがカリディスの刀身を覆っていく。

 それはまるで歪な魔剣が聖剣へと至る儀式のよう。カリディスを四角く囲う輝きは光の力であり、中に収めるは邪悪の魂。



「雷速っ……!」



 肉体に無理をもたらすのか、ホアキンは再度の雷速に時間をかけていた。だがそれだけではないだろう。奇怪な輝きを放つアントンとレオノールへと、それを凌駕すべく真っ向勝負のために力をこめている。

 運命に翻弄され、ホアキンは初めて正しく騎士になれたのだろう。


「「穿て! 祝福の道!」」



 まさに雷速をはじき出したホアキンに向かって、光と闇の反発を利用した一撃が出迎える。それは砲撃(・・)。カリディスが取り込んだカーシーの邪なる魂。そこから生み出された刀身が発射(・・)された。


 激突の一瞬、ホアキンは確かにその剣で拮抗したが、押し負けて弾かれた。



「はは……は……やっぱり、そっちが良かったな」



 皮肉げな笑みを浮かべた後、必殺の砲撃を受けたホアキンは遠く離れた壁にはりつけとなった。長い腐れ縁の終焉はどこまでも後味の悪さを残した。

 アントンは剣の四方を囲む光の壁が剥がれ落ちた時、誰に言うことなく城館に足を踏み入れる。ここに憑依者(ソウルチェンジャー)がいるはずだ。魂の捕縛者(ソウルキャッチャー)としての使命を果たさなければならない。



「俺たちは取り込まれないよう、ここで待つ。それでいいんだな?」

「はい。万が一憑依者(ソウルチェンジャー)がロベルト殿とミレイアさんに取り憑くようなことは避けたいので」

「二人とも、気をつけてね。ここまで来たら首尾よく終わらないとね~」



 先輩二人に激励され、アントンとレオノールは静かに頷いた。ここからは自分たちの運命だ。そう生まれついたという鎖に縛られて戦いの場に臨む。

 城館の中は静まり返っていた。灯りは最小限にしてあるのか、単なる演出か。ぼうっと進む道を示すようになっている。



「人の気配が無いな……だけど、ここまでくれば分かる。いるな」

「配下の者を連れていないということは、どういうことでしょうか?」



 声は反響して、不気味さを煽る。心臓の鼓動さえうるさく感じる。光はニ階へと二人を導いているようだった。


 城館の応接間らしき場所にたどり着く、そこにはヴェールを被った女が一人で待ち構えていた。間違いない。この人物こそが……



憑依者(ソウルチェンジャー)ーーーっ!」

「おやおや、話をする時間もなしですか」



 カリディスによる斬撃は軽くかわされた。まるでダンスのような動きでするりするりと攻撃の網目を縫っていく。



「まずは称賛しておきましょう、魂の捕縛者(ソウルキャッチャー)。よくホアキンを倒しました。もはや人の手におえる性能ではなかったはずですが、あのような手段を用いるとは歴代でも貴方ぐらいのものでしょうね」

「そりゃどうも!」

「そして聖女殿、とうに失伝させた(・・・)はずの魔法を復活させるとは、久方ぶりの光景に懐かしくなりましたよ」

「馬鹿にして……! 四方の天蓋!」



 再び光の壁が柔らかに応接の間を包もうとするが、それが完成する前に〈四方の天蓋〉は粉々に砕け散った。



「なぜ!?」

「それはいけないのでね。実を言えばその術は私が聖女の時(・・・・)に作ったものなのですよ。突けば壊れるところをあらかじめ用意してあるのです」

「ならば剣術で押し切って……」

「そうですね。そろそろこの体もガタが来ているところですし……用意していたんですよ」



 アントンのカリディスが憑依者(ソウルチェンジャー)の頭にめり込んだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ~ホアキンが左右から肉をえぐられ、正面から浅く斬られた無茶を行って後退する。 文のつながりが少しおかしいように感じます。前の記述は既にホアキンに起こっていることなのと、無茶の内容が書か…
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