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054 仕込みとお酒

「そろそろ、客足も落ち着いたかな?」


 ランチのピークタイムを過ぎ、空きテーブルも増えていく。

 料理のオーダーも全て出し終わって、俺の仕事も一段落ついた。


「イレーナさんたちの食事、どうしようか……」


 騎士団に個室を借り上げてもらってるのもあって、サービスで食事も提供している。

 個室を見ると、イレーナさんとザックが地図を見ながら話していた。

 メニューをどうしようか考えていると、ヒューが手を上げる。


「俺がやっときますよ。一応任務中だから、ピザやカレーの方が食べやすいだろうし」

「そっか……ありがとう、頼むよヒュー」

「任せてください! 店長、魚の仕込みがあるでしょう?」

「ははは、本当助かる。ありがとう!」


 ヒューは歯を見せて笑うと、個室にオーダーを取りに行く。

 最近はピザだけでなく、カレーやグラタンも作ってもらってるからな。

 あちらはヒューに任せて、俺はサンマの仕込みを始めることに。


「さてっと……やりますか!」


 冷蔵庫にしまっておいたサンマのバットを、取り出して調理台に置く。

 まだ氷も解け残っていて、水面にキラキラ浮かんでいる。

 洗った食器を片付けていたトルトが、興味深そうにこちらを見た。


「店長さん、そのサンマ……全部捌くの?」

「ああ、もちろん!」

「ええ……大変だなぁ……」

「慣れればそんなに大変じゃないよ」


 俺はまな板と包丁、そして新しいバットを準備する。

 サンマをまな板の上に置くと、まずは頭と尾を切り落とす。

 そして腹の肝が入ってる部分に、切り込みを入れる。

 ひとまずここまで切ったサンマを、新しいバットへどんどん並べていく。


「早っ! すごい、魚市場みたいだ」

「あはは。そいつはどうも」


 今度はシンクに移動して、サンマの肝を取り除いて腹を洗う。

 新鮮なサンマの肝は、崩れることなく簡単にスルっと抜る。

 流水で軽く流すだけで、あっという間にキレイになっていく。

 おかげで、仕込みにあまり時間がかからない。


「あんなにたくさんあったのに、もう全部捌き終わっちゃった……」


 片づけをしながらこちらを見ていたトルトが、目を丸くする。

 確かにこのサンマの量には圧倒されたけど、意外となんとかなるものだな。

 あとは火を入れていくだけ――


「焼きは……このバットでいいか」


 火に焼かれ、ところどころ茶色に変色したバット。

 普段は牛すね肉なんかを煮込むのに、使っているものだ。

 この三十尾以上あるサンマも、余裕で収まる大きさである。


「ええっ!? そこで直接焼くの?」

「そうだよ。油多めだから、実際は揚げるに近いけどね」


 バットを二口分のコンロの上にまたいで置き、刻みニンニクを入れオリーブオイルをたっぷり注ぐ。

 コンロの火を付け、いつものようにアーリオオーリオを作る。

 ニンニクの良い香りがしてきたら、サンマをキレイに並べていく。


「こうやってサンマの表面を揚げ焼きにして……っと」


 バチバチと音を立てながら、サンマの香ばしい香りが立ち上る。

 最初に入れたサンマから順に裏返し、反対側も焼いていく。

 全体に火が入ったら、サンマが浸るぐらい白ワインを注ぎ込む。


「表面が焼けたら白ワインと――みりん少し入れて、軽くアルコールを飛ばす」


 酒類の注がれたバットの表面は、まもなく沸々と気泡が浮かんでくる。

 そして水面に、チャッカマンで火を移す。

 火はたちまちバット全体に広がった。


「うわっ! 何やってんの!?」

「フランベってヤツだな。アルコールが飛べば火は消えるから、大丈夫だよ」

「もう! 火傷しないように、気を付けてよ?」

「はいはい」


 トルトと話している数十秒の間に、アルコールの火は収まっていく。

 完全に火が消えたところで、スープの味を調える。


「調味料とハーブを加えて蓋をしたら――オーブンでじっくり煮るだけ」


 サンマの入ったバットをオーブンに入れ、スマホのアラームをセットする。

 二時間以上煮るから、キッチンタイマーだと計りきれないんだな。


「どのくらい煮るの?」

「大体、二時間半ぐらいだな」

「そ、そんなにっ!? お昼に食べられるんじゃないの……?」


 どうやらトルトは、昼のまかないに食べようと思っていたようだ。

 期待を外してしまって申し訳ないが、この煮込みには俺のこだわりがある。


「じっくり火を通すことで、骨まで柔らかくなってサンマを丸ごと食べられるんだ」

「へぇ~」

「それに、煮汁がすっっっごく旨いんだよ!!」


 説明しているうちに完成した味を想像して、思わず熱弁してしまう。

 それに圧倒されたトルトが、笑いながら返す。


「そっか……じゃあ夜のまかない、楽しみにしてるよ!」

「ああ」


 サンマの仕込みも一段落して、俺は調理器具の片づけを始める。

 すると今度は、フェルミス君が近づいてきた。 


「店長! ディナーのおすすめメニュー、どうしますか?」

「フェルミス君! ああ、もうそんな時間か……」


 そろそろランチタイムも、終わる頃合いか。

 ディナーからサンマを出すと俺が言ったから、フェルミス君は確認に来てくれたんだな。


「サンマのペペロンチーノ、サンマのアラビアータ、サンマのアヒージョの三品で書いてもらっていいかな?」

「わかりました」


≪カランカラーン≫


 閉店間際のドアベルの音に、反射で入り口の方を向く。

 入ってきたのは、ウエスフィルド商会のウルさんだった。


「どうも、お久しぶりです」

「ウルさん! いらっしゃいませ!」


 ウルさんが店に来るのは、フェルミス君を連れて来たとき以来。

 そう思いながらフェルミス君の顔を見ると、意外なほど目を輝かせていた。


「ウル!」

「坊ちゃん、お元気でしたか?」

「ああ! 店長さんには良くしてもらってる」

「そうですか、そうですか」


 嬉しそうにウルさんに駆け寄る、フェルミス君。

 普段見せる友好的な雰囲気とは違った、家族のような甘え方をするんだな。

 当然っちゃ当然なんだけど……ちょっと妬けるなぁ。


「皆さんとも、一緒に食事をされているのですか?」

「あ……それは、まだ……」


 久々の再会に、ウルさんの容赦ない質問。

 すっかり甘えムードだったフェルミス君が、しゅんとしてしまう。

 ウルさんの方は、想像以上にビジネスライクだな……。


「そうでしたか。では、店長さんのお料理は、どうですか?」

「あ! それはもう、とても美味しいよ!」


 答えられる質問になって、フェルミス君の目が再び輝く。

 そして普段からは考えられない早口で、話し始めた。


「この前いただいたポルケッタ――ポークの香草焼きは、シャルドネのスパークリングが合うと思うんだ。それにトマトソースの料理が多いから、黒ぶどう種の赤も良いなって思ってて。それにピッツァは種類が豊富だから――」

「ふむふむ……」


 料理の話と一緒にお酒の話をしてるようだが、速過ぎて全くついていけない。

 というか、フェルミス君ってそんなにお酒に詳しかったんだな。

 キャパシティを越える情報量に、呆然としてしまう。


「――と、いうことです。店長さん、お店でお酒を出してみてはいかがでしょうか?」

「えぇ……?」


 呆然としているところに入る、ウルさんの売り込み。

 彼の隣に立っているフェルミス君も、期待に満ちた目でこちらを見ている。


「フェルミス君やトルトの仕事が増えるけど、大丈夫? 俺、酒のことは全然わからなくて」

「もちろんです! 仕入れから管理・提供まで、お任せください!」

「そ、そう……?」


 今までのフェルミス君は、借りてきた猫だったのだろうか……?

 とにかくお酒に対する熱量が、強い……!

 俺たちの話を聞いてか、トルトも近づいてきた。


「なになに~? お酒入れるのー?」

「トルト先輩、一緒にお酒売ってくれますか?」

「いいよ~、面白そうだし」


 二つ返事で、トルトは賛同する。

 お酒の取り扱いは考えてはいたし、二人が賛成なら、まぁ……。 


「客単上げ過ぎない程度に、数種類程度なら……」

「予算はいかがしますか?」

「えっと……最初だし、二十万マジカくらいまでで……」

「わかりました」


 フェルミス君はメモを取り出すと、すごい勢いでペンを走らせる。

 そして書き終わったメモを切り取り、ウルさんに渡す。


「ウル、このメモのお酒をディナーまでに用意して。初回お試しとして、予算つけといてね」

「かしこまりました」

「え……? えっ!?」


 てっきり数日後ぐらいに納品かと思ったのに、今夜届くの!?

 とにかくすごい勢いで、お酒を売り込まれていく。


「おすすめのお酒を持ってこさせますので、色々試しながら、お店で出すお酒を決めましょう!」

「お……おう……」


 これもウルさんの狙いだったのか……。

 俺はフェルミス君の意外な一面に、ただただ圧倒されたのだった。

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