第二十話・巡礼の刺客
一行はまず街道沿いにある街、モストを目指すことにした。純粋に道なりと言う点で、そこは最高の補給地点だった。それに巡礼者であるなら各地のヤーバード教団の拠点を辿らないのは、おかしく見える。
「巡礼者に化けるっていうけど、私達って普通に巡礼してるよね」
「どの街にもヤーバード教団の施設はあるからな。敬虔なのは一人しかいないが」
「そうですね……この旅の目的ではないにせよ、各地を祈って回れるのは嬉しく思います」
ひょっとして憑依者を倒した後も、キスゴル中を回ることになるのではないかとアントンは少し心配になった。倒せたら、という話なので自分で考えて苦笑してしまうが、アントンはいずれあの孤児院に帰りたいと願っている。
だが、流石にくず鉄拾いはもうしないだろう。報酬でなにか商売でも始めようか。傭兵を続けるというのはあまり心惹かれない。
「そういえばレオノール。アンタ、俺のこと守護騎士とか言ってたが仕事が終われば解放されるのか?」
「え?」
「え?」
「……基本的に一生続くものですが……」
なぜか顔を赤らめながらレオノールがぼそぼそと言ったが、アントンはそれどころではない。運命だのなんだのに追われている内に自分の一生が決まってしまっていた。
「いや、落ち着け……そもそも俺は騎士じゃないから大丈夫なはずだ」
「アントン……ただの騎士任命ならある程度の身分があるならできるぞ」
「またまた旦那ぁ。レオノールは偉いと言ってもヤーバード教団の中ででしょ」
「それは確かにそうなんだが……」
金で爵位を買うこともできるし、レオノールがどこかの騎士に頼んだら、あっさりと話は進むだろう。いや、そもそもレオノールの立場はヤーバード教団という最高の後ろ盾がついている。レオノールが言えばそうだで話が通る可能性も充分ある。
もっともロベルトにはアントンがレオノールのお付きを拒む理由がよく分からない。傭兵の中には士官を求める者も多い。そうした方面からすればアントンの立場は羨ましいという次元では無い。
ただロベルトも騎士になりたいかと問われれば微妙だ。これは彼の目標に関することで、アントンの立場になったらどうするかは分からない。
いずれにせよ、任務を成功させて報酬を貰う。全てはそこからだ。ロベルトは手綱を握り直した。
「それにしても敵と呼べるものが出てこないな……エルドヘルスにいた時の方がやる気があったぞ」
「前も話したじゃない。懐に入れてから料理するつもりじゃないかって」
「とすると懐がどこか、という話と敵がどれだけいるかという話になりますよ」
「堂々巡りか……」
ロベルトが気になるのはキスゴルに入る前、ヴェールの敵が五人しかいなかったという点だ。正直な話、あそこで十人でも出されていたら、今頃命はなかっただろう。
闇の力の持ち主とやらの戦力の出し方はどうにも半端だ。カーシーの時もせいぜいが部隊といったところで、軍団にはなっていない。
おそらく旅の成否はそこにあるだろう。もしかすると、強大な力を持っていても何か制限があるのかもしれない。
モストの街はエルドヘルスの街とは大分違って見えた。建築物は全体的に丸みを帯び、道さえも曲線を描いている。そして何より特徴的なのは色だ。全ての建物が示し合わせたかのように、白一色で染められていた。
「白っ! 掃除とかどうしてるんだろう」
「青空に白が映えてて綺麗ですね……」
「それよりモストって地方都市なんでしょう? なんでこんなに人が沢山……お祭りですか?」
「いや、キスゴルは元々商売が盛んな国だ。売れるものならなんでも売る。安く買える時も逃さない……つまりは外に出てくる人間がそれほど多いということだ」
一つの街でも全員が外に出ればこうなってしまうものらしい。もちろん文字通り全員ではないだろうが、それでもかなりの人数だ。
よく見れば簡易的な屋台を出している者や、座り込んで商品を並べる辻売りも多かった。売っている物は食料や護符、武具などだ。やはり戦争が本格化しそうな気配があるせいだろう。
「でもこんなに多いんじゃ、教団の人も分かんないよ」
「あと、どれが教団の建物かも分からない」
荷馬車は人混みの流れに乗ってしまったかのように進んでいく。時折、商売人と間違えられて無駄な時間を食うこともあった。
ようやくヤーバードの神殿を見つけた時には、もう数時間は経っていた。案内人とは会えずじまいだ。モストの神殿も他と合わせるように白で、一度通った道だった。
レオノールの感知で中に闇のものがいないことを確認した後、ロベルトを先頭に建物の中に入る。中にいた司祭は驚いた顔で、レオノール一行を出迎えた。
「これはこれは、拝顔の栄に浴しまして……」
「わたくしはただの巡礼者です。司祭様」
「そうでありましたな、これは失礼。ですが、わたくし共の案内人とは出会っては……?」
「人混みのせいか、会えずじまいだ。まぁ仕方ない気もするが……」
「それはおかしい。案内人は門のところに置くようにしていたのです。巡礼用の馬車を見間違えるはずが……」
聞いた瞬間レオノールを取り囲んだ。アントンはカリディスを通じて、周囲の気配を探る。
「四人、二階からです。ですがこれは……」
(シシッ! つまらないが、普通だな)
「これは?」
「普通の人間のようです。来ましたよ」
二階部分から飛び降りてくる刺客。それぞれがナイフや剣など思い思いの武器を持って殺到してくる。こうした刺客は毒を使う可能性もあるため、決して侮れない。
「舐めてるのかな?」
ミレイアの風で動きを鈍らされ、ロベルトの剛剣とアントンの身体能力で次々と数を減らしていく。明らかに魔剣使いを相手にするような手練ではない。
対処はあっさりと完了した。さすがは歴戦の傭兵というべきか、一人は喋れる程度までで止めてある。
「誰に雇われた?」
「ひっ、ひ。言えるわけ無いだろ」
「まぁ当然だな。では、もう用は無い……」
「待て、待ってくれ。俺も詳しくはしらないんだ。ただ、はちみつ色の髪をしたやつだった! 俺が知ってるのはそれだけだ!」
「……チッ。行け」
ロベルトは突きつけていた剣を肩に置き直し、無言で刺客の一人を行かせた。あの傷では助かるかどうか微妙なところだが、こちらはやらねばやられていたのだ。治療までしてやる義理は無い。
「こ、これは一体……」
「司祭様、今度の聖なる任務には大いなる妨害がついて回っているのです。まずは……彼らの葬儀を済ませましょう。墓地はありますか?」
「はい……大きな墓地は街のはずれにありますが、それとは別に無縁墓地がここの裏手に……」
「アントン、力仕事だ。私達は……まぁ掃除だな。司祭さん、アントンが穴を掘ってる間、掃除道具の場所を教えてくれ」
はいはいと、アントンは従う。穴を掘るならアントンほど向いた人材はいないだろう。死体を持ち上げ裏手に持っていくこと数度。それからアントンは踏鋤で穴を掘り始めた。流石に手慣れたものだった。
レオノールとの視線の下、アントンは三つの穴を綺麗に掘り上げた。
「他人事とは思えないな」
そう他人事ではない。この地で果てれば、野ざらしか無縁の死体として埋められるだけだ。刺客達の姿は明日の自分かもしれない。なぜなら、相手にとって刺客とは自分たちのことなのだから。
レオノールが読み上げる聖句を聞きながら、アントンははちみつ色の髪をした人物に思いを巡らしていた。心当たりはあったが、まさかとその疑念を打ち消した。




