059 学園長の友人
手に刺さるような、冷たい水道水。
店の水はダンジョンの魔法で生成されてるのに、外の気温に影響されるんだな。
まぁ、魚の仕込みにはありがたいんだけど。
「その白いうねうねしたの、何? 店長さん」
ディナーの準備をしていたトルトが、カウンター越しに声をかけてきた。
俺が仕込んでいる物体が、気になったらしい。
「これは真鱈の白子。精巣だな」
「えぇ……美味しいの……?」
「旨いよ。予算と健康の問題が無ければ、毎日食べたいぐらいだ」
今朝ポセさんが届けてくれた、新鮮な真鱈の白子。
表面のぬめりを洗い落とし、ハサミで筋や血合いを取り除いていく。
「け、健康……!?」
「痛風が心配っていうか」
「つーふー?」
「どんな食べ物も、食べ過ぎはよくないって話だよ」
トルトの質問に答えながら、コンロで鍋にお湯を沸かし始める。
沸くのを待っている間に、汚れを取り除いた白子を一口大に切り分けていく。
テーブルセットを終えたフェルミス君も、仕込みの様子をうかがう。
「今日は変わったものを色々仕込んでますね。さっきはイクラをほぐしてましたし」
「ああ、冬の美味しいもの勢揃いだよ」
ふつふつと沸いてきたお湯に、白子をサッと十秒ほどくぐらせる。
仕上げに氷水で締めて、キッチンペーパーを敷いたザルに上げて仕込み完了だ。
≪カランカラーン≫
「いらっしゃいませ――」
ドアベルが鳴り、フェルミス君がお客さんを出迎える。
入ってきたのは魔導学園の学園長、ガルガンダ先生。
「こんばんは、店長殿」
「ガルガンダ先生! お久しぶりです」
笑顔で挨拶をするガルガンダ先生の後ろに、一人の男性が立っている。
品の良さそうな男性は、どこか見覚えのある顔で――
イサ国で仲間になるキャラクター……だったのかな?
「今日は久々に友人と――ジョンと一緒に、酒でもという話になりましてな」
「はじめまして、店長さん」
優しい笑顔で、ジョンさんは挨拶をしてくれた。
その顔も、知ってる気がするんだけど……どうにも思い出せない。
悩んでいても仕方がないので、席へ案内する。
「はじめまして! どうぞテーブル席に――」
「せっかくなので、カウンターでもよろしいですかな?」
「え……ええ、もちろん! どうぞおかけください」
友人との歓談だし、広くて静かなテーブル席が良いかと思ったんだけど……。
サシ飲みはカウンター派、なのかな?
二人はカウンター席に座ると、さっそく注文を始める。
「さて……酒のアテにおすすめの料理は、何がありますかな?」
「それなら真鱈と白子のフリットですね。今朝届いたばかりで、鮮度抜群ですよ」
「おお! では、それを一皿おねがいします」
ガルガンダ先生の注文を、伝票に書き込む。
俺のペンが止まると、ジョンさんも料理を注文。
「私は、マルゲリータを一つ」
「かしこまりました」
ジョンさんはメニューも見ずに言うので、少し驚いた。
誰かからマルゲリータのことを聞いて、わざわざ食べに来てくれたのかな?
「ヒュー、マルゲリータよろしく」
「了解っス」
ピザはヒューに任せて、俺はフリットに取り掛かった。
ボウルに小麦粉とビールを入れ、サックリと混ぜ合わせる。
最後に青のりを加え、少し混ぜて生地の完成。
この生地を真鱈の身と白子にまとわせ、フライヤーの油で揚げていく。
「失礼いたします。お飲み物はいかがいたしますか?」
ホールではフェルミス君が、ガルガンダ先生たちに飲み物の案内を始めた。
そういえば、座るやいなや料理の注文が入ったから、ドリンクオーダー聞いてなかったな。
「では、今日のおすすめに合うものを、お願いしましょうかの」
「それでしたら、こちらのワインはいかがでしょうか? 果実味とフレッシュ感がバランスよく、揚げ物ともよく合います」
フェルミス君はよどみなく、店で一番高いワインを出す。
ラインナップとして置いておくだけで良いって言ってた、すごく高いやつじゃん!?
そんなの出して、大丈夫なのか……?
「ほう……カーナヤの白か。良いものじゃのう」
「では、それを一本お願いします」
「かしこまりました」
しかも、ボトルで!?
まぁ、価値はわかって注文してるみたいだし、大丈夫か……。
それに学園長とご友人だし、結構お金持ちなのかな?
「では……お互いの健勝を祝し、カンパイ」
「ははは、カンパイ」
ワインと前菜が用意され、二人はグラスを交わす。
そして楽しそうに、食事を始めた。
「………………」
「………………」
意外にも、二人の間にほとんど会話が無い。
ニコニコしながらこちらを見ているので、不満があるわけでは無いだろうけど……。
変な緊張感で、フリットを揚げる手がじんわり汗ばむ。
「………………」
「………………」
油の海から浮かび上がったフリットを、フライヤーのバスケットごと引き上げる。
薄キツネ色に色づき、サックサクに仕上がった真鱈と白子のフリット。
しっかりと油を切ったら、皿に積み上げるように盛り付けていく。
最後にレモンと生黒コショウを添えて、完成。
「お待たせいたしました、真鱈と白子のフリットでございます。お熱いので、気を付けて召し上がって下さい」
「おお、青のりが良い香りですのぉ」
カウンター越しに、料理の乗った皿をテーブルに置く。
最初にガルガンダ先生が、白子をフォークですくって口に運ぶ。
その様子を見ながら、ジョンさんも同じように白子のフリットを口にした。
「んんっ……なんて濃厚なクリームなんだ。これがシラコか……うん、美味しい」
「ほっほ。今日はワインもあって、最高ですな」
ワインを飲みながら、上機嫌なガルガンダ先生。
初めて来たときも、ワインが欲しいって言ってたもんな。
下戸の俺にはお酒の良さはわからないけど、料理と一緒にこんなに楽しんでもらえるのは嬉しい。
二人が料理を食べ進めていると、ヒューの作っていたピザも完成する。
「前から失礼します。マルゲリータ・ピッツァです」
「ふふ。これがマルゲリータか……」
ジョンさんは待ちわびていたのか、運ばれてきたマルゲリータにすぐ手を付ける。
慣れない様子でピザを手づかみで持つと、伸びるチーズに悪戦苦戦しながら噛り付く。
「むっ……むぅ!?」
「ほっほっほっ! 良い食べっぷりじゃの」
噛り付いた後も、なお伸び続けるとろとろのチーズ。
どう食べ進めればいいか困惑するジョンさんを、ガルガンダ先生は笑いながら見守る。
伸びるチーズに根負けしたジョンさんは、手にしているピザを一気に口に入れた。
口いっぱいに頬張って、少し照れたように笑うジョンさん。
トマトソースを口の端につけ、美味しそうに頬張る紳士……なんとも絵になる光景だ。
「――ふぅ。少し驚いたが、あの子の言う通りだ。美味しい」
やはりジョンさんは、誰かからこの店の事を聞いていたんだな。
料理を楽しんでもらえたのなら、良かった。
「今日は付き合ってくれてありがとう、ガルガンダ」
「なに、構わんよ。ワシも忙しくなる前に、ゆっくり飲みたかったからの」
和やかな雰囲気の、ジョンさんとガルガンダ先生。
年を重ねても一緒に食事が出来る友人か……正直羨ましい。
料理が一段落して二人の様子を見ていると、ガルガンダ先生に話しかけられた。
「ところで店長殿、来週の会談はどうされるのですかな?」
「来週? 会談?」
急に振られた話に、全くついていけない。
お店の予約ってことかな……?
「おや? ドワーフとの会談の出席要請の知らせに、店長殿の名前もあったのですが……」
「いやぁ……何も聞いてないですね」
「そうでしたか。では、数日のうちに知らせが来るでしょう。ほっほっほ」
ほっほっほ――本当に?
ご愛読ありがとうございます。
いつも朝更新なのですが、本日は準備が間に合わず夜更新となりました。
お正月の準備に張り切り過ぎて、年が明けてから少しダウンしてました。
すみません!!
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