表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Sympathy For The Devil  作者: 赤穂 雄哉
Stage Cairo
24/31

24. Connected Mindanao

挿絵(By みてみん)

「パキスタンからウルムチ。ウルムチからタジキスタンに飛行機に飛ばすから、そいつに武器を積み込ませろ。陸路でターリバーンに武器を送る」

 ターリバーンへの武器輸送。既に運び込む手はずが整っているはずだ。出荷間近にテーブルをひっくり返してやった。

 リウがどのような表情をするか観察するが、相変わらずの能面。大したものだ。彼女が居るだろうフィリピンのミンダナオ島は夜中の2時。疲れで緊張にほつれが出る事を期待したが、そうもいかないらしい。


 彼女の会談スペースに施されている赤色がチリチリと俺の神経を刺激する。相変わらずに中国模様が騒がしい。

 やや模様替えをしたようだった。時間が無いのに良くやるものだ。彼女の後ろにある柱には金の龍が踊っている。赤色の天井に紫の雲がたなびき、中央には彫り物風の大きな金龍が二匹。互いの尻尾を咬もうと大口を開けていた。

 部屋の四隅には玉と言うのか、乳白色に薄緑色を融かしたような色をした彫刻が置かれている。龍、虎、鳥に亀。何というアンバランスさだ。空想と現実がデタラメに混ざっている。

 今回の音楽は胡弓ではない。連なる音の流れは中国琴だろう。弦の弾く音色は、どこか日本のものとは違う張りがある。


 武器輸送の空路の変更。俺の言葉からしばらくの空白があった。

 リウの血のように赤い唇が開く。

「空路の変更? 理由を教えてもらえるかしら?」

 隣ではダニエルが黙って座っている。あれほど言ったにも関わらず、頬を引きつらせていた。前屈みになり、組まれた手は微妙に動いている。言葉を発さずとも、雄弁に彼の身体が喋っていた。

「ダニエル。言ってやれ」

「えっ?」

 狼狽を言葉に乗せるダニエル。リウが首を動かす。白い首筋は細く、捻ってしまえば折れてしまいそうだ。


「どうした? 俺はお前に伝えているはずだぞ?」

 目を白黒させているダニエルの視線は、俺とリウの間を何度も往復した。

 混乱するのも無理はない。俺は何も言っていないのだから。

 ダニエルからリウに定期連絡をしているなら、その信頼関係に水を差す。

 タイからインド。インドからエジプトの移動経路がロバートに漏れている。ダニエルがロバートに密告したとは考えられない。彼には行動力がないからだ。となると、ダニエルからリウ。リウからロバートと考えるのが自然。

 ついでにダニエルがリウの元から離れる事を決定的なものにする。ダニエルが迷う要素を徹底的に潰し、戻れなくしてしまう。不信感を発生させ、二人がギクシャクしまえばこっちのものだ。


 リウの表情は動かない。神経を集中させるが、琴の音が耳障りだった。激しくなる旋律。それにあわせて言葉をそっと流す。嘘に嘘を重ねて何も見えなくさせてやる。

「仕方が無いなダニエル。俺が言う。昨日、何度も言ったはずだがな。まあ、良い。アフガニスタンに居る米軍が警戒体制を強化させた。それが理由だ」

「本当かしら?」

 しばらくの沈黙。琴の音がますます激しくなる。まるで俺とリウの間に散っている火花のようだ。

 手を広げ、無害な事をアピールするが、リウの意識はそこには無く、俺の心を見透かそうとしている。彼女の黒いまつげは微動だにしない。

「本当だ。とにかく、飛行機と陸路については俺が手配した。お前が手配したアフガニスタンに飛ばす空路はキャンセルになる。俺が調整をするから責任者と話をさせろ」

 

 ターリバーンへの納品は日付が僅かしか残されていない。人員も少なからず動き、コストも発生しているだろう。今更、取引をキャンセルになるとリウの立場はなくなる。彼女は立場上、契約のキャンセルができず、俺の提示した条件を飲まざるを得ない。

 誰が武器を製造して、誰が運送する手はずになっているのか俺にはわからない。しかし、調整と称してリウと彼女の背後の間に割り込んでしまえば、リウの正体をつかめるかもだ。


 滝のように降り注いでいた琴の音が止まった。沈黙が場を満たす。きな臭いスリルの臭いに舌なめずりしたくなる。

 

「ダニエル。今度からシナガワの動きは私に逐一報告しなさい」

 声のトーンが僅か、ほんの僅かだけ感情が乗っているようだった。彼女の能面にヒビが入ったようだ。これから大きくしてやろう。

「残念ながら、今は大切な交渉を行っている。俺から定時連絡が行っているだろう? ダニエルに聞く必要も無い。とにかく今回のプロジェクトでは彼は重要なパートを任せている。俺の目の届かない場所で彼が個人行動をとれば、アメリカ人である彼は直ぐに殺されてしまう」

 ダニエルに聞こえるようにアメリカ人という単語を強調した。イスラーム圏でアメリカ人がどれほど憎まれているか、ターリバーンでの会談で必要以上に刻まれている。外国慣れをしていない彼は自分の立ち位置が読めていない。揺すれば俺にすがりつく。


「少し待っていなさい。上の階層に上がって、あなたのアドレスに連絡先を送るわ」

「そうしてくれ」

 俺が嗤ったのをリウは冷たい目で見つめる。雪の結晶のようだ。だが、怒りがヒビの隙間から漏れていた。新雪を汚れた足で踏み荒らすような心地良さ。


 このスペースは機密レベル4。データベースにアクセスする事も不可能だ。データベースのアクセスコマンドを通じて、外部に情報が漏らす可能性を懸念しているのだろう。ホストであるリウがそのように設定している。

 リウが退出した後、ダニエルが何かを問いたげな目をする。俺は視線で黙っておけと命令した。相手のテリトリーでアクションを起こすのは危険過ぎる。


 リウが戻ってきた。一分もかかっていない。見えない所で、俺に呪いの言葉を吐いたのかも知れないが、そんな事はどうでも良い。

「アフリカの市場をあなたの自由にさせたのは間違いだったみたいね」

「放棄したのはお前の判断だ。もっとも、アフリカの契約を放棄すると、お前はイスラーム武装勢力のルートを失ってしまう事になる」

「アハマドに送る予定だった中国製の武器ではなくて、チュニジアに到着したらしいわね? アハマドがアメリカ製の武器を受け取ったと言ってきたわ」

 そうだ。アハマドへ納品する武器はビジネスマンのロバートのもの。フィリピンに居るリウに詳細を伝えるつもりもない。適当な言葉でこの場を濁す。

「チュニジアで中国製でないとマズいという話があった。だから、そうした。金の払いは問題ないはずだ」

「勝手に動かれては困るのよ。シナガワ。あなたはビジネスマンでは無かったの?」

 まるで難詰されているかのようだ。自分の思い通りにならなかったのが、気に入らないらしい。彼女の思惑通りに俺が動かず、クレームでも入っているのかもしれない。


 誰のクレーム? どんなクレーム?

 知った事か。それは俺の仕事じゃない。 


「信頼関係が結べない相手はいつだってこうしている。俺はお前の正体を知らない。お前がどんな奴だかわかったら、俺だってこんな事はしない」

 信頼などクソくらえ。そもそもコイツは俺を嵌めた。敬意とマナーが欠けている奴は、それ相応の対応がある。


「だから、あなたには罰を与えたの」

「何を言っている?」


 琴が乱舞している。太い弦が弾かれたのか、音は身体を突き抜けたかのようだ。


「あなたのクレジットカードは全て盗難届けを出したのよ。あなたが持っているクレジットカードは全て使えない。それとあなたのものと思わしき口座の残高は全て引き出しておいたわ。全ての口座は残高ゼロ」

 咄嗟の事に言葉が詰まる。口座をハックしたのか? ダニエルにさせたのか?

 彼を見ると目が否定していた。ありえない。こいつは俺に隠れて何かをするほど器用じゃない。

 どういう事だ?


「シナガワ、ソンマイ、ヒタン、マリシェ、…」

 彼女はいくつかの名前を上げてゆく。以前、ダニエルが探し当てられなかった口座の名義人が次々あげられた。いくつかは俺の記憶に無い名前もあった。マリシェなど聞いた事もない。リウは言葉を続ける。


「全ての口座の残高はゼロ。確かめて見なさい」

「マリシェ? 誰だそれは? 見当違いの口座があるんじゃないのか? 」

 脅しにしても、もう少し捻ってから言え。そうも思うが、不吉な予感が拭えない。

「どうだって良いのよ。誰の口座だか知った事じゃない。私にすれば他の誰が犠牲になろうと、どうでも良い。あなたに罰を与える。それが目的なのよ。あなたの取引に関連する全ての口座。それを軒並み潰してやったのよ」


 こいつ滅茶苦茶しやがる。

 俺の隠し口座も含めて、関係ない赤の他人の口座まで含めて壊しにかかるとは予想外だった。ダニエルが探り当てた点から伸びる線を、全て潰して回ったと言う事か。

 混乱の淵に落とされようとするのを何とか制御し、頭を回転させる。どこにそんな時間があった? こいつの言っている事は本当なのか?

 リウが上から言葉を被せてくる。

「誰がやったのか、そう思っているのかしら? あなたは既に会っている筈よ。ほら、ニューデリーのコンノートプレースで、ダニエル以外に二人いたでしょう? あなた達とは別チームの。あの二人よ」

「つまり、その二人は俺の見張りだと?」

「その通り。おりこうさんね」


 彼女の優美な眉がしなやかに曲がる。その下にある目は俺を嗤っている。彼女の背後にある龍の目がこちらを見ているようだった。

「ロバートが人身売買しているのは掴んでいるのよ。今は手が回せないから、その内に全てを吐き出させて、私が頂くわ。ここの部分だけは褒めてあげる。頑張ったわね。シナガワ」

「こいつ」

「だけど、そのご褒美も空路変更とアハマドの件で全てチャラ。奴隷である事をわきまえなさい」

 俺は彼女を睨んでいただろう。湧いてくる怒りという感情。それを隠すつもりも無かった。リウも俺に対する敵意を剥き出しにしている。

「その二人に会わせろ」

「あなたに会わせたら買収してしまうでしょ? だから、それはありえない」

「金が無いのにどうして動けと言うんだ?」

 リウは大きく表情を動かした。嗤っている。口が大きく裂け、綺麗に並んだ歯並びが覗く。口腔内の舌が一言一言、舐めるように動いた。 

「空路の変更。ロバートとの契約。大変ね。金がたくさんいるでしょうね。さあ、キリキリとダンスを始めると良いわ。どんな踊りを見せてくれるのか。楽しみだわ」


 彼女の態度は、いつか俺を潰すと言っていた。


 面白い。やれるものならやってみろ。

 この俺を本気させるなど大したものだ。


 間違いなく捻り潰してやる。

【Supplement】

 物語中での設定や背景の説明。


【ミンダナオ島】

 現実ベースでフィリピンのミンダナオ島では、イスラームの自治政府の設立が予定されている。

 なお、独立を求める声もある様子。この島ではイスラーム武装勢力の演習場まである状態。

 この物語では自治政府の設立は成功したものの、経済格差は改まる事はなく、独立の運動が継続的におこなれているものとしている。

・比ミンダナオ島に新自治政府、16年設立合意 イスラム勢力など という記事

 歴史的にミンダナオ島にはイスラームが多く、

 その為、民族的独立を求める声も大きい。


http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM0700C_X01C12A0FF2000/

・ミンダナオの簡単な歴史

http://wakaru-news.com/blog-entry-33.html#continue



【ウルムチ:乌鲁木齐】

・ウルムチの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=43.822638,87.626953&spn=2.362081,5.410767&t=m&z=8&brcurrent=3,0x0:0x0,1


【タジキスタン】

・タジキスタンの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=38.908133,70.72998&spn=10.185759,21.643066&t=m&z=6&brcurrent=3,0x0:0x0,1


【チュニジア】

・チュニジアの位置:Google Map

https://maps.google.co.jp/?ll=35.245619,9.84375&spn=42.259751,86.572266&t=m&z=4&brcurrent=3,0x0:0x0,1


【クレジットカードの再発行】

 カード会社にも寄るが、海外旅行をしている時などは、緊急再発行というのが可能ではある。

 リンク先ではJCBではと書かれているが、他のクレジットカードでもこのような

 サービスを行っているケースが多い。(JCBの宣伝がされているだけなので注意)

 有名な都市だと、窓口があるのでそこに受け取りにいけば即時発行される。

 但し、パスポートなど身分証明書などが求められる。

http://www.creditcard-gyoukai.com/creditcard-services/koushin.html


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ