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第十四話・旅立ちの前に

 久しぶりの太陽にあてられながら、見ることもできない態勢でアントンは思う。この礼儀作法を考えたやつはその週に頭がぼうっとしていたか、何か勘違いしていたに違いない。



「今日はヤーバードの祝福がありそうですね」



 普通の巡礼者服に着替えたレオノールの発言だが、大まかに言って“今日はいい天気ですね”ぐらいの意味しかない。

 はぁと気のない返事を返しながら、アントンは彼女が差し出した手を添えるように握っている。何だって片手が杖でふさがっている人物の、もう片方の手を握らなくてはならないのか。

 まさか道中この体勢では無かろうなと、気が気でない。


 レオノールの口車に乗る気分になって、牢屋から出て、魔剣カリディスも返された。こうもトントン拍子に行くのはそれだけレオノールの発言力が強いからだろう。

 あるいは憑依者(ソウルチェンジャー)の驚異がそれほど凄まじいのか、だ。



「目立つなぁ……これで敵国へ行こうっていうんだから」

「ごく普通の巡礼者の格好ですが」



 先日評したように、レオノールの顔立ちも肢体も見事なものだ。着ている服が何であれ、非常に目立つ。おまけにそれをエスコートするのが、継ぎ接ぎを着た傭兵なのだから奇妙きわまりない。

 ただ、不思議なことにアントンはレオノールに対して、非常に気安く会話をすることができた。共に死ぬという約束のためか、慣れたのが原因かは分からないが……聖女レオノールにここまで適当な態度を取り続けるのはアントンが初だろう。



「キスゴルの神殿を巡る巡礼者と雇われた護衛。隠れ蓑にはもってこいですわ」

「……もういいよそれで。俺は納得したけど、他の二人がどうかは分からない。魔剣第一小隊のテントを探さないとな」



 ほどなくして魔剣第一小隊のテントは見つかった。以前と同じ、円形状の目立つテントだったおかげだ。なんだか見慣れたな、と思いつつ入り口をくぐる。



「あーっ! アントン君!」

「謹慎が解かれたのか」



 見慣れた顔が出迎えてくれる。ここまでアントンを心配してくれる存在は、そういない。胸が一杯になる気分を初めて味わいながら、死刑を選ばずに済んでよかったと今更の感想を抱いた。



「謹慎というか、がっつり牢屋に放り込まれてましたが……説得されてこの通りです」



 手を引いてレオノールを招き入れると、ミレイアもロベルトも驚いた顔をした。聖女レオノール。ある意味アントンが牢屋に入れられるきっかけの人物だ。



「そうか、キスゴルに行くことにしたのか……」

「あれだけ啖呵切ってたのにねぇ。アレ良かったよ、アントン君もちゃんと人間味あるって感じで」



 納得の表情を浮かべる二人。もっともミレイアは何か違う気がするが、アントンが帰ってきた理由は察したらしい。



「あの日、招集されたのは魔剣第一小隊の面々だった。最初から俺だけ誘うつもりじゃなかっただろう?」

「はい。今回は国家間の軋轢があるキスゴルで憑依者(ソウルチェンジャー)は暗躍しています。腕がよく、少人数で……となると、魔剣持ち以外にありません」

「だが、魔剣使いなら国家で探せばそれなりの人数はいるはずだ。なぜ、我々を?」

「最初は僧兵で、と考えていましたが魔剣使いはいないので案から外れました、次に騎士や兵士ですが露骨過ぎて潜入が難しくなります。そこで傭兵を……となったのですが、失礼な話、信頼できるか分からなかったのです。そこで計画の要である魔剣使いアントンと親しいあなた方になりました」

「なんだか、魔剣第一小隊自体が最初から仕組まれていたみたいになってきたねえ」

「それは流石にありませんけれど……軍隊は魔剣を量産したがっていますし、試験的な部隊としか心当たりはありません」



 理屈は分かったが、凄い偶然という他無い。アントン自体の発見はヤーバード教団の力にしても、仲間が魔剣使いであるとなると怪しさすら感じてしまう。



「でも、私達は行くって承諾したわけじゃないよ。国を離れる傭兵がいないわけじゃないけど、敵国に潜入となるとリスクが大きすぎる」

「そもそもこの街で結んだ契約はどうするんだ。契約期間は過ぎていない」

「違約金はヤーバード教団が払います。それと報酬ですが、前金としてこのようなものが用意されています」



 レオノールは何やら紙を取り出した。麻紙ではなく羊皮紙で出来たものだ。それを手渡されたミレイアはしばらく震えていたし、ロベルトですら考えこむような顔つきになった。



「ちなみに成功報酬は……」

「倍額と聞いておりますけれど」

「行く」

「行く」

「話早いなー、なんですかその紙」

「金貨譲渡証明書……! あんまりにもかさばる量の金貨が動く時に使われる紙だ。知ってはいたが、見るのは初めてだ」

「当たり前でしょ~貴族が取引とかに使うものよ……!」



 レオノールが持っていた紙はどうやら自分の命以上の価値を持つ紙のようだ。恐るべきはヤーバード教団というべきか。当のレオノールとアントンはいまいちピンと来ないでいたが、前者は特殊な立場から、後者は無知からだ。

 レオノールはそもそも金だのといった俗物的なものから遠ざけられた生活を送っていた。教団に見出され、聖女としての象徴の義務には恐るべき額が動くだろうが、当人は知らない。

 アントンは貧乏が板につきすぎている上に、基本的に金は他者のために使うものであった。そんなに大金ならピンカードへの援助もそれで済んだんじゃないか程度の認識である。



「ほ、報酬は完全に山分けよ……! 今決めておかないと絶対不味いわ!」

「それなんだが、三等分なのか四等分なのか?」

「はぁ? こうなった以上、ホアキンは絶対噛ませないわよ。第一、あいつ騎士だから同行できないでしょ」

「うーん、あのミレイアとロベルトの旦那が……本性見た感がするなぁ」

「古来より金に対する欲望はヤーバードが強く戒めるところです」

「そのヤーバードの懐から出たんだがな、あの金の紙……」



 三等分しても相当な大金になるらしく、ミレイアは歓声を上げていた。ロベルトはじっと考え込むような仕草だ。最高神ヤーバードを奉ずる教団から出た金であるからして、持ち逃げするようなことはないだろう。持ち逃げした場合、世間を敵に回すようなものだ。加えて成功報酬が待っている。



「それはそうと魔剣使いアントン」

「その魔剣使いっての止めてくれないか。敵国でもこいつは魔剣持ちだと吹聴して回る気か」



 一度怒りをぶちまけたせいか、アントンはレオノールに実に気安い言葉遣いをする。だが、言っていることはもっともだ。魔剣は貴重な代物だ。それを狙った騒動はゴメンだった。例えカリディスが自分で帰って来る魔剣だとしても、相手はそんなことは知らない。



「ではアントン様。貴方はわたくしの守護騎士なのですから、もっと相応しい格好をするべきでしょう」

「守護騎士ってなんだ。第一俺は平民で騎士じゃないぞ」

「守護騎士とは高貴な男女のあり方です。忠誠を誓った女性を守り、世話するといったところでしょうか? 高位聖職者の女性が伴うことが多いですね」



 レオノールを守るのはまぁいいだろう。だが、世話するってなんだ。同じ女性から選べよ。というのがアントンの頭に浮かんだ感想だ。

 それに牢屋でした約束からすれば、立場が逆な気がしてならない。



憑依者(ソウルチェンジャー)を討つという約束はしたが、忠誠は誓ってない。態度も改める気はないしな」

「ですが、他のお二人に比べてもみすぼらしい格好ではないですか」



 確かにそうだった。ミレイアは女性らしさと軽快さを表す格好をしており、ロベルトは質実剛健を絵にしたようで、多少洒落者と言える。一方アントンは死体から剥ぎ取った防具を組み合わせたよれよれの格好だ。

 多少、格好を揃える必要があるだろう。それは認めざるを得なかった。



「まぁ俺も前金使うか……」



 アントンはふらふらと金に目がくらんだ仲間に加わった。


 その日の午後の内にテレシクアの街に、四人で揃ってでかけた。傭兵が街に入れたのも、レオノールの通行証と護衛の任務という方便のおかげだった。


 そこでアントンは思いもしなかったことに気付いた。物の善し悪しが全く分からないのだ。くず鉄拾いアントンなら着れれば良かった。傭兵アントンも防具として機能してくれればよかった。だが、これからの旅に備えて見すぼらしくない格好をするとなると皆目わからない。


 結局アントンはロベルトに手伝ってもらい、良質のワックスで煮込まれた革鎧一式と無地のサーコートを購入した。



「黒色が良いと思うんだがな」

「いや、何か怪しい人物になりそうで……というかロベルトの旦那は黒に何のこだわりが……」



 言うと目をそらされた。ロベルトが黒色好きなのは明白だった。神経質そうだが、体格のいい彼は黒で細く見せたいのかもしれない。



「おおーアントン君。鹿にも衣装だね」

「ミレイアさん、それは馬子にも衣装です」

「こっちはまぁ女性の買い物らしいな」



 アントンとロベルトは旅に必要な物ばかりを買っていたが、女性二人は装飾品などを中心に見ていた。そこで笑いながら差し出されたのが四つのイヤリングだ。



「なんですかコレ」

「安物だけど水晶のイヤリング。四人とも付けて魔剣第一小隊の証にするの」

「まぁ確かに腐れ縁が長続きしそうですし、面白いかも知れませんね」

「アントン君、こういうとき意外とノリ良いよね。そこの仏頂面も付けた付けた」

「なぜこんなものを……」



 ロベルトもブツクサ言うが、最終的には付けた。だが、意外にも一番戸惑っていたのはレオノールだった。そうした装飾に一番身近な人間だが、なぜかは分かる。



「わたくし、魔剣第一小隊じゃありませんのに、付けて良いんでしょうか……」

「なぁに言ってんのお嬢! これから旅するんだから仲間、仲間!」

「仲間……嬉しいです、本当に……」



 はにかみながらレオノールも片耳にイヤリングを付けた。そのあどけない顔は聖女ではなく、一人の世間知らずの少女のものだった。

 


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