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第十八話・疾き敵

 本日も引き続き快晴とはいかなかった。アントンは旅がそれほど楽しいものではないと知りつつあるところだ。勿論筋金入りの放浪者はいるだろうが、アントンはどうもそうでは無いらしい。

 道は完全に舗装されたものでなく、石や草が無造作に点在している。それらが車輪に触れるたび、少し跳ね上がる。酔うまではいかないが、あまり心地よくはない。

 今日はアントンとロベルトが御者台に座って、女性二人は後ろで休んでいる。



「村から村までの距離が遠くなってきましたね。旦那」

「辺境へ向かっているわけだからな。言い方に愛国心は無いが、国境沿いの村になるとどの国に所属しているかは変動し続ける……肥沃な土地なら住民にも気は遣われるが、貧しい村だとひどいものだ。彼らがそこに住まわないといけない理由もそれなりにあるんだろうがな」



 後半は濁すような言い方だった。貧しく危険な場所に住む人間など、そこ以外に行き場がないに決まっている。それも真っ当な理由の方が少ない形でだ。移民するしかなかった、脛に傷がある連中がほとんどのはずだ。



「目を開けておけよ、アントン。村の人間というのは哀れっぽく見せていても、その実したたかだ。荷物の確認や夜の番は徹底的にするべきだ」

「そういうのは貧民生まれで慣れてますが、街とはまた違うんですかい」

「街はある程度のルールというのが存在するが、村には無いからな。縄張りや暗黙の了解がないということは恐ろしいぞ」



 また世界に失望する日が来そうだと、アントンはロベルトの警告を素直に受け取った。彼の脳でも中心から遠ざかるほど、心が荒むというのはなんとなく理解できた。

 思えば故郷ピンカードでも豪勢な暮らしをしている者はいたはずなのだ。ただ自分が遠かっただけ。



「いっそ村に寄らないほうが良くないですか、旦那」

「それはそうなんだが、情報が欲しい。負ける気は無いが、山賊や盗賊につまづいても詰まらん。この旅はどうも一筋縄でいかないようだから、普通の危険は避けておきたい」



 その普通の危険こそ旅人達にとってはもっとも恐ろしいのだが、魔剣第一小隊には当てはまらない。とはいっても絶対ではなく、偶然傷を負うということもあり得るだろう。護衛対象がいる以上、小さな傷も見過ごせない。

 村では宿など取らず、情報を聞いたらすぐに出発することになる。



「村に馬車を入れるのもどうかと、貧しい子供なんかをレオノールがみたらどうなるか……」

「そうか。そうだな。ところで、あそこにいるのは村人だと思うか?」



 いつの間にか眼前に五人の影が立っている。奇妙な集団だった。全員がローブに身を包んでいるのはおかしくないが、ヴェールを頭に付けていた。



「ミレイア! お嬢さん! 戦闘態勢だ! アントンは少し下がって、お嬢さんを頼む!」

「了解です、旦那」



 ミレイアは寝起きにも関わらず、既に馬車から降りて剣を片手に首を鳴らしている。ロベルトの指示は主にアントンに向けられたもののようだった。


 レオノールがアントンに手を引かれて、地面に降りた次の瞬間、ローブ姿は仕掛けてきた。仕掛けてきたのが見えたのは単純に距離が開いていたからである。それほどの速さだった。



「~っ、寝起きにっ!」

「こいつら!?」

「うぉっと!」



 敵が持っていたのは普通の長剣だったが、ロベルトとミレイアをしてギリギリ受けられたという初撃の速さ。さらにはこちらの思惑など知らぬとばかりに、あっさりと二人を抜いてアントンまで三人が迫った。

 アントンは小者の勘で、とても勝てないと判断してレオノールを抱えるようにして全力で前へと飛んだ。カリディスの力が働いたアントンの跳躍は、ロベルトとミレイアのいる場所まで届き合流を果たした。


 狙いはレオノールなのか、五人組は再び攻撃の機会をうかがい始めた。有無を言わさぬ初撃と、冷静に失敗を悟る動きは手練のそれだ。



「いや~、しとくもんだね訓練って」

「そうだな。こいつら、大体アントンの半分ぐらいの速さか……」

「そう聞くと大したことなさそうなんですけどねぇ……」



 五人組は揃って化け物じみた身体能力を誇っている。アントンは自分が使う単純な肉体強化がこれほど恐ろしいとは思わなかった。

 ロベルトが言う半分とはカリディスを使ったアントンの半分だ。



「魔剣……じゃないな。仕組みが分からん」

「あのヴェールの下が化け物ってオチでしょ」

「あれは……ヤーバード教団のシンシア派の被り物ですが……?」

「? それが何で巡礼者の格好をした私達を襲う?」

「いえ、シンシア派自体が数百年前に滅びているはずです」

「なら俺のカリディス絡みだな。間違いない」

「こいつらがこれからの私達の敵ってこと? いやだな~」



 五人組は包囲するようにぐるぐると動き出した。独特の陣形を相手に、自然と傭兵達は背中合わせになった。



「速いが、力は私達と変わらんようだ。次の突撃に乗じて、一人仕留めるぞ。ずっと楽になる」

「じゃあ私が皆を浮かすから、気をつけてやってね」



 ミレイアの魔剣が力を発揮する。噴水のように風が足元から湧き上がってきた。これは五人組の単純な突撃を誘うための一手だ。

 風によって宙を舞った瞬間、五人組が予想通り突撃してきた。風に乗って包囲から脱出しようとすれば、空中にいる時は無防備になる。そのチャンスを五人組は逃せない(・・・・)

 先ほどと同じミレイアとロベルトに一人ずつ。アントンとレオノールに三人がかりという体制が出来上がる。しかし、彼らが計算に入れてなかったのは……大剣を持ったロベルトが数秒早く落下してくることだった。


 ロベルトの剣とヴェールの剣が絡み合う。



「溶けろ」



 ロベルトの一言で魔剣は赤熱化。魔剣で無い襲撃者の剣は奇妙な形に折れ曲がった。続けて着地からの回転斬り、宣言通りロベルトは一人減らしてみせた。

 そしてミレイアはいやらしい位置取りで空中を歩きながら、二人を同時に相手していた。致命傷とはいかずとも、目を狙ったりする動きをしていてかなり相手をし辛い動きだ。相手からすればカラスでも敵に回しているようなものだろう。


 そして、終始苦戦しているのがアントンだ。能力が優れていても、人間相手の経験は少ない。護衛対象を守りながらの二対一をするには、厚みが足らない。

 レザーアーマーの隙間を縫って浅い裂傷が刻まれていく。レオノールが動いたのはその時だった。巡礼者用のただの棒に近い杖を使って、敵の体を刺突した。

 アントンはかなり驚いたが、その効果を無駄にするほどで阿呆ではなかった。

 能力の種類が同じということはより強化されたアントンの方が、一対一では有利なのだ。体勢を崩していた敵は大きく腹を裂かれて崩れ落ちた。



「これで駒の数は同じだな。どうす……」



 る、とロベルトが問おうとした時にはもう相手は逃げにかかっていた。アントンならば追いつけるが、一人だけ追いついても意味はない。戦いは終わった。



「これで駒の数は同じだな。これで駒の数は同じだな~」



 ミレイアがふざけて繰り返すため、味方間の争いが勃発しそうになった。


 アントンは緊張から解き放たれて、無理やり剥がすようにカリディスを鞘に戻して手を離した。人を斬るのはピンカードを出立したときを思い出す。敵を一人倒す活躍をしても、あまりいい思いはしなかった。



「レオノール、あんた戦えたんだな」

「訓練は受けていたんです。でも……実際の戦いがこれほど恐ろしいとは思いませんでした」

「そうだな。かなり無謀だったかも」



 二人して地面にへたり込む。アントンもこれまでの戦いとは違う恐怖を味わっていた。人を相手に、それもこれまでにない状況での戦いは、気力を根こそぎ奪われるようだった。

 傭兵の先達であるロベルトとミレイアはふざける余裕がある。自分も次はああいった次元に到れるのだろうか? アントンとしては期待したい。疲れるのは嫌だ。



「あんたが隠したがっていたのは、その……シンシア派? のことか?」

「いいえ、違いますが……教団が隠したがっていた可能性はありますね。闇と光の代理対決は教団内に端を発するとか……」



 シンシア派は文字通り人名の派閥だ。ヤーバード教団の一時期、この人物が権力を掌握したことがある。掌握というと聞こえが悪いが、実際にはシンシアの方が“正しい”側であったらしく、その勢力争いは現在の教団では風化するのを待たれていた。



「ふん? シンシアさんの派閥が今も生きていて、現在のヤーバード教団には都合が悪いとか……だと闇の力がどこから出てくるのか分からなくなるな」

「ええ。闇の力を奉じる一派が、シンシア派を隠れ蓑にしていると考えるのが自然でしょう。キスゴルでも一番権力があるのはヤーバード教団ですから」



 まぁやることに変わりはなく、良い解釈もロベルトを加えたほうが上手くいくだろう。ああ、疲れた――

と、転がりそうになったとき、そのロベルトが叫んでいた。



「お前達! こっちに来てみろ!」



 こっちとは先程まで敵だった人物が倒れている場所だ。ロベルトは徹底的に調べる気があったらしく、その敵は身ぐるみを剥がされていて――



「これは……どういう……?」



 速いわけである……ローブの下にあった男の足は人間ではなく、鹿に近い形をしていた。

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