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第二十三話・使命と希望と

 モストからいよいよ出発した一行。ここから北へと街道沿いに進み、首都キスゴルを目指す。その間は小さな町か村しかなく、手厚い補給が受けられるかわからなかったため、モストで得た様々な道具を慎重に一つ残らず馬車に載せる。



「……」



 レオノールは昨日からアントンに対して無言をつらぬいていた。理由が分からないアントンとしてはどうすることもできず、またそんな態度を取られる苛立ちから、こちらも無言になる。荷馬車の中はギスギスした雰囲気になった。



「ねぇねぇ、あの二人なにかあったのかな」

「さぁな。人間関係など放っておくに限る」



 御者台に座るミレイアは実に面白そうだ。彼女の傭兵らしいところは噂好きな点もあるだろう。彼女からすればレオノールが機嫌を悪くしているのは珍しい。となると、何があったか気になる。宗教的な問題であればつまらないが、色恋沙汰なら面白い。この荷馬車には欠けていた事態だ。

 もう一人のロベルトは触らぬ神に祟りなしといったところで、静観を決め込んでいる。色恋沙汰は傭兵にとってご法度だと経験と知識から知っている。事実、彼も男ではあるがミレイアやレオノールをそうした目で見ないようにしている。


 傭兵としては新米な上に特殊な環境ばかりだったアントンは、面白がることも意識から追い出すこともできない。ただ子供のようにむっつりと沈黙に対抗して自分もそうするだけだ。



「ねぇねぇアントン君、何があったの?」

「何があったって言われても……何もなかったよ。故郷の話とかしたりしてたら、突然こんな感じで。ああ、そういえば幼なじみの話になったときからだ」

「幼なじみって女の子?」

「はぁ、確かにそうですけど、よく分かるね」

「うわっ、理由単純!」



 ミレイアの質問に答えていくうちに、レオノールが真っ赤になりぷるぷると震え出した。アントンには分からなかったが、ミレイアにはよく分かっているらしい。

 それもどうやら、からかわれても仕方ない話のようで……ミレイアはひとしきり笑いを堪能した。



「レオノール……俺も頭が冷えた。このままミレイアの姐さんにからかわれるのは良くない。水に流すから、なぜ怒っているのか教えてくれ」

「……守護騎士は一度任命したら一生一緒になるようなものです。いわばけ、け、結婚に近いものがあるのです。わたくしだって一大決心でしたのよ!? だというのに女性の幼なじみがいるなんて……浮気のようなものです!」

「そんなに重大なことだったのに、怒る理由がそれか!? はぁ……何かの本の読みすぎだろ。それにタニヤとはそんな仲じゃない。別け隔てなく接してくれる貴重な人間ではあったがな」

「本当ですの?」

「くどいぞ……ああ、守護騎士がそんなに重いものなんて、なんで事前に教えてくれないのかと、俺が怒りそうだ」



 この時、アントンは初めてレオノールを俗っぽく評価した。白い器のような肌に整った目鼻立ち、髪は金を糸状に櫛ったかのよう。ミレイアが活発で健康的な美しさをしているように好みの違いはあれど、単純に評価するならこれ以上の美人に出くわすことはもう一生ないだろう。

一方でアントンの顔は平凡そのものだ。普通の男なら出会いと結びつきに感謝するところだろう。だが、アントンは平民どころか貧民出身であり身の丈を超えた幸福を懐疑的に見る。



「生きて帰っても波乱づくしだなこりゃ……仕方ない。今後のためにも仲直りして、取り決めでも決めないとなぁ」



 アントンは遠い目で言う。そもそも守護騎士が結婚に似た要素を持つというところも、根気よく調べれば穴があるかもしれない。普通なら喜ぶべきところを喜べない男だ。



「すまない、レオノール。俺の態度が不快にさせてしまったようだが、許してくれ。だが、俺が選ばれた理由や守護騎士について教えてくれ。正直、どうしたら無難なのか分からない」

「……いえ、わたくしも狭量でした。これから一つずつ共に学んでいくことにしましょう」

「あ、無理やり謝って収束させた。つまんなーい」



 ミレイアが口を尖らせて勝手なことを言う。そこでアントンは自分でもあるとは思っていなかった感情に従って、やり返すことにした。



「こっちに注目ばかりして良いんですか? ミレイアの姐さんとロベルトの旦那は進んでいないんですかい?」

「ぶっ……何言ってるのアントン君! ロベルト君のことなんてどうとかないよ!?」

「でも、そっちもペアで活動してますし、ベテラン同士気が通じ合うところもあるんじゃないですかねー?」

「ぐぬ……この新米め……可愛げがなくなってきている!」



 ミレイアは荷馬車の内側に目をやるのをやめて、御者席に座り直した。その横にはロベルトがいる。ロベルトは後ろでの会話に何らの興味も持っていないようだった。



「ロベルト君って、楽しみとかあるの?」

「あるに決まっているだろう。俺だって人間だ。他の者たちからつまらない堅物だと思われていることは知っているが、あくまで他の者達にとってだ。じゃなきゃ多額の報酬目当てにこんな旅は引き受けなかった」

「へー、ちなみにどんな楽しみ?」

「言ったら笑われたことがある。言わん」



 そう言われるとミレイアの興味は増した。思えば、この物静かな男は傭兵としても珍しい人物だ。無駄口を叩かない傭兵は多いが、彼の沈黙はなにか意思が込められているように感じられた。



「うーん。そうだよね……お金を使う楽しみって限られてるもんね」

「その言い方は誤解を招くからやめろ」

「じゃあ教えてくれたって良いじゃん。着飾るわけでもないし、あっちの方に熱心なわけでもない。私みたいにお金自体が好きってわけでもなさそうだし……」

「ふん……大したものじゃない。学問だ」

「学問って学者とかがやってるあの学問?」

「それ以外に何があるんだ。お前は故郷に学び舎がある珍しい街の出だったな。正直言って羨ましいぞ……本に目を通し、論戦を交わす。ああ、そうだ。学者になりたかったんだ、俺は。切った張ったは得意ではあるが、好きではない。笑うか?」



 ミレイアは真剣な顔で首を横に振った。ロベルトの顔も真剣なものだったからだ。ミレイアは朗らかな人物だが、軽薄ではなかった。



「私は……学校でそんな真剣に学んだことなかったな」

「身近にあるとそうなるものだろう。だが、後ろを見てみろ。いかに多くの人々が学びを欲しているか、分かるはずだ」



 荷馬車ではアントンがレオノールから文字を教わっているところだった。守護騎士の役割について教えられてる間に、もっと必要になると気合を入れ直したのだ。



「アントンは必要になったから学んでいる。だが俺は学問を学問として楽しみたい。中央の学舎や賢者に弟子入りするには金が必要だ。もっとも今からでも学びたいから金を使ってしまうこともあるがな」

「……高いもんね、本って」

「ああ、高価だ。だが、今回の仕事を無事に終えれば……」



 その先は言う必要もなかったのだろう。御者席は沈黙に包まれた。ミレイアはこの中で自分こそが一番場違いなのではないかと思い始めた。

 運命に立ち向かおうとしているアントンとレオノール。将来の夢を持っていたロベルト。だがミレイアにはそんな高尚な理由などなかった。なんとなく惨めな気分になってミレイアは膝を丸めた。

 しかし、そんな落ち込みは自分には似合わない。



「だったら私はそういう人を応援するような立場になるかな! なにか夢とか使命を持った人を支援するような仕組み!」

「それはまた……果てしない金がいるな」

「いやー、これでヤーバード教団と繋がりもできたしさぁ。上手くやればできる気がするんだよね!」

「まぁなんにせよ生き残って報酬を手にしてからだな」

「おーし! やる気が出てきた!」



 ミレイアは荷馬車の速度を上げようとして、ロベルトから止められた。

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