第十九話・キスゴルへ
人というものは自分の理解が及ばないものを見ると、勝手に解釈したり、あるいはそもそも受け入れなかったりするものだ。それは例え怪物と戦ったことのある傭兵達でも同じだった。
馬車に揺られながら、誰も何も喋ろうとはしなかった。上手く自分の中で敵を解釈しようと躍起になっていた。
足だけが怪物の人間。アレは何だ。あの姿のまま生まれてきたのか、それとも後天的に闇の力とやらで変貌したものなのか。怪物たちはいいのだ。怪物は怪物で、生きていても別に構わない。だが、人間がとなると、途端に不安になってくる。
(アレはお前と同じか? カリディス。姿を変えるように力を流した結果か)
(シシッ。いつになく鋭いな。俺達も全てを知っているわけじゃあ無いが、半分は当たりだよ)
意外なことに今回の件を一番早く飲み込んだのはアントンだった。アントンの狭い世界観は時として、恐ろしいほど寛容になる。なにより自分が形を変える魔剣を持っていることが大きい。そういう使い方もあるんだなと、思った程度だった。
無知ゆえの偏見の無さだが、ここまで来ると人間味がないようだ。しかし、アントンは表出が薄いだけで、溜めてから爆発するだろう。
遺体は丁寧に埋葬し、レオノールが簡略式の葬儀を行った。宗派は違っても放っておけないらしい。結局、村には寄らずに出発して現在の沈黙に至る。
「あー! やめやめ! あんなもの考えてもどうにもならないわ」
「そうですね。結局は元締めのところに行くわけですし、答え合わせぐらいあるでしょう」
「まぁ気色が悪いというだけの話だからな」
レオノールは何も言わない。それをぼんやりと見ながら、アントンはなぜ彼女が黙っているか見当がついた。ついたが、見当自体黙っておこうと思った。あの魔獣ならぬ魔人については自分と彼女の問題だと思ったからだ。
「とにかく北! さっさと片付けましょう!」
「さっさとで済む距離か、阿呆」
皆、いつもの調子が戻ってきた。ミレイアが騒ぎ、ロベルトが冷水をかける、それだけで魔剣第一小隊らしさとも言える。
夜中、夜番を努めることになったアントンはさて、どうしたものかと思う。考察をレオノールに告げるのは簡単だが、あの生真面目な聖女は黙っていたことにさぞ落ち込むだろう。
結局、二人きりになっても言わない方が良いなと考えてレオノールの結界越しの空を見る。よく見ないと分からない程度の光がもやになって、その先に星が見える。世界の事情に関わっている方が、貧民でいた頃より空を見上げる余裕があるとは酷い皮肉だ。
明日になればエルドヘルスからキスゴルへ渡る街、スランリルへと到着できるだろうか? 慎重を期すなら無理だろうなぁ。保護が手厚くなった故郷の孤児院はどうなっただろう。シスターのことだから子供を増やしてまだ貧しいかもしれない。
この旅に出れて良かったとアントンは思う。不満も無いわけではないし、戦いに慣れる度に人でなしになっていく気がするが、それを差し引いても良かったと言える。
「俺の道が変わったのはカリディスを拾ってからだ。アンタと出会ってからじゃあないよ、レオノール」
「ですが……」
後ろから近づいてきた足音にため息をつく。こっちが気を利かせているのに、向こうから寄ってこられてはどうしようもない。
「魂の捕縛者と憑依者についてだろう? 今日ので察しがついたよ。まぁ俺にでもわかることだから、ロベルトの旦那とミレイアさんもいずれ気付くだろう。説明を考えるならそっちにしなよ」
「それで……貴方は納得できるのですか?」
「できるわけが無いが、解決策を無い頭で考えているところだ。怒りに関してはあんたにぶつけても仕方が無いと牢屋で学んだからな。まぁヤーバード教団にぶつけるときまで溜めておく」
「……ではわたくしも一緒に考えます」
「一緒に? 良いよ、カリディスが大体答えてくれるからな」
「昔から三人集まれば良い知恵が出ると言うそうです」
「そうなのか……ではまぁお願いするかね」
「はい!」
こうして二人は夜番につく度に話し合うようになった。もっとも、話が脇道にそれることの方が多いのだが、それはアントンにも大いなる慰めだっただろう。
夜中に起きたミレイアに翌日散々からからかわれたとしてもだ。
翌々日、キスゴルへの入国口であるスランリルに到着した一行は、前回と同じ様に教団に替えの馬車と物資を用意してもらった。今回は事前にレオノールが感知してから入ったためか、異形の刺客などは襲ってこなかった。
スランリルの街は賑やかでも寂れてもいなかった。普通に街の住人が暮らしているだけの街に、キスゴルへの門があった。
実際に戦闘にまで発展した情勢で、物見遊山の客などおらず、かといって両国の交流路を完全に潰してはマズいということだと、アントンはロベルトに教わった。
「キスゴルとエルドヘルスが戦争になるとは、誰も思っていなかった。隣国ではあるが、王族同士の婚姻なども行われていたしな。両国とも海沿いの国々をもっぱら警戒していたものだ」
「ふーむ。それも怪物の親玉絡みですかね、旦那」
「流石にそこまでは知らんが、そうだとしたら大した影響力だな」
通行手形はヤーバード教団の名で渡されていたが、キスゴル兵に渡すと、意外にすんなりと入れた。もし、闇の力が中枢まで及んでいたら入れないはずだが、入れてしまった。
「懐に入れて、秘密裏に処分するつもりかね」
「ありそうですね。レオノールが身分を偽っているわけですし」
「わたくしとしては逆にありがたいですわ。ここで倒れても大事にはなりませんもの」
「あー、レオノールちゃん。それは無し! レオノールちゃんは私達魔剣第一小隊が守るからね~」
「ちゃん……」
その通りだ。レオノールが死ぬ日はアントンと同じという約束がある。もっとも、アントンとしてはその覚悟だけで充分なので、今は後追いなどしなくてもと思っている。
キスゴルの地を踏みしめる。当たり前だが土の感触は道中と何も変わらなかった。だが、それでも一行は感慨深い思いを噛み締めていた。
「ここまで……短かったな」
「横やりはひどかったけど、旅の準備が至れり尽くせりだったもんね」
「ここまでの旅を基準に考えると、戦うぐらいしか苦労が無いと勘違いしそうです……」
「あの……わたくしには充分長かったのですが……」
日頃から乗り物に乗ってそうなレオノールだけが、異を唱える。それぐらい準備のいらない旅だった。もちろん、この先も旅は続くのだが、キスゴルにもヤーバード教団の施設は無数にある。物資に困ることが無いというのは、旅をどれほど楽にしてくれることか。
「キスゴルは名馬の産地だから、もっと速くなるかもね」
「とはいえ、ここは敵地だ。あのヴェールの化け物達がいつ襲ってくるかも分からん」
「考えてみれば、連中は人混みの中に紛れるのにも最適ですね。街にはあまり長居しないほうが良いかも」
うむ、とロベルトが頷く。この一行のリーダーは自然とロベルトになりつつあった。傭兵ながら、見識を持っている男は貴重だ。
「ロベルトの旦那はキスゴルに来たことはあるんですかい?」
「一度だけな。商隊の護衛だったが、詳しいというほどではない。隣り合っているからか文化的な衝突も経験しなことはないな」
「それでも心強いですね」
どうもロベルトはただの傭兵では無い気がしてくるが、そうした過去を掘り下げるのは傭兵間ではタブーだ。叩けばホコリの出る連中などいくらでもいる。新米のアントンですら出掛けに冒険者三人を殺した過去があるのだ。
こうして一行はついにキスゴルの地を踏んだのだった。




