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第十五話・雷は何処へ

 栄光と苦難の道を選んだ者達を苦々しく思う者もいた。ホアキンである。常の子供じみた目をしなくなって久しい彼の目は憎悪に濡れていた。

 特に忌々しいのは魔剣を拾っただけの赤毛の凡庸な男……アントンだった。聖女に逆らい、牢にまで入った男がどういうわけか、その聖女の守護騎士役を務める始末。


 本来、魔剣第一小隊をまとめるのはホアキンの役目だ。だというのに、名誉からはじき出されている。だが、ホアキンはれっきとしたエルドヘルスの騎士であり、傭兵のようには動けない。仕方のないことだった。


 ホアキンは自分の人生が、その“仕方のないこと”で埋め尽くされているような考えを持つに至った。それこそ“仕方のないこと”だったかもしれない。

 故郷での悪名もどちらかと言えば父親の失政であった。魔剣第一小隊を利用するだけ利用して、魔剣を回収するのは騎士団の方針だ。ロベルトの魔剣をすり替えようとしたのも騎士団長からの指示だ。


 確かに一概に責任はホアキンのものだとは言えなかった。しかし、彼は手を汚す役割を断りきれなかった。



「なぜ私ばかり……!」



 見ようによっては成否定かではない任務から外れたというのは幸運だが、ホアキンの精神は限界まで来ていた。皮肉にもそれはアントンが不満を爆発させたのと同じ有様だった。しかし、ホアキンとアントンのほんのわずかな違いはそこから来ていた。


 ゆえに闇は彼を選ぶ。



「力が欲しくはありませんか?」

「誰だ!?」



 城館の窓から目を外せば、そこにはベールを被ったどこかの神官のような人物が立っていた。ちりんと、一定の間隔で鳴る鐘を手に持っている。



「ヤーバードは勇者を選んだようですな。しかし、貴方は選ばれなかった」

「貴様ぁ! バカにして……」

「それはなぜか? 貴方が我々が奉ずる名もなき神の勇者だからなのです。既に選ばれていた貴方が、ヤーバードに選ばれるはずもない。決して貴方の責任ではないのですよ」



 ちりん。


 ちりん。


 ちりん。


 ……鐘が鳴る。ホアキンの名誉にかけて言えば、通常の状態であればこのような甘言に耳を貸すことは無かっただろう。しかし、ホアキンの不満は行き先を求めていた。



「小さな領地や名誉など、貴方には下らないものです。さぁ……我々と共に来て、そして我々を導いて下さい」



 雷の魔剣使いホアキンはこの日から、姿を消した。



 あたりは死体が転がっていた。もとからあったものでなく、今作られたものだ。転がっている男たちの死体は継ぎ接ぎの装備をしていた……俗に言う追い剥ぎという連中なのだろう。彼らは人数を見て襲ってきたのだが、まさか護衛が全員魔剣使いだということを想定していなかったようだ。



「思うにヤーバードを恐れない連中というのは、意外といるようだな」

「明日の神様より今日の神様って感じだねー」



 ロベルトは返り血をぬぐってから、髪の毛を撫で付け直した。ミレイアは平常運転と言った様子で、この場で明るいのが逆に恐ろしい。

 騎士でもない守護騎士アントンは馬車の近くでレオノールをかばっていたため、戦闘への参加は最小限だった。


 一行は最前線になっているテレシクアでは流石に入れないと考え、東のベルハという街を一旦の目的地に定めていた。ヤーバード教団の馬車を借りて、楽な旅になると考えた末がコレである。



「西に兵士を取られすぎているからでしょうかね。レオノール、怪我は?」



 一応の気遣いは空振りした。聖女はあたりの死骸に死後の祈りを捧げているところで、どうも話しかけても耳に入らない様子だ。

 どうせ遺体を放置していくことも気に入らないであろうから、こういう時はアントンの出番だ。


 踏鋤で瞬く間に四角い穴を拵え、賊達を中に入れて土をかぶせて蓋をした。昔とった杵柄というほど昔ではないが、くず鉄拾いの本領発揮だ。



「どうも、この調子では旅は長引きそうだな。治安が悪くなっている。エルドヘルスでこれなら、キスゴルではどうなるやらだ」

「あはは、キスゴルの方が治安良かったりするかもよ」



 一行は再び馬車に乗り込んだ。ロベルトとミレイアが(ほろ)の中、アントンとレオノールは御者台だ。

レオノールは一行の先頭に立つことに巡礼の意義があるように、アントンの横に座っている。



「馬というのは不思議だ。習った通りに紐を揺するだけで動いてくれる」

「犬と馬は人間の友となるべく生まれたと、ヤーバードも仰っています」

「……大丈夫か?」

「なにがでしょう」

「顔色が悪い。ロウソクみたいになってるぞ。人が斬り殺されるところをみたのは、初めてじゃないか?」



 かくいうアントンとてそう経験があるわけではないからどこかぎこちないが、アントンの気遣いはレオノールに伝わっていた。



「そうですね。ですが自分でも分からないのです。ヤーバードの名を恐れない人がいること、目の前で死んでいく人々。そのどちらを恐れているのか」

「後者に関しては何も言えないけど、前者は意外と多いはずだ」

「そうなのですか?」

「というよりは意識していないというのが正解だな。自分が他者を傷つける時はヤーバードは見ていない、だが自分が傷つく番になると神の無情を嘆くわけだ」



 こうした価値観のすり合わせは必須だとアントンは直感的に感じ取った。でないと、レオノールの精神はそのうち折れてしまうだろう。自分がそうだったように。



「それは自分勝手では?」

「正解。大抵の人は自分勝手に生きている。そうしないと生きていけないやつが大半だけれどね。俺だって弟妹とシスターを食わすために、見過ごしてきた悪事なんかは山だ。それが行き過ぎると賊になるわけだが、それも無意識だな」



 傭兵になる前、三人を殺した。それから傭兵になって怪物達を殺した。ヤーバードが褒めるようなことではなかったが、罪悪感は薄かった。



(シシッ……怪物たちは知らんがな。それにしても、こっちが坊さんのようだな)



 カリディスの声にうなずく。全く柄ではない。大体、最終的に何を言いたいのか、分からなくなって来ていた。



「庶民の世の中はそんなものだ。結局、お前も折り合いをつける時が来るんだろうが……恐怖で物事を選ぶと、きっと後悔するから止めとけ。俺に言えるのはそれぐらいだ」



 レオノールには力がある。それも多くの人々を巻き込む力だ。ヤーバードを恐れるよう力を振るえば暴君となるだろう。切り合いを制しようとすれば、さらに多くの血が流れるだろう。



「闇の力を倒した後でも、お前さんがお前らしくあれる道があるといいな」



 優しく、とは言えなかった。権力者が甘い顔をすれば、つけあがる者も当然に出てくる。それぐらいはアントンにも分かる道理だ。

 それに大前提としてこの任務を成功させなければならない。闇を倒す時にレオノールが迷ってしまえばこちらも迷うだろう。


 どうして上手く言えないかね、とアントンが頬を掻いていると、レオノールの視線がこちらに向きっぱなしなことに気付いた。



「そんなことは誰も教えてはくれませんでした」

「いやいや、俺も教えてはいない。いざという時に判断するのは結局アンタだからな。幸い、旅は長い。その中で善悪の折り合う地点を見つけても良いんじゃないか。俺が言いたいのはそれだけだ」



 生まれた時からの価値観から離れるのは辛いだろう。更には高すぎる地位を持った女性だ。彼女がどんな決断を下し、自分はその時どうするのだろう?

 アントンにとって不謹慎だが、楽しみでもあった。 

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