第二十一話・運命の鎖
モストで刺客を退けつつ、補給を済ませた一行だったが、ここで難問が立ちふさがる。モストから北への大街道を行けばキスゴルの首都……そのままキスゴルという……があるのだ。その間には小都市しかない。
神殿の中、借りた部屋で一行はランプを中央に顔を突き合わせていた。テーブルの上にはランプの他に、入手可能な範囲での地図がある。
「普通に考えれば最短の道に刺客を配置してるだろうな」
「まぁそうだよね。化け物はともかく、人間の刺客も使ってくるみたいだし。昨日みたいな傭兵崩れならともかく、マジの暗殺者はちょっとマズイね」
「アントンの魔剣の力で感知してきたのも、それが理由だからな。アントン、常時感覚を向上させることはできるのか?」
「できると言えばできる。ただ、カリディスの警告の方が頼りになるかな。食い物に混ぜられた毒とかは感覚じゃ全然分からないでしょうし」
憑依者なる人物がどのような手を使ってくるか? それは一行には分からない問題だが、長年逃れ続け、怪物のような刺客を送ってくるところからして、陰険という印象は容易に浮かぶ。
アントン達のような旅する小集団にとっては、堂々たる覇王よりも、小賢しい手を使ってくる手合の方が余程恐ろしい。
「しかし、程度の低い刺客を使ってくるということは憑依者は国を制するような権力は持っていないということなのかな?」
「それはどうでしょう?」
アントンの素朴な疑問に、懐疑を投げかけてきたのはレオノールだった。聖女は考え込む仕草なのか、思い出す仕草なのか、アゴに人差し指を当てながら言う。
「モストでの刺客ははちみつ色の髪をした男に頼まれた、と言っていたでしょう? 皆様の話を聞いていると刺客もそれほどではなかったご様子。となると、部下に指示を出しているだけの可能性もありますわ」
レオノールがこうした話に加わるのも珍しいが、言った内容で他の三人は顔をしかめる。ようやく口を開いたのはミレイアだった。
「はちみつ色の髪かぁ……ちょっと出来すぎな気がするけど、心当たりあるよねぇ?」
「いやまぁ確かにそうだが……腐ってもエルドヘルスの騎士だろう? それも魔剣使いだ。一応は隊長だったわけだし、そこまで腐る必要もあるまい」
「それはどうですかね、ロベルトの旦那。我々はアレを散々困らせてきましたし……何か鬱屈しているような性格もちらほら見えましたし」
レオノールは他の三人の話を、小首を傾げながら聞いていた。一番付き合いが浅いので、一行の思い浮かべた人物に覚えがない。
「あの、わたくしにも分かるように話して欲しいのですが……」
「レオノールも一度会ったことあるよ。ホアキンっていう男。元かな? 魔剣第一小隊の隊長でさ。凄いやなやつなんだけど、はちみつ色の髪をしてるんだよね」
「髪の色だけで判断するのは危険だと思いますが……」
「まぁその通りなんだけどさ、どうもアイツの顔が浮かぶんだよねぇ」
「まぁ候補の一つにするだけに留めるか。今の問題は最短距離を使うか、迂回して首都キスゴルに向かうかだ」
話は振り出しに戻った。というよりは脱線が過ぎたというのが正解かもしれない。そこで珍しくアントンが頭を全力で回転させて意見を述べた。
「最短距離が良いと思う。そもそも憑依者が国の中枢にいるっていうのが確実じゃない。でも近づくにつれ刺客が増えていくなら、可能性が高まっていく。何もないならそれはそれでいいしね」
「ほぉ……良い意見だな。迂回路にしたところで、危険性は変わらんというよりはわからん。それならば、最短でキスゴルがその魔の存在に支配されているか見に行く方が有意義だ」
リーダー役のロベルトにそう言われると、アントンは恥ずかしげに頭をかいた。ともあれ、どちらにせよ戦闘の可能性は避けられないのだ。下手をするとキスゴル中を動いて回ることになるかもしれないが、それに見合う報酬がこの仕事にはある。
それにこの集団自体が居心地が良いのも確かだ。
「じゃあ、直進だね。単純な方が分かりやすくて好きだな」
「憑依者を倒すのも早い方が良いでしょう」
「では、そうしよう。だが、警戒は尚更怠れなくなる。屋内でも夜の警護は必要だ。順繰りに回していくとしよう」
「俺はカリディスの力ですぐ起きるでしょうがね……満足に眠れる日が来るのやら」
「カリディスだけじゃなく、寝る者も武器はすぐそばに置いておけよ。では今日はここまでだな」
真夜中にアントンはミレイアと見張りを交代した。ミレイアはあくびをかみ殺しながら、手を上げてアントンの手と打ち合わせた。
アントンにとって夜番は苦にならない。夜中起きているのはくず鉄拾い時代からなのだ。加えてカリディスの感覚を逃さないようにするだけでいい上に、話し相手にもなる。
(シシッ! といってもこう長いと話の種も尽きるがな)
(お前から提供してくれればいいんだよ。長生きじゃないのか?)
(剣に寿命は無いからな。まぁ人より少し長く存在しているのは確かだ。お前達と来たらすぐにいなくなってしまう)
(そういえば前の持ち主は誰だったんだ? なんだってあんな所にいたんだ)
アントンとカリディスの出会いが運命だとしても、そこまで運んだ者もいるはずだ。好き勝手に振る舞う剣ではあるが、二足歩行するわけはないし、好きで地面に埋まっていたわけでもないだろう。
(前の持ち主か? 一番変で一番つまらないやつさ。魔剣将軍サイモンと呼ばれていたな。将軍というが魔剣のコレクターとしての方が有名だった。そのコレクションの一部だったわけだ。とはいえ俺達のように選ばれた組み合わせでもないからな。そいつが剣を弾かれた時に、あそこに埋まったわけだ)
アントンの故郷、ピンカードはかつて最前線であったこともあるが、その時の話なのだろう。最低でも数十年は前の時代になる。そのサイモンがキスゴル側かエルドヘルス側かは知らないが、実際にいたわけだ。
そっちの方が面白そうな話だと思うのだが、カリディスにとっては今の方が、昔より充実しているらしい。実につまらなそうな声音をしていた。それと同時に気付いたのだが、カリディスは過去の話で、自分を剣とだけ言っていた。
(そういえばお前は“俺達”とばかり言って、“俺”ということがないな。何か意味があるのか?)
(別に。単純に俺達が二人で一つというだけの話だ。剣は使い手がいないと意味がない、意識があっても“俺”じゃあないのさ)
どうも使い手と持ち主の違いが魔剣にとっては重大なことのようだ。サイモンなる人物はカリディスを所有はしていたが、使い手ではなかったということだ。
(認めるのは癪だが、お前は結構便利な方だろう? 回収されなかったのか)
(シシシッ! まだ自覚が無いのか。力の増強も、形状の変化も全てお前の素質によるものだ。だから“俺達”なのさ。俺達じゃないと喋る剣に過ぎない)
なんともまぁ運命的な話ではあった。そういえばレオノールも似たようなことを言っていた。これまではどちらかしか存在しなかったのが、二人揃ったことにより、事態が動きだしたのだ。
なにも俺の番でなくても良いだろうとアントンは思ったが、毒づいても仕方ない。運命論者ではないが、仕方なかったと諦める他あるまい。
そうやって時間を潰していると、意外な人物が廊下へと姿を現した。レオノール、金の髪をたなびかせながら聖女がアントンの前にやってきた。
「レオノール。あんたは夜番しなくていいはずだろ」
「守護騎士アントン。わたくしの騎士たる貴方に、そろそろ打ち明けねばなるまいと思っていたことがあるのです」
その顔は懺悔する人物のようだった。それは後ろめたさ。もう旅から降りられないという時になってから、言わなければならなかったという罪の意識だ。
やれやれといった感じでアントンは廊下に座り込んで、背を壁にもたれかけた。レオノールもそうする。
「それは憑依者が、俺のような魂の捕縛者の成れの果てということか?」
アントンの頭脳は珍しく、事情を先読みしていた。




