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第二十五話・和解

 人間は密集したものを見る際に何らかの感情を抱くが、ミレイアは下を歩く集団を嫌悪感で見た。軍隊でもこうはいかないような揃ったテンポで右手に持った松明の明かりが揺れ動いている。

 まるで何かの儀式だった。いいや、彼らにとっては間違いなく儀式のはずだ。アントン達のいる方向へ向かっているにも関わらず、ゆっくりとしたペースで足並みを崩さない。村に紛れ込んだ異物を排除するための儀式を執り行うつもりでいるのだろう。



「ミレイア! まだか!?」

「こっちに着くまではまだかかるよ! 戦う予定だったけど、逃げたほうがよくない?」

「数はどれくらいだ!」

「五十とかそれぐらい!」



 ロベルトは顔をしかめた。魔剣使いにとって相手取れない数ではないが、敵にはなれる数だ。もちろん相手が兵士などではないからだが、殺さないで相手取るには少しばかり面倒だった。



「よし! 戦うぞ! アントンと俺で防げる!」

「本気ですか旦那。五十対三ですよ。押しつぶされますって」

「村の規模を考えろ。住人がたかだか五十だと思うか? 外に出て取り囲まれるのはゴメンだぞ、俺は。それと……俺達はただの三人ではない」



 壁の恩恵が得られるギリギリのラインまでロベルトとアントンは前に出た。村人たちは無関心で不気味な顔をしながら近づいてくる。その口は何かを歌っていた。


 しーんしあさまがーむーらのおーくでみーつけた。しかのあーしとひーとのからだ。おーびえてにーげるかーれのからだをやさしくつーつんで。



「わぁ、気色が悪い。それじゃ始めるよ、ロベルト君」

「手加減しろよ」

「それは少し難しいかなー」



 ミレイアが空中で剣を突きつけるような姿勢を取ると、大きな風がわき起こり村人たちを襲った。松明の炎が消えたり、大きく揺れて村人たちの服に火をつけた。



「あーあ。全部炎だけ消すつもりだったのに」

「上出来だ。死にはしまい」



 アントン達の側は焚き火が消えておらず、よく村人の側が見えている。村人たちはよほど近づいて来ないと明かりを目にすることができない。

 ロベルトは薪棒で近くの村人を叩き伏せた。準備ができたら一気にということか、そこからできる限り連続で仕掛けていく。

 アントンもまたカリディスの平の部分で相手を昏倒させる。彼らの神秘的衣装は肉体の守りには何ら貢献してくれないらしい。


 驚いたのがレオノールで、厩にあったボロボロのピッチフォークの石突の部分で、アントンの後側から援護していた。

 それでも村人達はこちらを掴もうとする動きを止めない。誰かに操られでもしているかのように、次から次へと挑みかかってくる。

 痛みも勝算も度外視した彼らの動き。そこにアントンは初めて“闇の力”のおぞましさを知った思いだった。熱狂的ですらない静かな執着は、泥のように冷たく足を捕らえているように感じられる。

 あるいはこんな有様を叩き込まれている村人達こそ哀れなのか? ロベルトの手加減は計算によるものだが、レオノールの攻撃参加にはそうした思いが込められている。



「レオノール! 無茶するなよ!」

「大丈夫です! 引き際は心得ていますし……」



 レオノールの持つ棒が曲線を描くように動き、暴徒の頭をしたたかに打ち据えた。打たれた中年男性は目をとろんとさせ、ぐらりと横へ倒れ込んだ。



「殺さない棒術なら自信があります。貴方こそうっかり殺してしまわないよう、注意してくださいね守護騎士アントン」

「やれやれ。とんでもない人の護衛になってしまった……」



 カリディスで相手の腹をたたくと,呻きとともに倒れ込む村人。四つん這いになり胃の中身を吐き出しているところにアントンは顎に蹴りをくれてやった。少し前までやらなかったような容赦の無さは、おぞましさに対する恐怖と嫌悪からだ。

 だが、それでようやくである。確かに気絶させる技ならアントンよりレオノールの方が得意のようだった。



「よし。倒れた村人が段々と向こうの邪魔になってきたな」



 そんな中でただ一人、冷静さを保っているのはロベルトだ。この場で最も恐ろしいのは大挙して駆け寄られることだったが、ミレイアを補助に使うことで最初にそれを封じた。そして、混乱しない相手を無理やり混乱したのと変わらない状態へと持っていく。

 この戦いは初めからロベルトの手のひらの上にあったと言って良い。計算高い傭兵という希少な存在がその能力を発揮した結果だ。



「それにしても、まだ続けるか。狂信というのは恐ろしいな」



 いくら理屈で読み取れても、こうまで躊躇なく行動してくる様子は寒気を呼び起こす。レオノールをしてシンシア派がこうまで苛烈だったと知りはしない。



「アントン君!」



 宙のミレイアの警告が飛んでいなければ、アントンの首はへし折られていたかもしれない。思わずうぉっと叫んで、カリディスで相手を受け止めた。

 力勝負は不利と見たのか、あっさりと相手は距離を取った。その相手は以前戦った存在と酷似していた。



「ヴェールの鹿足……!」



 いつの間にか紛れ込んでいたのか、あるいは最初からいたのか。闇の使徒は信者たちを庇護するように構え、その速力をいつでも発揮できるよう備えていた。

 よく見ると、暴徒達も落ち着きを取り戻して鹿足相手に敬意、あるいは崇拝するような礼を取っていた。



「他にはいないところを見ると、前回の(・・・)闇の眷属がここに根を張るようになったのですね」

「相変わらず喋らないが、あれでどうやって崇拝させたんだ? ともかく、俺の出番だな」



 人外の身体能力相手には同じ手合がぶつかる。するとすぐさまミレイアが地面に降りてきてアントンの穴を埋めた。アントンはカリディスを正面に構え、語りかける。



(ここにアレは一体だけか?)

(シシ……まぁ感じ取れる範囲ではそうだな)



 鹿足が跳ねる。これまで頼もしい防壁だった壁へと飛び、さらにそこから蹴りで一気に一行の後ろを取る。だが、そこには既にアントンが立っていた。

 身体能力を強化するカリディスの恩恵は、鹿足に与えられた肉体を上回る。鹿足の失策はこの場にアントンという魔剣使いがいたことだ。



「初めまして。守護騎士のアントンです」

「……」

「言葉が喋れないのか、喋る気が無いのかハッキリして欲しい。アンタなら分かるはずだろうが、これは今回の(・・・)討伐だ。憑依者(ソウルチェンジャー)にそれほど義理立てする必要があるのか? 折角手に入れた安住の地だろう?」

「……村人達にも危害を加える気がないと? 我らの教えを受けた子らだ」

「そこはそれ。教団の偉い人が考えることであって、実際に旅をしている俺達にその気はないよ。アンタラを全滅させても何か貰えるわけでもなし。守護騎士も俺だけで、他は傭兵だしな」



 喋れるんじゃないかと思いながら、アントンは本音を吐露する。レオノールが討伐を命じた場合でも、従う義理があるのはアントンだけである。

 ここにいるのはあくまで夜になってしまったからだ。彼らが積極的に行動したのも、こちらに聖女がいたからだろう。司祭が無事であるようにヤーバード教団全体に喧嘩を売る気は彼らには(・・・・)無いだろう。これが今代の憑依者(ソウルチェンジャー)の命令な話は変わってくるが。



「どうする? 伸るか反るかだ。こっちの実力は見たとおりだし、必ず勝てるとは言えないぞ」



 こういう交渉事はロベルトの方が向いているとアントンは思う。アントンがやれば控えめに言ってチンピラが威嚇しているように見えるだろう。

 鹿足は熟慮しているようだった。少なくとも粗雑な頭をしてはいないようだ。



「貴様らが村を騒がした場合、あの司祭を殺す。それで良いか」

「こっちも無用の流血は好まない。手加減しながら戦うのも疲れるしな」

「手加減? そうか、そういうことか。では今宵はここまでだ。貴様らは明日には出て行け」



 笛のような音色の鳴き声が響き渡った。村人達は倒れた人々を担いで、あの奇妙な歌を歌いながら離れていく。鹿足もまた、跳躍する。

 ロベルトがススを体から払いながら、近づいてくる。ミレイアは頭の後ろで手を組みながら気楽そうだ。



「まさか話が通じる手合とはな。だったら事前に何か言って欲しかった」

「余程印象が悪かったんじゃない? 前の戦いの時、なにかあったとかさ」

「まぁそんなものだろうな。あるいは、あの鹿足がとんでもない年寄りでシンシア派がどうなったか体験しているとかな。宗教は恐ろしい」

「なんだっていいでさぁ。退いてくれたんだし、散らばってる松明を片付けて交代で寝ましょうよ」



 夜もまだまだ長い。だが朝が来れば、彼らは平穏にいつも通りの暮らしをするのだろう。アントンには不思議とそれが妙に恐ろしい。

 自分達がこれから挑む敵も、あのように強烈な信仰心を抱いているのだろうか。これからの敵の姿を夢想しながら、アントンは夜番をした。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] おお、まさか鹿足が引いてくれるとは。 絶対切った張ったになると思ってたが(*ºωº) 敵にも色々なやつがいるという事かぁ
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