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073 聖女と星巫女

 ココン……ココン……コンコンココン……


 皆が酒と料理を満喫し、祭りも終わりにさしかかるころ―― 

 どこからともなく、金属の旋律が聞こえてくる。


「おお、そろそろフィナーレか」

「ふんふん、ふふ~ん♪」


 ピコピコの屋台の裏で宴会をしていたドワーフたちも、各々が手にした楽器や酒瓶を叩き始めた。

 金属に、木に、皮に、ガラス――様々な素材を叩く音が、不思議で軽快な旋律が紡がれる。

 里の広場では、音楽に乗って人が徐々に増えていく。


「俺たちも行こう、アリエス」

「うん!」


 ラディルもアリエスの手を取り、広場の中央へと向かう。

 フィナーレの音楽が盛り上がる中、二人は一緒に踊り始めた。


「ダンスか……んん?」


 そういえば『イサナ王国物語』のストーリー分岐で、ヒロインとのダンスがあったな。

 アリエス以外のヒロインを選ぶと、イサナ王国王城の舞踏会に一緒に参加するんだ。

 いわゆる物語中盤の、デートイベントというやつである。

 対してアリエスをヒロインに選んだ場合、エルフの森で流星群を見るという専用イベントになるんだが――


「これってもしかして、物語分岐のデートイベント……?」


 雰囲気は舞踏会に似ているけど、ダンスの相手はアリエス。

 そもそもドワーフの里でのお祭りイベントが、本来のゲームでは無かったし……。

 もしかしてこれって、アリエスがイサナ王国と対立しない――アリエス共存ルート!?


「お疲れ様です、店長さん」

「あっ……ミスティア様、マリカ様! いらっしゃいませ」


 つい考えに耽っていたところに、ミスティア様が屋台へとやってきた。

 もちろんマリカ様も、ケルベスとユリンさんも一緒に。


「フィナーレのダンスか。店長殿が見入ってしまうとは、なかなかの盛り上がりだな」

「あははは、そうなんですよ! あの、もしかして……今まで巡回を?」

「ええ。思いのほか、時間がかかってしまって」

「そうでしたか。それはそれは、お疲れ様です!」


 せっかくお祭りを楽しみにしていたのに、こんな遅くまで聖女のお勤めをされていたのか。

 屋台が忙しくて、ミスティア様たちに会っていないのをすっかり忘れていた。

 残っている料理が少なくて、なんだか申し訳ない。


「もう祭りの料理が残り少なくて……何か店のメニューを、お作りしましょうか?」

「いえ! せっかくのお祭り料理なのですから、この箱に詰めてある……ランチパック? を、いただきましょう! ね、お姉様?」

「そうだな。これを四つ、いただこう」

「かしこまりました!」


 こちらの心配は杞憂だったのか、嬉しそうにランチパックを選ぶミスティア様。

 両手に一つずつパックを持ち、片方をケルベスに差し出す。

 すると強面のケルベスが、情けない困り顔になる。


「我々は任務中ですので……」

「大丈夫よ、ケルベス。今日はお姉様も一緒なのだから!」

「そう言われましても……」


 聖女護衛の使命と聖女直々の命令との間で葛藤し、なかなかランチパックを受け取らないケルベス。

 こういうケルベスの姿を見ると、犬味(いぬみ)があって可愛いんだよな。

 なんだかしばらく続きそうだから、残りのマリカ様とユリンさんの分のランチパックは俺から手渡すことに。


「はい、マリカ様。それにユリンさんの分」

「ありがとう、店長殿」

「ハッ……ありがとうござい――あっ」

「おっと!!」


 渡し方が悪かったのか、ユリンさんの手からランチパックが滑り落ちる。

 俺はとっさに手を伸ばし、地面に落ちる前にキャッチ。

 中の料理も特に崩れることなく、ランチパックは無事だ。


「大丈夫ですか? ユリンさん」

「あ、はい……私、ボーっとしてて……ごめんなさい」

「いやぁ、もしかして容器が熱くてびっくりしちゃったのかな?」


 もう一度、今度はしっかりとユリンさんの手に渡す。

 この様子を見ていたマリカ様たちが、ユリンさんを気遣う。


「ユリン……無理をさせてしまいましたね」

「今日は朝から立ちっぱなしだったからな。あちらで休ませてもらおう」

「…………はい」


 ミスティア様たちは屋台の脇の開いているところで、広場のダンスを見ながら食事をするようだ。

 ケルベスが大き目の敷布を広げ、休憩の準備を進めていく。


「ふふっ! 音楽を聴きながら、屋台のお料理を食べるなんて!」

「ミア、そうやって浮かれてこぼさないようにな」

「お姉様ったら、私はそんなに子どもではありませんわ!」


 マリカ様とユリンさんに挟まれて座り、ご満悦なミスティア様。

 ランチパックを開けると、敷布の後ろで立ったままのケルベスに釘を刺す。


「ケルベスも、ちゃんと食べてくださいね」

「ぅ……いただき、ます……」

「ユリンも、気を遣わなくていいのよ」

「あ、ありがとうございます!」


 いよいよミスティア様の命令に抗えず、ケルベスは料理を食べ始めた。

 ユリンさんはよほど疲れているのか、ぼんやりと広場のダンスを眺めている。

 音楽のテンポが速くなり、クライマックスへ向かっているようだ。


「すごい……」

「これがドワーフたちの祭り、なんだな」


 踊る人たちのステップと打楽器の音楽で、近くの人の声も聞き取りづらいほど。

 最後に鐘の音のような大きな金属音が三度響き――ピタリと、音楽が鳴りやんでしまった。


「……終わってしまいました、ね」


 少し寂しそうに、ミスティア様がつぶやく。

 そんな妹姫に寄り添い、マリカ様が声をかける。


「また来年も一緒に来よう、ミア」

「! はい、お姉様!」


 音楽が終わり、広場で踊っていた人たちが少しずつ散っていく。

 その人の輪の中から、ラディルとアリエスがこちらに戻ってくる。


「あ、マリカさま~! 店長さーん!」

「おう、ラディル! おかえり!」

「まぁ、ではあの方が……!」


 ラディル達の姿を見つけたミスティア様が、ランチパックを置いて立ち上がった。

 そして彼ら――アリエスの元へと、駆け寄る。


「あなたがアリエスさんですね!」

「え……あなたは?」

「自己紹介が遅れてごめんなさい。私はミスティアと申します」


 明るく声をかけるミスティア様と、困惑するアリエス。

 アリエスは助けを求めるように、ラディルに視線を送る。


「ミスティア様は、マリカ様の妹さんなんだよ」

「マリカ様の、妹……」


 見知ったマリカ様の名前が出て、アリエスは少し安心したようだ。

 一歩前に出て、ミスティア様と向き合う。


「アリエスさんの協力のおかげで、素敵なお祭りに参加できました。ありがとうございます!」

「そう……よかった、ね」

「これから仲良くしましょうね、アリエスさん!」

「……うん。よろしくお願い、します」


 ミスティア様は両手でアリエスの手を握り、微笑みかけた。


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