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第二十八話・キスゴル王

 謁見に備えて、礼儀作法に四苦八苦するのはアントンだけだった。ロベルトとミレイアは謁見に行かないらしく、城内での最低限の振る舞いだけで済んだのだ。

 まず、レオノールと腕を組んで歩くというのもアントンには何となく気恥ずかしかった。レオノールの以前の反応や、カーン教区長の伴侶なる呼び方も、こうした場での振る舞いから来ていたのだ。


 しかも王城に入るのに必要なのは礼儀作法だけではなかった。衣装まで求められた。これには全員が閉口した。元々傭兵は日頃から邪魔にならないような装備をしている。アントンのレザーアーマーも変更を余儀なくされた。



「あのぉ……俺がこれ身につけるんですか? 本当に?」

「幾つか持って来ていますから、試着の上で選びます」



 カーンが集めた仕立て屋の服とは別に、アントンは立派な鎧に難儀することになった。騎士鎧一式となれば本職の騎士でもそうそう気軽に買えるものではない。ヤーバード教団の資金は一体どれほど潤沢なのだろうかと思わせた。


 楽しそうなのは柔らかな生地に喜ぶミレイアだけだ。レオノールは専用の儀礼服……ドレスとヴェールにヤーバードを示す印を散りばめたもの……なので随分と着慣れている様子だった。



「痛っ! 重さはカリディスでどうにかなるけどさぁ……」



 金属の鎧は関節部分で肉を挟み、時折アントンを苦しめた。体格も足りていないため、着慣れない鎧下にさらに綿服が加わってアントンは自分が着ぶくれでぬいぐるみになったような感覚を味わった。

 鎧を持ってきた店の店員は色は黒が良いか、白が良いかで悩んでいた。



「聖女の守護騎士って触れ込みなんだし、仕方ないでしょ。私達は王様の前に出ないし、気楽で良いわ。それにしてもロベルトの貴族服の似合わないこと!」

「それは貴族じゃないんだから当たり前だ。それより俺達も剣の鞘が残ってるぞ。状況を考えれば持っていかないわけにはいかないしな。その着心地の良いドレスとやらに帯剣が似合うか疑問だ」

「それはそのままお返しするわ。私は細剣だからいいけど、その大剣をどうやって持ち込むのやらね」



 ロベルトとミレイアは互いの服装でやりあっている。アントンは最近ではこうした喧嘩を止める気も起きない。仲が良いからじゃれあっているようなものだ。

 そう考えていると予想外の方向から要望が入った。



(シシシ……鞘は黒が良いな。俺達の刀身に合っている)

(お前も見栄えとか気にするのか。どうせ俺の意見が通るわけないんだから我慢しろ) 



 その横で選ばれたのは乳白色の甲冑だった。いかにも儀礼用という印象だったが、実用にも耐えうるというのが製作者の言だった。鞘も白で、カリディスに顔があれば憮然としているだろう。


 アントンが試しにカリディス無しで鎧を着せてもらうと、ズシリとした重量感が伝わってくる。実用にも耐えるというのは嘘ではないようだが、転べば二度と起き上がれないのではないかと思われた。背面などは他人に調節してもらわねばならないし、アントンは儀礼以外で装着することは絶対にやめようと考えた。


 それから鞘をあつらえて、いよいよ登城の日となった。城の中に入ることだけでも緊張するものだというのに、憑依者(ソウルチェンジャー)達との接触もありうる。一行は完全に戦闘に臨む心境で城へと向かう。


 キスゴルの王城は他の建物とは違っていた。曲線を描き、丸みを帯びているのは変わらないが、とにかくスケールが大きい。その大きな丸い塔が幾つも並び立っており中央の一際大きなドーム状の建造物に繋がっている。

 宮殿に防壁はなく、見事な庭園を外からでも眺めることができ、開けた印象だった。まるで繁栄を示す箱庭だ。アントン達はエルドヘルスの王城もこのようなモノなのか、と想像を膨らませた。


 レオノールが差し出した腕に、アントンはそっと腕を絡ませる。何かバツの悪いことをしているような気分になりながらも、着慣れない格好でアントンは堂々と歩み始めた。こうなればどうとでもなってしまえという気持ちだ。

 柵扉だけの門についていた二人の衛兵は、双子のような動きで門を開いた。全て承知しているということだ。近衛兵とでもいうのだろうか。たっぷりとした白服の上から胸甲を着用した兵は今日の全ての予定を頭に入れているのだ。


 中もまた豪勢なものだ。教区長カーンの神殿がそうであったように、キスゴルでは富というのは表に出すものなのだ。見る者もそれで相手への対応を変える。アントン一行の格好もそのためだ。

 だが、王城内の雰囲気は開かれたものだった。ひそひそと話すような貴族はおらず、むしろ堂々と値踏みしている。今代の聖女はエルドヘルス出身者だ。ならばどのような人物で、どう近づくのが良いか? 

 キスゴルの貴族とはむしろ商売人のようなものなのだ。



「じゃあ、ここで待ってるよ」

「身の安全を一番に考えろよ。護衛だけでなく自分も守らなければ旅の意味がないのだからな」



 ロベルトとミレイアの二人にアントンは頷きだけで返した。緊張は無かった。レオノールと組んでいる腕が大丈夫だと言っているようで、どちらが護衛やらとおかしさを覚えたのだ。

 謁見の間に入る際にも仰々しい呼ばわりは無い。アントン達が想像していたのとはまるで違う。ただ謁見の間には静けさがあった。

 窓から入る燦々とした光を床に映した大広間で、一段高い場所にその男は座っていた。玉座はその台の上全体ということらしい。斜めになっていかにも気楽そうな目で、ゆったりとした服装をしている。年の頃は五十といったところだろうか、毛がない頭部に深い碧の目をしている。

 この男こそキスゴルを束ねる男にして、周辺諸国から恐れられる……キスゴルのトーバ王である。



「お久しぶりです。陛下」

「こちらこそ、聖女殿。いや~美しくなられた。立場が違わなければ、後宮に入って欲しかったくらいだわ。そして……随分と難しい要件で来られた」



 レオノールは立ったまま、アントンは膝をついている。アントンは二重に驚いていた。国王らしからぬあけすけな物言いと、こちらの目的を既に察している明晰さにだ。



「儂は急ぎがちな人間でな。しかし、それゆえ他を出し抜いてきた。それゆえにもう答えを出すが……憑依者(ソウルチェンジャー)討伐への協力は最低限とさせてもらう。たとえこの王宮内ででも戦うのは自由だが、兵を出したりと協力はせん。まぁ物資の融通ぐらいは当然するがの」

「そんな! 闇の力による穢れが恐ろしくは無いのですか!?」

「穢れというのなら子供の頃にとっくに穢れておるわい。問題はやつらがその闇の力で作り出す怪物達よ。アレは良い商品になる。もちろん厳重に管理する……というよりあやつらの技術を絞りつくさせ、独占する。その話を進めるためのエルドヘルス侵攻よ」



 まぁやつらとの口約束など信じてはいない。その言葉がレオノールとアントンには聞こえた気がした。しかし、国王の考えが成功すれば……あの街での戦場のように世界中が怪物と人が入り交じるものとなる。それはあまり面白い光景とは言えない。



「時に……守護騎士を選んだようですな。それも魔剣の使い手を」

「ええ……彼こそが歴代の騒動に終止符を打ちこんでくれるでしょう」

「面白い、面白い。人の流れは金の流れであると同時に停滞も予測すれば金となる……あやつらシンシア派を装う者共はエルドヘルス侵攻のために前線で研究を続けておる。追うならば急いだほうが良かろうな」



 一方、城内で待っていたロベルトとミレイアの前に意外な人物が立っていた。



「はちみつ色の髪……やはり貴方か。ホアキン元隊長殿」

「よくも顔を出せたものだわ」

「傭兵ロベルトにレディ・ミレイア久しぶりだね。それにしては随分と剣呑な雰囲気だけれど」

「ぬかせよ……刺客だの送ってくれた礼をしてやる」



 薄笑いを浮かべているホアキンだが、どことなく不健康な顔色をしている。


 ロベルトは大鞘を取り払い炎の魔剣を取り出した。ミレイアも続く。中では話し合いが行われている。かつて憑依者(ソウルチェンジャー)が討たれた時、城内で行われた戦いもあった。その例にならって認められるだろうと信じて、二人はかつての隊長と対峙した。

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