第二十二話・幼なじみと聖女
憑依者が、魂の捕縛者の成れの果て。その考えはアントンの感覚から導き出したものだ
なにせ自分の中に魂を取り込むことができるのだ。それはつまり有形か無形かは分からないが、魂は個として存在し、捕らえられるということ。ならば自分の魂だけが例外ということはあるまい。
憑依者が魂の捕縛者の中に入り込むのか。あるいは単純に捕縛者の魂が消え去る前に他人に寄生するのか。どちらなのかは死んでみないと分からない。
しかし、教団が連綿と戦い続けているのを見ると、前者に近い気がする。ある程度条件が無ければ憑依者は常に存在することになる。
「探索と討伐に俺のような人間を使うのはそういうことなんじゃないか? 近くで次に入れば、捕らえることができる。魂が消えるまで、どの程度の時間がかかるのか分からないのが問題だけど。そしてカリディスと俺……カリディスが言うには俺達だが、揃うのを待っていたというのも納得がいく」
憑依者が捕縛者の中に入った時点で、カリディスの変形に使う。そうすれば憑依者の魂を消費、あるいは消耗して倒すことができる。
「その通りです。驚きました……! 守護騎士アントンは戦いだけでなく、知恵もあるのですね」
「アントンでいいって。あと、それは遠回しに馬鹿にしている気がする」
「すいません……」
なんとなく気まずい雰囲気になったが、アントンが日頃頭の巡りが悪いのは事実だ。レオノールの反応も当然のことで、愚直な行動しかできない。ロベルトのような経験やミレイアのような機転を持ち合わせていない。
反面、生まれつきなのかカリディスとの対話のせいか、感覚的に正解を引くことにアントン自身、まだ気付いていない。
「あの、それでですね……最後の戦いのことですが、そうした性質のため憑依者と直接対峙できるのはわたくしとア……アントンだけになります」
「ロベルトの旦那とミレイアの姉さんがいないのは痛いな……その憑依者がせめて本体だけでも弱いのを祈るばかりだ」
後は状況次第だ。憑依者がキスゴルの中枢にいるような人物なら、殺した後もひと悶着ありそうではある。そこを何とかするのがヤーバード教団の役目なのだろう。闇の力とやらがどれほど信仰を集めているかは知らないが、キスゴルもヤーバード信徒の国だ。
「自分のことなのに、壮大過ぎて現実味が無いな。カリディスと出会ってからまるで夢の中にいるようだ。おとぎ話にしては生臭いが」
「あなたがわたくしの騎士であることと同じように、現実ですよ」
「それもあった……本当のことらしいが、俺に騎士とか務まるのかな……読み書きもギリギリなのに」
遥かな未来に思いを馳せる。全身鎧を着込んでしかめつらしい顔をして、聖女の護衛をやっている姿を幻視する。彼女が差し出した手をそっと支える姿の段になって苦笑いと嘲笑が混ざりあった。似合わなすぎて英雄譚というよりは、滑稽劇のようだ。
だが、それでも……
「俺は故郷で孤児院のために金を稼いでいてさ、ジミーとサニーっていう小さな子どもたちがいるんだよ。俺の人生は諦めていたけれど、不思議とくず鉄拾いは続けることができた」
今でも思い出せる寒空の下、夜を待つ日々。普通以上の人間なら中々無いであろう、眠りまでが長すぎる人生。思えばそれは誰のためだったのだろうか? 自分のため、老シスターのため、子どもたちのため。
聖女に告解する気分で、ようやく認めることができそうだった。きっとそれら全てのためなのだろう。
アントンは憑依者を討つという聖なる任務に、これまで乗り気でなかった。だが、今なら青臭い衝動を認めることができる。
「エルドヘルスとキスゴルが、平和になるにはずっと時間が必要だろうな。まして闇の力なんてものが関係しているのなら尚更だ。だから、戦うよ。お前さんの守護騎士であることを受け入れよう」
想像してみよう。幼なじみのタニヤ、子どもたちが生きる未来を。かつて牢屋で、俺には得がない。やりたくないと言った言葉に嘘はないが……あの子達がそんな目に合わないようにする。そこに干渉できるのは立派な理由になった。
「あらためて言うのもなんだが……よろしく、聖女様。あの子たちのために俺も少しは頑張ってみるよ。品性まで求めるのは勘弁して欲しいがな」
「は、はい。あらためて、よろしくお願いします。守護騎士アントン」
でも、と彼女は続ける。夢をみるようでな、あるいは星を見るような目でアントンと視線を合わせた。アントンの側からはそれこそ彼女の瞳が宝石に見えていた。
「卑下して俺のような人間と仰ったんでしょうけど、わたくしは貴方のように立派な人はいないと思います。ヤーバードの選択は常に正しい。貴方は闇に対抗するだけの光だからこそ、その運命を与えられたのだと思います」
「故郷を大事に思う人間ぐらい、どこにでもいるだろう」
「ですが、命をかけようとまでは思いません」
「かけようっていう人間の方が変なんだよ。俺だったピンカードがなきゃエルドヘルスのために戦うより、金のために戦うだろうし」
レオノールはどうにも自分を過剰評価している気がすると、アントンは思った。せいぜいが変わり者程度だとアントンは自認している。
それともレオノールが生きてきた世界では、珍しい考え方なのだろうか。子を捨てる親もいれば、他人の子供に命をかけれるのも人間だとアントンは考えていた。故郷の老シスターなどが良い例だ。ピンカードの孤児院に援助はもう届いただろうか?
「俺が変なのは良く分かったが、お前はどうなんだレオノール。どうも会ってからこちらの事情ばかり話している気がする。お前の話を聞かせてくれよ」
「どうと言っても……修道院の中で勉強や運動してただけなので、面白みはありませんよ? マナーの勉強は少し苦手でしたけれど」
「でも、魔法みたいなの使えるじゃないか。そういうのはどうやって学ぶんだ?」
「ええと……専門の先生がいて、普通に教わるだけでした。それに聖女は生まれつき適性が高い人間の候補者を集めて学ぶので、普通の学校に似ています」
「普通は学校なんてねぇよ」
アントンは思わずツッコミを入れた。学校などというのは軍人養成か、良家の子女のためのものであり、ほとんどの人間は縁がない。多少裕福なら親ではなく家庭教師のようなものを雇うこともある。
「タニヤが住んでいた修道院をもっと小綺麗にした感じなのかねぇ」
「タニヤ? 誰ですか?」
「俺の幼なじみの尼僧見習い。カリディスを拾った時にあれこれしてくれたもんだ」
「幼なじみがいるなんて聞いてません」
「そりゃ話してないからな。話題に上るような子でもないし」
「どのような方で、どんな関係だったのですか?」
そこから何故か根掘り葉掘りとタニヤのことを聞かれるので、仕方なくアントンは答え始めた。思えばタニヤのことを思い出す日も減っていたので、楽しく思い出すことができた。
タニヤの家のほうが裕福だったこと。初めて魔法の儀式を見せてくれたこと。カリディスを拾った時、本気で心配してくれたこと。あらためて思い返せば、彼女との思い出は楽しいものが多かった。アントン自身、意外なほどに嫌な記憶がない。
「考えてみると、あいつにもろくな別れもせずに来てしまったなぁ。今頃どうしてるかね? ってどうしたレオノール、顔が怖いぞ」
「知りません。もう夜も遅いので寝ます」
「お、おう……?」
なぜだか不機嫌になったレオノールは少しばかり強い歩調で、自分の部屋へと向かっていった。アントンはなんだったんだと、不思議がることしかできなかった。




