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第十六話・小さな奇襲

 エルドヘルス国から見て西部、前線基地テレシクアからみて東部の街ベルハ。アントン達はキスゴルへの中継地点に初めて到着した。

 門にはヤーバード教団の者達が待ち構え、馬車を引き取って新しい馬と物資を用意してくれる。至れり尽くせりではあるが、年若い聖職者達は聖女レオノールへの拝謁に心奪われているのがありありと分かった。

 レオノールが優美に指を動かし、祝福を与えると彼らの顔は真っ赤に染まった。どうみても煩悩丸出しだが、あれでいいのだろうかとアントンなどは考えてしまう。

 アントンはレオノールの美貌に感嘆はしても、欲情はしないので思考は妙に冷静だった。



「なんというか酒場の歌姫に魅了される若い子達みたいだね」

「ミレイアさんも傭兵では似たような扱いだった気がするけど……」

「まぁ普段は禁欲的な連中だからな。約得なんだろうさ。四六時中一緒にいる我々はもう慣れてしまったが、あの年頃には刺激的だろう」



 あらためてレオノールを見ても、巡礼服で体のラインは隠れている。顔と名声であそこまでの反応を引き出すとは恐ろしいものがある。



「皆さん、準備が整うまでどうされますか?」

「そりゃ勿論、辺りを出歩いて散策と買い物でしょ! お祈りして過ごすなんてゴメンだよ!」

「俺もそうする。普通の街を見るのは思えば初めてだ。テレシクアはちょっと変わってるみたいだったしな」

「では先に教会に行って待っている。騒がしいのは好かん」

「ではわたくしも……」

「レオノールはこっち! お祈りなら毎日してるじゃない」

「えぇ!?」



 こうしてアントンと女性二人はベルハ探索と洒落込むことになった。ベルハは言ってしまえば普通の街だ。強いて言うなら前線に比較的近いため、商人の中継基地に近いことぐらいだ。


 それでも世間知らずなアントンにとっては活気ある街であり、初めて見るものばかりだ。



「おお……これが噴水か。どういう仕組になってるんだ? あ、銅貨が入ってる」



 街の中央広場にある噴水も、人の多さも、そしてその人々が薄汚れていないのも初めて尽くしだった。子供のような様子を仲間に笑われても、一向に気にした様子は無い。それは村から初めて出てきたお上りさんそのものだった。



「いやー、ピンカードとはまるで違うな」

「ピンカード? あそこの出身なら仕方ないのかな。ピンカードは元々要塞都市だから街の外観も素っ気ないし、今じゃ田舎だから人も少ない」



 ミレイアは一人働きの傭兵だけあって、様々な街を巡っていた。買い物に目を輝かすことはあっても、アントンのように街の光景に思うことはない。

 意外なのがレオノールで、街の散策などはあまりしたことがない。身分を考えれば当然のことかもしれない。ミレイアはそんな彼女の内心を見透かしたように振り回している。

 要は一行の中で最も“大人”なのがミレイアなのだろう。賢く立ち回りつつ、できた余裕で気に入った人間の手助けをする。


 アントンはそのことに今更気付いたが、はしゃげるときにはしゃぐということは、これからの旅がいかに長いものになるかを暗示していた。


 その苦しさは例えば今のロベルトのように。



「なんだコイツ……どうなっている」



 修道院と教会が合体したような建物の中、ロベルトは奮闘していた。規則正しく置かれていた椅子は戦闘で散乱し、がらくたになっている。



「ショアアァァ」

「何を言っているかわからん!」



 ロベルトが戦っている相手は、奇妙極まりない相手だった。肉でできた中央部分に硬質の刃が生え、まるで肉と爪でできた三日月のようだ。

 片方の爪で足場を確保し、もう片方で攻撃してくる。実にトリッキーな敵である。


 ロベルトの魔剣は室内での戦いに向いていない。大剣型で、思うように振り回せない上に特性は炎だ。結果としてロベルトは防戦一方となる。

 こうした敵に向いているのは、そう。単純に身体能力で敵を圧するカリディスのような魔剣が良い。



「ロベルトの旦那!」



 奇跡のように舞い降りる、的確な仲間。ロベルトの背後から奇襲をかけんとしていた敵の刃を叩き落とした。



「アントン!?」

「いや、買い物に行こうとなったのでロベルトの旦那を誘いに来たんですが……来客中だったようですね」



 言うと、アントンは剣を青眼に構えた。確かにアントンの技量はまだ未熟だが、それを補う存在がいる。



(シシッ! 右上!)



 魔剣の指示に従い、襲いかかる爪を弾いた。返す刃で肉の部分を狙うと、奇っ怪な叫び声を上げながら三日月の怪物は猛烈な勢いで天井へと逃げた。上からわずかだが血の雫が垂れてくる。



「聖女様の護衛はどうした」

「ミレイアさんが付いています。二人で扉の向こうで、待っていますよ」



 ミレイアは物音から内部でただならぬことが起きていると推測した。ミレイアの魔剣もまた、開けた場所で本領を発揮するタイプなのでアントンが中に飛び込んだのだ。

 事実、アントンは怪物を相手にするのに非常に向いた性質だ。傭兵となっても人より怪物と戦ったことの方が多いため、先入観が無い。


 不規則に見える爪を、見てから弾けばいいと実に単純な対処方法で処理している。身体能力を引き上げるカリディスの力も加わって、徐々に小さな暗殺怪物を追い詰めていく。



「あまり賢くないようで助かったよ」



 平凡な感想を口にして、アントンは敵の肉を断ち切った。怪物はしばらく脈動していたが、ついには動かなくなりアントンの内部にその魂が飛び込んできた。



「すまん、助かった」

「いえいえ、俺も寝るところにこんなのがいるなんて冗談じゃ無いですからね」



 これも闇の力とやらの産物なのだろうか。カーシーなどはまだ生き物らしい見た目をしていたが、これはまるで違う。どこから栄養を摂るのかと考えて、アントンはぞっとした。

 とりあえずアントンは外の二人を中に入れることにした。



「うわぁ。グロテスク……こんなのよく倒したね、アントン君」

「一匹だけだったので何とか。しかし、これが複数いるとなると勘弁ですね」



 サイズは人間の半分ほど、しかも天井や壁にもお構いなしに張り付いてくる。おそらくはレオノールが狙いで何者かが持ち込んだのだろう。

 危険性で言えば、屋内なら今までの怪物たちを上回っていた。



「闇の力で作り出されたものですね……ですが、何かにかけ合わせたというような存在ではないのでそれほど作れないはずです」

「そういうの分かるのか……俺なんて魂を取り込んでも良くわからんのに」

「じゃあさ。逆に光の力とかでどうにかできないの?」

「可能ですが……精々侵入を感知する程度ですね。光の術は実体を持たないので、相手が闇であってもこういう存在を直接害することができません。純粋な闇の力ならともかく、生物の形をとっていますから」

「……まぁ寝首をかかれるよりはマシか」



 申し訳無さそうなレオノール。とりあえず夜寝る時はレオノールの術の圏内で寝て、野宿でないときも見張りを立てることにした。夜の見張り番は昼は馬車の中で寝ることになる。



「体力のいる旅になりそうだねぇ」

「体力のいらない旅なぞ無いだろう。そういえば買い物には付き合わんから、今のうちに行ってこい。俺は片付けでもしておく」



 礼拝所は嵐が通り過ぎた後のように椅子や燭台が散乱している。これの片付けをロベルト一人に任せるのは流石にアントン達も気が引ける。

 危うく巻き込まれるところを貯蔵室に隠れていた聖職者達も出てきて、全員で片付けることになった。おかげで早く片付けも終わり、レオノールが教団から修繕費を出すことを約束して事態は収まった。


 とんだ観光の日であったが、ロベルトとアントンはこの後しっかりと女性二人の買い物に付き合わされた。

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